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2006年7月 4日 (火)

表現することの意味

自分の思いを表現することが大切だ、という話をときどきすることがある。

昔、仕事に行き詰まって転職を決意したとき、周囲に迷惑をかけないように辞めるまで心のバランスを保っていられたのは、小説を書き続けていたからだった。その時の小説は、まだ完結していない。原稿用紙に換算すれば軽く500枚を超える量になっているが、五年ほど前に中断したまま、いまだに再開していないのである。

けれども趣味で他の小説や童話は書いているし、プロの歌手である友達のために作詞をするようなこともある。自分の作品が、全国区のレベルだとは思わないが、書き続ける中で自分の心を細かく見つめ、整理することができるようになった。それが何よりの財産である。

その経験から、ときどき、さまざまな人から相談を受けてアドバイスをすることがある。深刻なものも少なくないが、本人が文章や詩、あるいは絵画や造形、音楽やダンスなどの表現手段(必ずしも上手い必要はない)を持っている場合は、立ち直るための支援やアドバイスはわりとしやすい。言葉でなくても、表現に自分のさまざまな思いを乗せることが出来るからである。

そうした表現の結果として生まれてきた「作品」は、最初は、荒々しかったり、まとまりを欠いていたりする場合も少なくない。けれども表現し続けることによって「作品」が落ち着き始め、やがてその心も安定し、成長していくステップを踏む場合が少なからず見受けられる。特に、その表現を理解し、受け止めてくれる人の存在が、その傾向を助けてくれる。

そうした意味において、表現することの意味は大きい。けれども、最近の深刻な相談の中には、当事者が、そうした表現手段すらも持っていないことがある。そうした場合の支援は本当に大変だが、気長にさまざまな表現にチャレンジしてもらい、自分にあった表現を見つけるしかない。

絶望しなければ、それなりに人生は長い。今の苦しみも、心の持ち方によって、乗り越えられることも少なくない。そして、苦しみを超えていく過程で、人は力をつけ、成長・成熟していく。そのちからは、ぜひ他の苦しんでいる弱い人々のために使いたいものである。それが、自分自身の心にゆとりを与えてくれるから……。

意外と、「自分ひとり」ではなく、みんなで幸せになる道は、たくさんあるのかもしれない。

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