« 弱さの暴力 | トップページ | 文字と、言葉の表情 »

2006年8月 5日 (土)

良い嘘と悪い嘘

今日、友人と言葉についての話をした。個人的には嘘はキライだが、小さな子どもではないので「嘘は悪いことだから、絶対に他人に嘘をついてはいけない」などと言うつもりはない。それなりの人生を生きてきて、真実が実は大変な毒を持っているという事実を経験しているからである。

だから、基本的に「嘘」は悪いことだと思っているし、特に、嘘をついて自分の利益や自分の周りの一部の人々だけの利益を求めるのは最悪の犯罪行為だと思っている。現在の日本は政治や経済のトップにこの種のウソツキがゴロゴロいる。この種の嘘は最悪であり、このような嘘を撒き散らす人間の言葉は軽く、信用できない。けれども、今の日本を見渡してみると、首相の小泉を筆頭に、この最悪の嘘を撒き散らし続ける人間の数が増え続けている。だからこそ、世の中が乱れ、暮らしにくくなっているのであろう。

ただ、個人的に許容できる嘘もある。それは、その嘘によって自分より弱い立場にいる人々を守る、という時に使われる嘘であり、そのために自分の身に降りかかるであろう不利益は、甘んじてそれを受けるという覚悟を伴ってのことであれば、それは何ら悪いことはない、と思う。そして、そこまでの判断と覚悟の上での嘘であれば、その嘘は美しく、そして優しい。これは、数少ない「良い嘘」ということになるだろう。

ただ、では絶対に嘘をつかなければ良いのか、というとそうでもない。例えば、家族の誰かが癌であることを告げられたとしよう。本人あるいは家族全員がそれに耐えられるか、というとそうでもない。以前、父が手術をする前、プライベートな場で、執刀する先生に癌の可能性を指摘されたことがあった。先生は私がその真実に耐えられると信頼して告げてくれたのだが、確かに家族を見渡した時、母が父の癌に平静でいられるとは思えなかった。幸いにして手術で患部を切開した結果、癌ではなかったことが判明したので、両親には何も話していない。けれども、本当に癌であったならば、その真実は、たとえ覚悟はしていても、重くのしかかってきたことだろう。

ある意味では真実は劇薬である。その激しい作用を回避し、弱い人々を守るためであれば、嘘も仕方がない場合はあるし、そのような嘘は優しく、美しい。けれども、自分や一部の人間の利益のためにつく嘘は醜く、多くの人々を傷つける。石油資源の豊富なイラクを侵略するのを目的にアメリカがついた嘘、一部の大企業や政治家・官僚の利益を守るために小泉や竹中がついた嘘……。このところ弱い人々を一層苦難の道に追い込む悪質な嘘が多すぎる。それが、少しでも減っていくように行動していきたいと思う。

|

« 弱さの暴力 | トップページ | 文字と、言葉の表情 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/120394/2945935

この記事へのトラックバック一覧です: 良い嘘と悪い嘘:

« 弱さの暴力 | トップページ | 文字と、言葉の表情 »