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2006年9月11日 (月)

人権侵害の現場から…名古屋入国管理局

2002年秋以降、それまで公式には認めてこなかった「拉致問題」を朝鮮民主主義人民共和国が認め、国家による誘拐・家族の分断という悪質な人権侵害が行われていることが明らかになった。だが、「日本」という国も、実は公的機関による家族の分断が、日本国憲法や国際人権規約の規定に反する疑いをも含む「出入国管理及び難民認定法」(以下「入管法」と略する)を「根拠」にしながら、人権意識の希薄な(と言うよりも差別意識を持った)係官によって、「調査」・執行されている。その実態について、筆者と信頼関係のある夫婦の実例を中心にして述べていきたい。

 

   *

 

この夫婦の妻は、2002年8月、日本を強制退去となり帰国している。彼女は、1月下旬に不法在留等の罪で逮捕され、7月下旬に裁判の判決を受けた後に名古屋入国監理局に収容されている。その際に特別残留の手続きと仮放免の手続きをして調べを受けていたのだが、本人が「母国に帰りたい」と言ったということで、強制退去させられた。

 

裁判の後、執行猶予がついた判決が出た場合、日本人であれば家族や身元引受人に預けられる。しかし、彼女は外国人であることから、そのまま名古屋入国監理局に送られた。これは「入管法難民法」の規定に基づくものだが、これ自体も日本国憲法の平等権の規定に照らし合わせて考えた場合に微妙な問題を含むが、今回は夫婦の証言ややり取りされた手紙、提出書類のコピーなどから、名古屋入国監理局の係官の「調査」に、より悪質な人権侵害があったと考えられるので、その点を中心に明らかにしていきたいと思う。

 

「入管法」の規定によれば、何の手続きもしなかった場合、この妻は最低でも5年間は日本への再入国が認められず、場合によっては永久に許可が下りないことすらあり得る。だが、この規定自体も、実は世界人権宣言・第12条や国際人権規約B規約・第17条の規定にある「私生活、家族」に対して「ほしいままに」(世界人権宣言)あるいは「恣意的に」(国際人権規約)「干渉され」たり「攻撃され」たりしないという権利との間で微妙な関係にある。従って、このケースの場合は、憲法や条約の順守が義務となる日本国の公務員という立場からすれば、最低限、その「調査」に際してそれなりの注意が必要となってくるのである。

 

ところが、名古屋入国監理局及びその担当係官の対応はどうであったか。証言に従ってその経過を示してみよう。

 

   *

 

7月の初め、夫は名古屋入国監理局に電話をかけ、妻が裁判中である事と、特別在留手続きをしたい旨を告げ、どうしたら良いか、どうなるのかについて尋ねている。その際、判決が出るまではわからない事、判決の日に手続きの書類を持っていって説明する事を聞いている。ここで、1つには確定出来ないにしてもいくつかの可能性があり、それについて説明してもらえれば夫婦で相談が出来るにも関わらず、そうした内実をまったく知らせない「情報の未公開」(あるいは隠匿)が為されている。そして、この情報公開をなるべくしないでおこうとする姿勢は、この事例では終始一貫して変わらない。

 

7月下旬、妻に対して判決が出る。弁護士と裁判官のスケジュールの調整ができなかったためだが、逮捕から判決までおよそ半年が経過していた。公判の後、名古屋入国監理局のI係官(公務執行中の場合は人権に配慮する必要はないが、一応、主要な2人の係官はイニシャルで記しておく)が、特別在留手続きの書類の書き方のみを丁寧に夫に説明している。しかし、I係官は、許可されない場合の複数のケースや調査の経過のおおよその目安などの説明、留意点などには触れていない。

 

翌日、夫が面会に行く。待合室には面会時間は15分という記載も壁に掲示されていたが、面会時間は10分。面会室の環境にしても、三重県内の2つの警察署や三重拘置所のそれと比較しても、当時の名古屋入国監理局の条件は非常に悪かった。4か所の面会室を比較して、もっとも狭いのが当時の名古屋入管であり、また、タイマーを設定(必ず10分)して音を面会者にも聞かせて心理的圧力を与えているのは名古屋入管のみであり、面会室の出入りの施錠を係官が行い、面会者が自力で面会室から出ることができないのも名古屋入管だけである。いずれも、面会者に心理的プレッシャーを与えるのに効果的な方法だが、特に3点目については面会者を犯罪者扱いしているとも取られかねないやり方であり、万が一地震や火事などが起こった際の「安全」面も気になったという。

 

面会の後、調査部のS係官により、夫に対する面接調査が行われる。夫婦の出会いや双方の家族状況について夫が詳細に説明し、それに加えて、妻が長期の勾留で心身共に疲労がたまっている事、妻の日本語能力、そして提出書類に記載場所のなかった特別在留を求める4つの理由を話している。

 

妻の方の日本語能力については、日常会話は可能だが、難しい法律用語や細かいきまりなどは母国語で説明されても理解しにくく、また日本語の読み書きにいたっては、何とか平仮名は読めるが、書く方は時間をかけても平仮名で数行を書くのがやっとという程度であり、実際、裁判の最中も母国語の書類や同時通訳があるにも関わらず、週に1度か2度の面会と時々送った平仮名の手紙で時間をかけて、裁判の経過や見通し、必要な法律用語などをあらためて説明する必要があった事などが夫から説明された。

 

また、特別在留を求める理由については、次の4点を夫が係官に話している。

①夫の収入だけで日本での生活と母国への仕送りを賄うのは少し難しい。

②妻本人の息子を夫の養子にする際に日本への受け入れをする準備や、日本に来てからの言葉や生活・教育の問題を考えた時、本国に帰されてしまっては困る。

③入退院を繰り返している妻本人の父の病気が悪化して、日本で手術をするような場合も考えると、本国に帰されてしまっては困る。

④来日が、家族の年収が数千円という生活の貧しさから「ウエートレスをする」という言葉に騙されて借金を背負ったという事情があり、本国での生活の貧しさを考えれば、帰国させてしまえば生活の必要に迫られて再び悪事をせざるを得ない可能性があるが、日本に残って夫の監督下で生活していれば、夫や家族の職業・法律の知識などからして、不法行為をする可能性は全くない。なお、夫は、最後の理由についてのみは妻に伝えていない、という事をS係官に話している。

 

これに対して、S係官も、日本に在留する方が更生の可能性が高い事を口答で認めている。それから、「残留は難しいが、本人の気持ち次第」という発言、あるいは「場合によっては最高で60日、入管に勾留される場合がある」との発言をしている。

 

そして、発言内容を元にS係官が調書を作成したが、なぜか特別在留を求める理由を記載していない。夫がその点について尋ねると、きちんと理由を説明せずにうやむやにしてごまかしている。夫は少し疑問を感じたが、この時点では調査がこの1回で終わるとは思わず、あらためてそうした点についての調査をすると考えていた。

 

その後、S係官は、仮放免の手続きを申請する部署に夫を案内している。ここで夫は、仮放免申請の書類の書き方だけを丁寧に説明してもらっている。が、もちろんそれ以外の情報は夫に知らされていない。特に問題となるのは、仮放免については強制送還が決定した際に荷物を整理するための短期のものがあり、それはそれで別の手続きが必要であるという事を、この時点で夫が知らなかったという点である。夫がそれを知ったのは8月に入ってからで、S係官に別の用で電話をした時に、S係官の口から不意に知らされている。この事は、名古屋入管での勾留による妻の心身の消耗と突然の発言の変化と併せて、S係官の人権侵害を夫が疑い始めるきっかけとなっている。

 

さて、ここで妻の方の証言からも入管の対応を見てみよう。当時の「入管難民法」の規定によれば、数日中に調査を始めなければならないので、妻の方の面接調査は、夫が仮放免の申請をした日の前後と考えられるし、それは妻の証言と一致している。ところが、問題は、その中身である。

 

妻の、帰国してからの手紙によれば、最初、結婚していることと在留したいということを言ったという。ところが、担当のS係官は、在留を希望する場合はさらに長期(1ヶ月以上)の勾留を続けると圧力をかけ、在留が難しいこと、帰国すると言えばすぐに入管から出すという形の説明をし、「早く出られるなら母国へ帰りたい」という言葉を引き出した。そして、これを根拠にして、強制送還の決定・執行が行われることになる。

 

しかし、この対応には非常に多くの問題点が含まれている。

 

まず、事前に夫から日本語能力に関わる説明を受けているにも関わらず、S係官は、通訳をつけていない。すべての取り調べは日本語で行われているので、日本語能力に問題があることを知っていながら、不公平な日本語による取り調べを強行しているのである。

 

さらに、夫に対して「本人の気持ち次第」という発言をしながら、長期の勾留で脅して、妻の最初の発言による本人の「残留したい」という気持ちをねじ曲げている。確かに「入管難民法」第41条では、最大で60日間、調査のための勾留を認めているが、法理論からすればあくまでも「調査」が目的であって、それを刑罰や精神的・肉体的拷問…あるいは、それをちらつかせた脅迫の手段として使わせるような規定ではない。

 

当人の状態を考えた場合、客観的にみて、逮捕から裁判の判決までの半年にも及ぶ勾留が続いているとすれば、その心身は疲労の極にあると誰もが考えるだろう。しかも、この事例では、夫が、心身の疲労と荷物整理、及び領事館での手続きを理由に仮放免(あくまでも仮放免であり当然その後の調査は続けられるし、その結果として在留を許可しないという判断も入管の立場では可能である)の申請をしている。調査のことを考えるとしても、仮放免の場合は、調査期間をかなり長く取ることも可能なので、一度、その身柄を夫に預けることにそれ程大きな問題はないと思われる。

 

それと共に、長期の勾留で心身が疲労している状態の人間に対し、さらに長期の勾留をちらつかせることは、それだけでも調査の公平性を欠く。これは、一般的常識であると同時に世界人権宣言第5条や国際人権規約第7条の「拷問又は残虐な、非人道的な若しくは品位を傷つける取扱い若しくは刑罰」を受けないという規定、あるいは日本国憲法第36条の拷問を禁止する規定、及び同じく日本国憲法第38条・1項及び2項の「自己に不利益な自白の強要」を禁止する規定や「不当に長く勾留若しくは拘禁された後の自白」の正当性を否定する規定から考えてもおかしい。

 

それに、平成11年に発効した「拷問及び他の残虐な、被人道的な又は品位を傷つける取扱い又は刑罰に関する条約」(拷問禁止条約)の第一条の規定にある「身体的なものか精神的なものであるかを問わず人に重い苦痛を故意に与える」形で「自白を得」、それをもとにして、強制退去の執行を行ったと判断し得る事例とも言える。

 

加えて、本人の意思という点では、裁判中の三重拘置所から夫に出した手紙でも、帰国後の手紙でも、一貫して日本で夫と暮らすことを望んでいる。それと合わせて、調査の際の冒頭の発言を考えれば、本人の「在留を希望する」という意思は明白であろう。

 

また、この妻の証言によると、実は、非常に大切な情報も本人に伝えられていない事が分かっている。それは、判決日から判決が確定する2週間の間は、たとえ本人が望んでも国外には出さないという規定である。これは、夫に対しては説明されているが、妻の方は帰国して夫に電話で聞くまでは知らなかったという。

 

そして、その事は「帰る」と言えばすぐに出す、という趣旨の説明を信じてそう言ったにも関わらず、さらに10日以上も説明無しに勾留が続けられ、その結果、さらに心身に負担がかかった可能性も出てくる。現に、夫の証言によれば、「妻の様子は、名古屋入国監理局に収容されていた時が、出会って以来最悪の心身状態だった」という。長期の勾留は、PTSD(心的外傷)を引き起こす原因の1つにもなり得るが、名古屋入国監理局はそうした点を無視している。夫が面会に行った時、妻は「警察や三重拘置所はがまんできるけど、入管はがまんできない」と何度も言っている。つまり、収容者の人権に対して、名古屋入国監理局は、三重拘置所や警察署以下の配慮しかしていないのである。

 

妻の方の証言から、名古屋入国監理局のS係官による、不公正で非人道的な「調査」の実態が浮かび上がってくる。S係官は、夫の証言によって得た情報、本人の日本語能力及び、日本の法律に対する無知につけこみ、そして条件の悪い収容施設と「入管難民法」の規定を悪用して脅しをかけ、「何が何でも強制退去」を意図した「調査」を行っている。そして、夫がそれなりの知識と真実を知りたいという強い意志を持っていなければ、こうした「調査」の非人道的な実態は闇に隠れたままだったのである。

 

その後、妻本人のパスポートが手元にない事が明らかになる。強制送還をする場合にも、正式なパスポートは必要である。ここで、妻は「夫に預けた」と証言したが、その事実はない。その証言、及び入管から届いた妻の手紙からすれば、妻は本当にそう思っていたようだが、その事実はPTSDとまでは断定出来ないにしても、この時点で長期の勾留による精神的な疲労による記憶の混乱の可能性も指摘出来る。その状態での「証言」を根拠にしての「調査」と執行だとすると、これは明らかに正当性が疑われることになる。

 

夫の方は、この時点で帰国に同意はしていないが、それでもパスポートの行方を確認するために、津地方検察庁や逮捕された警察に連絡を取っている。その結果、パスポートは間違えて警察の方に送り返されていたことが分かり、担当していた刑事が名古屋入国監理局に送っている。

 

この件でS係官に電話をした夫に対し、係官は「勾留が長くなる可能性が高い」という形で、前言を変更してくる。さらに8月に入って「荷物整理のための仮放免もある」という発言が出るに及び、夫の方も【情報操作】と人権侵害を疑い始める。

 

そこで、ボランティア活動で知り合った弁護士に聞いて、法律相談を受けた直後、夫の家に「仮放免不許可」の書類が届く。その内容は、「相当する理由がない」だけであった。この回答は、申請理由の書類に示された理由、すなわち、本人の心身の状態から考えても、荷物の問題や手続きから考えても、逃亡の可能性という点から考えても、「理由がない」とするには明らかに無理がある。

 

翌日、妻本人の衰弱具合を知る夫がS係官に電話をすると、「強制退去が決定し、翌日の朝の便で帰国の予定」であることを突然知らされる。夫は「もし、電話をしなければ、仕事のキャンセルもできず、最後に会う事すら出来なかった」と憤りを隠せない。しかも、面会にいった知人は、係官から「夫が反対しているせいで帰国できない」と聞いたと言う。

 

夫の考えに関係なく決定がなされたことは、知人が聞いた面会の係官は嘘をついたことにもなるし、「仮放免不許可」の通知以外は、未だに名古屋入国監理局から夫のもとには届いていない。また、妻の手紙に同封されて送られてきた書類(法務省の認定通知書)のコピーは日本語と英語のみで、妻本人は漢字と英語は読めないため3日以内の異議申し立て権利については、妻本人は分からないし、配偶者である夫には知らされていなかった。つまり、妻の手紙に「認定通知書」が同封されていなければ、夫はもちろん妻自身も、どういう決定が名古屋入国監理局によって行われたのかということを、法律の条文と照らし合わせて確認することすらできなかった。

 

このような経過を知れば、この事例において、名古屋入国監理局と担当のS係官の扱いに、【情報操作】と人権侵害がないと言い張る人物は、「人権」の何たるかを分かっていない人だけだろう。

 

以上が、夫婦の証言から整理した、名古屋入国監理局のS係官による人権侵害の事例である。ただ、「入管難民法」の規定や役割分担からすれば、S係官が報告する上司及び仮放免を許可する部署もこうした扱いを認めていたことになるので、これは、名古屋入国監理局という組織そのものの人権意識の欠如の問題である可能性が高い。

 

その後、夫は帰国した妻に仕送りをしながら、こうした名古屋入国管理局の対応について名古屋弁護士会(当時)の人権擁護委員会に調査を依頼し、さらに再入国のためのビザ申請を行った。「入管難民法」の規定からすれば、最低でも5年は許可がおりない筈なのだが、夫が申請書類にも担当者の不法行為・人権侵害の疑いのある対応を書き、併せて「許可がおりれば、この件を問題にするよりも生活の安定に集中したい」という趣旨の内容を書いた結果、わずか3年で許可がおり、再入国がかなったという。

この事例以外でも、ある国立大学の教授から、あるアジア人留学生が名古屋入国監理局に手続きにいった時に、本人だけで言ったらひどい言い方をされ、教授がついていったら対応が180度変わった話を聞いている。

また、この事例の妻の友人も「友達が日本人と結婚したのに、1年経っても入国許可がおりない。何も悪い事をしてないのに、こんな状態が続けば、離婚しなければならなくなるのではないかと心配している」と言っているような話も漏れきいている

それから、ミャンマー人の配偶者の入国を一度は拒否しながらそれが新聞に報道された途端に一転して許可をしたという対応(中日新聞より)などもあった。

最近の事例では、不法滞在中に日本人女性と結婚し、名古屋入管に電話相談をして特別在留手続きの申請を行ったタイ人が、その後、無免許運転で逮捕された事件で、警察からの問い合わせに際して「申請も受け付けていない」と答えた、という話もある。その申請の際に、担当した係官は名札も付けておらず、書類のコピーには担当者の氏名欄にきちんとした名前すらも書いていなかった、という証言もある。日本人女性の従兄は、責任の所在をごまかそうとしている、と憤っている。

こうした事からもわかるように、情報が届き難いにも関わらず、「名古屋入国監理局には問題がある」という話は、少なからず耳に入ってくるのである。

 

だが、これは必ずしも名古屋入国監理局のみの問題ではない。国際化の進展に合致していない現在の「入管難民法」の矛盾と日本の外交姿勢も関連する構造的な問題点が、このような人権侵害の疑いの強い対応と関係しているのである。

 

   *

 

外国人による犯罪も、以前よりもマスコミを賑わすようになってきているが、一方で、ビザ取得に対して異常なまでにハードルが高い現実はほとんど報道されていない。経済格差からくる労働者移動の圧力は、国際化が進む中で非常に高くなっているが、この異常なハードルの高さが不法入国や不法滞在を増加させている部分もある。そして、彼らが不法滞在ゆえにまじめに働いていても充分な賃金をもらえなかったり、事故に際して充分な手当てや対応をしてもらえなかったりする、というような二重三重の人権侵害を受けている例も見られる。

その原因は国際化を口にしながらアジアからの単純労働者の受け入れせずに現実に合わず先進国としての責任も果たしてない労働鎖国政策を続けていることにある。しかも、現在ではそれが明らかに破綻しているにも関わらず、取り調べをする側の都合によって、それを認めようとしない部分が少なからずあるのではないかと分析出来るのである。

 

密入国者の中には、経済的には世界屈指の豊かさを持つ日本で働きたいのだが入国そのものが認められないために「密入国」という手段を使ったものも少なくないだろう。その場合、彼等は「借金」を抱えることになるので、厳密に言えば前述のごとく彼等は「人身売買の被害者」ということになる。日本の、「民主国家」あるいは「先進国」としての責任からすれば、そうした人々に人権の光をあてるのが筋だろうが、瀋陽の亡命事件で明らかになったように、日本政府・外務省はそうした人権意識が欠如している。おそらく彼等の中の少なくない人々が「人身売買の被害者」ではなく、「密入国の犯罪者」として扱われるのではないかと思われる。その方が、取り締まる警察や入国監理局の「実績」になるからである。しかし、「密入国の加害者」というより悪質な犯罪者は、自由かつより巧妙に立ち回り、闇社会を太らせ治安を悪化させていく。

国民の利益を考えれば、国際化の進展の中で破綻した労働鎖国政策を放棄し、こちらの面でも先進国の責任として国際化を進めていく方が良い。労働者を公式のルートで受け入れるようになれば、働きたい人々と闇社会の関係が切れるし、その中で労働者から税金を取ることもできるようになる。一方、警察や入国監理局も多数の「働きたい人々」を捜査する必要はなくなるので、犯罪外国人の捜査に専念でき、それは治安の回復にもつながってくるだろう。

 

また、「働きたい人々」に生活と仕送りを保障すれば、人件費の効率化や高齢化に伴う労働力不足の補充という今後の日本の生産力を維持・発展させる重要な要因として彼等の労働力を考え、期待することができるようになる。そのためには、日本が人々にとって安心して生活出来る場所となる必要がある。

 

そのカギとなるのが「人権」である。まだ日本は批准していないようだが、「すべての移住労働者とその家族の権利保護に関する国際条約」という1991年に国連が採択した条約がある。国際化の進展によって労働力が国境を越えて移動する時代になった。そんな中で「労働者の権利」が守られる国は、多くの人々にとって暮らしやすい国になる。また、日本人が海外に出て働く機会も増える中、その安全を守る手段の1つとしてこの条約を率先して批准し、さらに各国に広げていくことは、日本の国益にも適う。

 

もちろん、言葉や習慣、文化の違う人々と暮らすことは考えれば、時には誤解やトラブルも起きるだろう。しかし、それを乗り越えていくことで、新しい世界、物心共に豊かな未来が訪れるのではないだろうか。そういう世界、そういう未来を目指して努力を続けたいものである。

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