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2006年9月26日 (火)

わからないことのおもしろさ

最近の子どもたちを見ていると、「わからない」ことを楽しめず、イライラしたり、すぐ投げ出してしまったりするように感じられる。いや、子どもばかりでなく、大人もそのような傾向が強まっているかも知れない。

確かに、わからなくて恥ずかしい思いをする、ということは子どもでも大人でもあるだろう。大人の場合は特に、「わからない」と攻撃の対象になったり、評価が下げられたりする、ということもあり得る…という思いから、いかにもわかっているふりをしてその場をしのごうとすることは少なくない。ハツタリでごまかそうとするのである。

けれども、「わからない」を素直に認め、そこから「わかる」ための努力を続けていくと、その問題・課題・テーマが思いがけない広がり・深みを見せはじめ、さらに追及することによって知識や人間関係が深まったり広がったりしていく。そういう展開を経験すると「わからない」の中には、いろいろな「おもしろさ」が隠れていることが理解できてくる。

もちろん、すべての「わからない」を追求していくことができるほど人の一生は長くない。たくさんの「わからない」から、最終的にはいくつかを選び、調べ、考え続けていく形にならざるを得ない。けれども、その過程はとても楽しいし、その過程で関わる人々の何人かとは本当にいい関係をつくっていくことが可能になる。それを考えると、「わからない」は「楽しさ」や「おもしろさ」につながっていくのである。

けれども、周りを見渡してみると、「わからない」の「おもしろさ」を知っている人は、大人も子どもも、本当に少ない。いろいろと関わっていく中で、「わからない」の「おもしろさ」を少しでも多くの人々に伝えていければ……と思う。

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