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2006年7月 4日 (火)

テロとの戦い以前に…

世界のあちこちで戦いや争いが続いている。その戦いの口実に「テロに屈しない」とか「テロとの戦い」という言葉が聞かれて久しいが、その背景となる問題点や矛盾を解決していかない限り、「テロ」は続くに違いない。

「テロ」を育てるいくつかの土壌のひとつに拡大する一方の経済格差とそれに伴う生存そのものすらも脅かす貧困の問題がある。なぜ、移民や労働を目的とした人々の移動が増加しているのか。それは、故郷では暮らせなくなっているという悲惨な現実があるからだろう。もし、自分の故郷で普通に職に就けて、その収入で普通に暮らしていけるのであれば、これほど多くの人が国境までも越えて移動しないだろう。

暮らせないから故郷を離れ、祖国までも離れる。では、暮らせなくしたものは何か。富の不均衡を拡大し、より多くの人々を今まで通りには暮らせなくさせてしまった「グローバル経済」のシステムであろう。けれども、移動した地においても、必ずしも職や生活が保障されるわけではない。確かに、故郷よりも高い賃金をもらえるかも知れないが、新しい土地において「普通」のレベルの生活が営めることは少なく、多くの不満を抱え込むことになる。けれども、本当の意味で民衆の声が政治に反映されることを実感できる、真の意味での【民主的なシステム】が完備されていれば、暴力やテロに訴える必要はない。声を上げても無視され、平和的に行動しても声は届かず、生活が苦しくなっていくのであれば、人は絶望するしかない。

実存主義哲学の先駆者キルケゴールは「絶望は死に至る病である」という言葉を残したが、生に希望が持てなければ、誰が命を大切にするだろう。命を大切にしようという思いや実感が失われているからこそ、テロがはびこるのであろう。

とすれば、必要なことは、力で押さえつけることではない。安心して生活できる経済環境を作ること、そしてそれを実現するために、普通の民衆の声がきちんと政治に反映される真の民主的システムを作ることである。民主国家を自称する国はたくさんある。けれども、本当に民衆の声が政治に反映されていると実感できるところはどれだけあるだろうか。日本は残念ながら失格だろうし、アメリカも同様である。暴力の応酬よりも先に、やらなければならないことはある。

私の声は小さいが、まず、声を上げることから始めなければならない。そして、見知らぬ人々の多くの声を集めて、ニセ民主主義や経済格差を拡大して多くの人々を苦しめる破綻した経済システムの虚構を暴いていかなければ……と思う。確かに、道は遠いだろう。けれども、絶望するのはまだ早いと思う。なぜなら、私は生きているのだから。

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