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2006年7月16日 (日)

労働は苦行か

先週まで2週間ほど、とても忙しかった。仕事にもよるが、私の場合は7月の初めは年間を通じて割りと忙しい時期の一つである。そんな時には、時として、働くことが厭になることもないとは言わないが、根本的に自分の仕事が嫌なわけではない。もう少しお金になれば……とか、もう少し自由な時間が欲しい……とか、多少なりとも不満はあるにしろ、仕事の中で充実感を覚える瞬間、というのがそれなりにあるからである。

様々な問題点はあるにしろ、今までのそれなりに長い経験を振り返ってみれば、仕事は楽しいと言えそうだし、とりあえず贅沢さえしなければ食べていける状況なので仕事そのものを否定的にとらえる感覚はない。ある意味では幸せなことである。

けれども、ニュースや様々な記事を目にしていると、仕事の楽しさや充実感を感じられない人々が増えているような印象を受ける。「楽をして金を稼ぐ」ことが目的になり、深くものごとや人に関わらなくなる場合、あるいは忙しさや過度のストレスのために余裕を失い、仕事そのものが苦痛になってしまう場合などがその例である。

前者は、「グローバル化」の進展の中で、情報をゲームのようにやりとりするような「仕事」の中で見られるようだ。しかし、思惑通りにたくさんのお金を手に入れられたとしても、ゲームに買ったり高得点を得たときのような達成感はあっても、深くものごとや人に関わることを通して得られるような充足感は感じにくいように思われる。結局、それなりにシンドイ目をし、さらにそれを乗り越えていく過程の中に充足感が得られる部分があり、それを体験できない場合は、ある意味では不幸なのではないだろうか。

後者は、リストラと「構造改革」の嵐の中で一般の労働者の時間が「効率化」されて個々のゆとりが奪われ、さらに賃金を抑えられることで日常の経済生活のゆとりも失われて生じるものだろう。

けれども、こうした状況が蔓延することは決して好ましいとは思わない。シンドイ部分はそれなりにあるにしろ、それゆえに感じられる「仕事の楽しさ」「仕事のおもしろさ」というものがある。そうしたものを改めて大切にしていこうとすることが今の日本の経済や社会にとっても重要だと思う。

確かに「働く」ことは、その仕事と深く関わるほど大変な部分が見えてくる。けれどもそれがあるからこそ、楽しさや充実感も感じられるのだろう。労働は苦しいだけの「苦行」ではない。深く関わり続ける中で見えてくるものを大切にしていければ……と思う。

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