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2006年8月 9日 (水)

疑うことと信じること

「仮面ライダーSpirits」というマンガ(講談社マガジンZKC 漫画:村枝賢一)で、滝和也が風見志郎(ライダーV3)にこんな言葉を語るシーンがある。

確かに疑っている間は敵を見抜けるかもしれんがよ 信じてみなきゃ「仲間」は見つかんねえだろ

なかなか興味深いセリフである。

疑うことで見えてくるものは確かにある。「常識」あるいは「権威」を盲信していては、今の世の中、簡単に騙されてしまう。だからこそ、深く考えずに簡単に信じてしまう、という人にとっては、非常にリスクが高い世の中になってしまったように感じられることが多い。困ったことであると同時に哀しいことでもある。

けれども逆に、信じなければ見えてこないものもある。教育やカウンセリングの現場では、そういう事例をたくさん見ることができる。信じることでお互いの心がつながる。信じられている、という実感の中で新しい一歩を踏み出すことが可能になる。そういうことも世の中にはあるのだ。

信じる、特に、腹をくくって信じきるというのは結構難しいし、エネルギーのいることでもある。それは、信頼を裏切られるという結果をも含めて、すべてを受け止めようとすることだからだ。だが、そうした信頼が、信頼を寄せられた相手の心の中で希望の光になったり、心の支えになったりする場合も少なくない。その信頼の根底には深い愛情が存在するからである。

そして、自分を信じ相手を信じきることで見えてくるものが、人間を成長させ、成熟させてくれる。ある意味では、「信じたけれど、裏切られた」と言って逃げ出すことは易しい。そして、自分自身に十分な力が備わっていない時点では、「逃げる」ことはその時に限っては正しい場合もある。けれども、「逃げた」ということを意識して「この次」のために力をたくわえる努力を続けることは必要となる。そうした努力を重ねた上で、人を「信じる」ことのできる人間は、優しく、そして強い。

最近は、そのような優しくて強い人間が少なくなったように思われるが、今より少しでも優しく強い人間になれたら……と思う。

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コメント

少し考えました。

恋人に別れを告げられた・・・というのは、振られた方からすれば“裏切られた”と思うでしょう。しかし、恋愛だけじゃなくても、そこから学ぶものは本当にあるものです。
そこから学べるというのは、それだけいい恋愛だともいえるでしょう。

私は今、相手に信じてほしいという部分でいっぱいですが、その為に努力をしなければと思いました。

投稿: KAZU | 2006年8月10日 (木) 00時44分

3日おきくらいで、ケンカをふっかけられる相手がいます。で、4日目くらいに「I'm sorry. I miss you...」というメールが届きます。当然、その間にこちらが努力していることはあります。時々、彼女には「I do my best. After MAI PEN RAI.」と言ったり書いたりしています。

人と人との関係においては、それぞれの想いが良い形にも悪い形にも作用します。どちらに転んでも、とりあえず自分が可能な限りの努力をした、と言えるようならば、少し時間はかかっても、やがて結果を受け入れられるように思います。

いつも、という訳にはなかなかいきませんが、より多くの場面で「出来るだけのことはした。後は天にまかせよう」と言える自分でありたいと思います。…けっこう大変ですが。

投稿: TAC | 2006年8月10日 (木) 02時22分

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