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2006年8月13日 (日)

存在と生命…きままに時空論3

存在と生命…きままに時空論3
 
小説や物語の構想を練る時間は、創世記を思わせる。創作者の「思い」通りにイメージが形成され、主人公やその他の登場人物が固まり、様々な物質が形作られて作品世界が創造されていく。そしてそれは、原稿用紙やワープロに書かれる過程で、創作者自身の中にイメージが固定され、実在の「作品」として定着するようになる。
 

が、もしこの宇宙に創造主がいるとしたら、その実感の中には私たちが物語を創造する際に感じるものと同質のものが存在し得るのではないだろうか。
 

例えば、創作過程でその作品と深いレベルでシンクロした場合は、作品に登場するキャラクターが、当初は予定していなかったような考えを持ったり行動をしたりすることが少なからずある。そして、そうしたキャラクターの考えや行動は、たいてい当初の構想よりも物語を深くかつおもしろくしてくれる。私の場合だけかも知れないが、キャラクターが独自の意識を持つことによって、物語に生命が宿るのである。
 

こうした実感から、一つの物語が生まれた。十三の次元に渡って拡がっていた創造主の意識が三次元に集中することによってビッグ・バンが起こり宇宙が生まれた。当初、創造主はその宇宙の中に自分の分身を送り込み、その分身の下に十二人の使徒をつけて宇宙を統治しようとした。が、意識の奥に眠っていた様々な負の思いが宇宙の様々な時空で「悪」の存在を生み出し、十二使徒を妨害して宇宙に破壊を広げようと画策する。そのうねりの中、果てしない戦乱が続いていく…というのがその物語である。
 

考えてみれば、一人ひとりの人間の心の中には数多くの「善」と「悪」が存在し、それらが交じり合い、反発し合って一人の人間の思いや行動を形成し、一人ひとりの人生を編み上げて行く。その際、ある瞬間の善悪は、長い目で見るとまったく逆転してしまう場合もあり得るし、善悪の判断自体が意味がなくなってしまうことさえある。
 

それを「宇宙」という規模に当てはめるのは、無茶と言うよりも無謀と言った方が正しいかも知れない。しかし、創造主の中の善の部分が存在や生命の創造に携わり、悪の部分が破壊と殺戮に奔走する。その二つのぶつかり合いのうねりの中で元の創造主の「意識」にはなかったものが生まれ、やがては創造主の作った「宇宙」を支え導いていくという物語を創造するのは非常に楽しい。
 

ただ、そこに大きな問題が存在している。それは、作者自身の知識と表現力がそれに追い付けないことである。こうして今日も私は、その「物語」と格闘を続けている。 

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