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2006年8月18日 (金)

恐怖を煽る人たち

以前、大きな震災があった直後、とある宗教を信仰する人たちが「布教」に訪れたことがあった。個人的にはグループに入る気はないが、キリスト教や有神論哲学、仏教や神道の本もたくさん読んでいるので、宗教そのものに対しては、よほどおかしなものでない限り、あまり強い拒否反応はない。

そんな訳でしばらくは友好的に会話していたつもりだったのだが、そのうちに話題が震災に及び、「この震災も予言されていた」というような話をし始めた。それにカチンときた私は、「聖書や仏典、およびそれに関する書物はたくさん読んでいるが、他者の不幸を利用するような言い方はおかしい」と断固とした口調で言った。彼女たちは反論する言葉を失い、帰っていった。そしてそれ以来、二度と我が家を訪れてはいない。

だが、ある意味では彼女たちはまだまだ可愛い方である。もっと質の悪い連中が恐怖心を煽り、自分たちの都合のいい方向に人々を動かそうとしているような例が国内・国外を問わずたくさんあるからである。

例えば、アフガニスタンやイラクの例を振り返ってみよう。911日の同時多発テロを引き起こしたのは確かにアルカイーダかも知れない。けれども、アルカイーダ=アフガニスタン政府ではなかったはずだし、アメリカ軍等の攻撃で殺された一般のアフガニスタンの人々にアメリカを攻撃する意思も力もなかったはずである。もちろん、当時のアフガニスタン政府の中心であったタリバンでも、アメリカはおろか国外を侵略するのに十分な軍事力は持っていなかった。イラクも同様で、大量破壊兵器が今の時点でも見つかっていない以上、国内の人権侵害を理由に他国による軍事侵攻(侵略)を許されるのであれば、アメリカ自体も同じ理由で侵略されることを肯定されかねない。では、なぜこのようなことが許されたのか。テロの恐怖を必要以上に煽る報道が繰り返されたからである。

日本の例も挙げてみよう。今、高齢化社会の問題が声高に叫ばれ、それを根拠に税金の値上げや社会保障のサービスの低下が画策され、生存権も脅かすような法律が可決・施行されている。けれども、以前からあちこちで書いているように、例えば公式に外国人労働者を受け入れれば、様々な条件が変わってくる。けれども、政府も与党も、決してそれについて表立った議論はしていない。つまり、これも「少子高齢化」によるセーフティー・ネット崩壊の恐怖を必要以上に煽り、他の可能性に目を向けさせないようにして、自分たちの都合のいいように人々を動かしていこうと考えている連中がいるということなのだろう。

恐怖は、時として人から判断力を奪う。けれども、事実をきちんと見つめてみるとまったく違ったものが見えてくることもある。その際に、恐怖を煽って人々を都合の良いように動かそうとしている者たちがいないか……ということも併せて考えてみると良いかもしれない。ひょっとすると恐怖を煽られ「敵」とされている人たちとは別の【敵】の存在が見えてくるかも知れない。

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