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2006年6月30日 (金)

心の弱さ・心の強さ

いじめの相談を受けることがある。とても深刻な状況である場合も少なくないが、構造的には、いじめる側の心の弱さの問題に目を向けることが少なくない。ある意味では、本当に強い心を持った人はいじめをする必要も必然性もない。本当に強い人は、実は優しいのである。

が、弱い人間は、実は、その弱さを隠蔽するために、自分より弱い人間に圧力をかけ、いじめようとする。それによってその瞬間だけは憂さが晴れ、自分が強いと錯覚できるからである。けれども、そんなことを繰り返しても本当に強くはなれないし、返って周囲の信頼をなくし、本当に大切な人から嫌われてしまうことにもなりかねない。

だからこそ、自分のためにも、弱い立場の人をいじめるのではなく支える選択をできるようになることが大切なのだと思う。

しかし、日本の現実を見ていると、そうした視点からすれば、心が弱い(そのくせにそれをごまかし虚勢を張っている)人間が増えているように感じられる。例えば、私はボランティア活動を通じて多くの外国人と関わりを持ってきたが、意外と公務員(それもそれなりの立場にある公務員)のいじめや差別を目にしたり耳にしたりする機会が多い。入国管理局や地方検察庁での事例などは、呆れてコメントすら出てこないほどである。

もちろん、自分自身の心を見つめてみると、弱い部分はたくさんある。しかし、弱者をいじめて虚勢を張らなければならないほど落ちぶれてはいない。ただ、なかなか常に声に出していける程には強くなっていない部分があるかも知れない。けれども、強さなども自分自身で意識して育てていくものだろう。

日本には、アジア諸国には虚勢を張るくせに、アメリカに対してはどれ程非論理的で非科学的で理不尽な要求であっても、ほとんど丸呑みするような形で受け入れ続けている弱い政治指導者がけっこういる。アメリカに対して強く出られないからこそアジアや他の国々に虚勢をはってバランスをとろうとしているのかも知れないが、見ていて見苦しいし、情けない。国を愛する心を本当に持っている人間であれば、怒りさえ覚えるだろう。

100%強い人間は多分いないし、同時に100%弱い人間もいないに違いない。けれども、自分が意識して変えようとすることで、少しずつ自分を強くしていくことは出来る。弱者をいじめる形で虚構の強さを求めるのではなく、弱者に手を差し伸べられる優しさイコール本当の強さを持った人間に少しでも近づいていければ……と思う。

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