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2006年9月18日 (月)

人権侵害の現場から…津地方検察庁

  はじめに

 

 

検察は現代社会において被害者になりかわって科学的・論理的に被疑者を追及し、犯罪や不法行為を暴く大切な役割を担っている。したがって、一般の役所以上に厳しい公平性を要求される。これは、近代以降の民主的国家の常識である。

ところが、2004年の夏、津地方検察庁において、家族の裁判記録の開示を求めていた人に対し、記録係の検察職員が、記録が貸し出されている事を隠蔽した上で記録開示を「できない」と断り、さらに差別発言を重ねる……という事件が、勤務時間中に起きた。

それだけでも、絶対にあってはならない事件なのだが、その事後処理において、一般職員を監督しなければならない役割を持つ検務監理官が隠蔽工作を画策するというさらに呆れた対応が行われた。

 

そうした対応にあった被害者は、当初は津地検の名誉のために内密に動いていたのを改め、事実を公表することが次の差別事件を防ぐために必要であると判断し、様々な場での公表に踏み切った。

津地方検察庁は、前職と現職の検務監理官が隠蔽工作に動いたため証拠となる文書を一切残していないが、被害者は検察との対応において、手紙を含む5通ほどの文書を残しているので、その文書と被害者の証言を元にしてこの事件を報告していきたいと思う。

ルポルタージュの性格上、本来は、双方の主張をきちんと確認する作業が必要なのだが、津地検の方が隠蔽工作によってその道を自ら閉ざしている以上、筆者に選択の余地はないことは先に明記しておきたい。

   発端としての差別事件

被害者が最初に津地方検察庁を訪れたのは、2004726日の夕方だった。その日の午後、弁護士の法律相談を受けて、配偶者の事件について裁判記録の確認をアドバイスされた被害者はその足で津地方検察庁を訪れ、記録係のS氏(勤務時間内の公務執行中のことなのでプライバシーの保護をする要件ではないのだが、一応イニシャルで記しておく)から、記録開示に必要な書類・持ち物等を聞いて、30日の午後再訪する事を伝えて津地検を出た。津地検到着が午後445分頃であったこと、婚姻関係を証明する書類がその時は用意できていなかったことがその理由である。S氏はその時、次のように語っている。「配偶者だから、それを証明するものとあなた自身を証明するもの、例えば戸籍謄本とか免許証などを持参してくればコピーもできる」と。

 

被害者はその言葉を信じて、戸籍謄本を用意し、730日午後2時頃、津地方検察庁に着き、裁判記録開示のためにS氏に面会を求めた。ところがS氏は26日の説明を覆して裁判記録の公開を法的根拠もあげずに拒否をしたのである。

 

この日のS氏は、「係の人(上司)がいない」「一応、また聞いておくけど難しいだろう」「本人の手紙があっても難しいだろう」と言った発言を繰り返し、被害者が納得する理由を説明せずに記録開示を拒否し続けた。

 

その後の記録開示によって、実は被害者の配偶者の裁判記録は、他の裁判のために貸出中であったことが分かっている。実は、問題の裁判記録は、この時点では津地検にはなかったのである。

 

裁判記録の開示は、その時点において、被害者にとって急を要するものではなかった。従って、被害者の側からすれば、貸出中である事実を告げられ、記録が戻って来た時点で連絡を入れてもらえれば何も問題はなかったのである。ただ、事前に日時を指定しているので数時間をかけて津まで出て行く事を考えれば、前日までに連絡がなければ不満が残っただろうが……。

 

その際にS氏は、「私も調べてみたが…」と言って、被害者がすでにわかっている入管難民法の条文の説明を始め、被害者の側が鞄からそのコピーを取り出して説明が不必要であることを示してもその話を続けた。そして、その説明は実際の裁判の時点で裁判官がしたものとは異なっていたという。

S氏の対応については、いろいろと細かな問題点もあるが、法的には、裁判記録が貸し出されている事実を告げず、係の不在等を口実にして記録開示を拒否した行動がもっとも深刻であろう。これは、この日の時点で事実を隠匿した明白な不法行為なのである。しかも、S氏はそれにとどまらず、配偶者に対する差別発言を繰り返すという検察職員として絶対あってはならないことをした。この差別発言について、被害者が津地検に送っている文書には次のように書かれている。

…前略…さらに3度も妻に対する差別発言を繰り返しました。 

S氏は、その日の時点で「私が奥さんなら、夫に迷惑をかけるから離婚を考える」「家族や親戚の事も考えるべきではないか、年頃の人がいれば、奥さんの事で結婚が破談になる場合もある」などと暗に離婚を勧めるような差別発言を繰り返しました。特に「家族や親戚のこと……年頃の……」の発言は、過去の部落差別事件でも問題になっている結婚差別そのものの発言であり、さらに「もう(妻が)働かなくても良くなった」というような発言や、「(売春など)自分の国でやればよい」といった発言なども繰り返しました。…後略…

こうした発言に対し、被害者は「悪意はないのはわかりますが、それは差別発言になりますね」と釘をさした。が、S氏は一瞬沈黙したのみで、発言の訂正はもちろん、きちんとした謝罪すらもまったく行わなかったという。

もっとも公正さが必要とされる検察において、その職員が「差別発言」を指摘されるなど、前代未聞の、決してあってはならないことである。それ自体が、検察の「公平性」を著しく傷つけるからである。従って、この場合の客観的に納得できる対応としては、すぐに自らの非を認めて謝罪するか、最低限、「表現」もしくは「伝わり方」に「誤解があった」として、それを訂正することが必要だろう。特に、この場合、被害者の方が穏か、かつ冷静に対応しているので、謝罪さえしていれば「事件」にさえならなかった可能性がある。にも拘らずS氏はこうした判断すら出来なかった。その後S氏は「今日は詳しい人がいないので、来週にでもまた聞いて連絡してあげる。ただし、月曜にできるかどうかはわからないが…」と言って、被害者を帰してしまったのである。

 

ここで、こうしたS氏の言動について、多少の分析を加えてみよう。

裁判記録は、通常、検察に保管されていて、貸し出されるようなことはめったにないという。当初S氏は、被害者が来た事を知って、すぐに記録を開示しようと調べたところ、めったにないことだが貸し出されていて津地方検察庁内にない事を知った。それを告げて改めて来てもらうという「まとも」な対応をすると、記録が戻ってきた時点で改めて連絡をしなければならない。が、裁判のために貸し出されているので貸し出しは長期化する可能性が高く後の連絡を考えれば煩わしくなる。しかし、事前に説明をしてしまったので一方的に「開示できない」と自分の言を翻すことは難しい。そこで、「他の係の反対」を理由に開示を拒否すれば、この件はそれで終わる。

あくまで例えばの話だが、そんな風に考えた可能性がある。そして、被害者が法律的なことに無知であれば、それで終わってしまい、その企ては成功したのだろう。

ところが、S氏の予想に反して、被害者は入管難民法のコピーを持ち出すほどの法律的知識を持っており、穏かにではあるが「差別発言」まで指摘してきた。何とか記録開示を諦めさせようとしてやったことが裏目に出て、この場で終わらせることができなくなってしまった。S氏の方にも「相手を甘く見て対応を間違えたかも…」という思いが浮かんだかも知れない。が、その場で事態を収拾する良い考えもうかばず、相手を帰す事で問題を先送りにしてしまった…といった辺りが事実ではないかと推察される。

 

だが、被害者の立場からすればどうだろう。いくら「穏かに対応」したとしても家族を悪し様に言われて腹を立てない人間はいない。この時点で、被害者の津地方検察庁に対する信頼は完全に失われたと言えるだろう。さらに、津地検にとって間の悪いことに、この被害者は以前にも公務員による差別事件に関わりを持った経験から、メモや文書を残すことの大切さを理解していた。そこで、事実をメモしたり記録したりしながら推移を見極め、場合によっては法的対応も含めて考えよう、と決めていたことをS氏や津地検は知らなかった。被害者は、長年、地域の国際交流の活動もしており、この件を放置することは、マイノリティーである外国人の人権侵害につながるとも考えていたのである。

 

さて、被害者は、そうした思いを胸にしながら一旦は記録開示を諦めて自宅に帰った。5時間ほどの時間がこれによって奪われたことなど、被害者の怒りの中では小さい方だという。そして、その後のS氏の対応を見きわめるために、敢えて何もしないまま待っていた。

その後、S氏から被害者に電話があったのは、89日午前935分頃のことだという。その際に、S氏は、裁判記録が他の裁判のために貸出中で津地方検察庁にはないこと、および返ってくるまでに時間がかかるので9月以降であることを告げている。被害者は、時間は遅くなっても目を通したいという意思を告げ、S氏は、電話では申告が改めて必要になるのでまた連絡する、と言って電話は終わったという。以降、S氏から被害者にはまったく連絡がなかった。

年が明けた2005年、S氏に当事者能力がないと判断した被害者は、14日付けで津地方検察庁のトップである検事正に詳細を書いた手紙を送った。112日午後5時過ぎ、被害者に津地検のE検務監理官から連絡が入った。その際に、被害者は翌19日の午後辺りに再度津地検に出向くことを告げている。裁判記録はこの時点で確認できるのだが、当然、それで差別発言や不法行為が消滅するわけではない。以降は、一般職員ではなく、それを監督する立場にある検務監理官の対応に焦点をあてていこう。

  2人の検務監理官

119日午後2時頃、仕事を早めに切り上げた被害者は、津地方検察庁に着き、E検務監理官に会った。裁判記録はその時確認することができた。被害者の「知る権利」に対する侵害は3ヶ月ほど遅れて解消されたことになるが、不法行為と差別事件そのものが事実として消滅したわけではない。従って、被害者としては事実確認と再発防止の手立てを求めるのは当然である。そして、それがきちんとなされれば、「事件」は一職員の起こした不手際として表に出すつもりはなかったという。

 

裁判記録の確認と一部をコピーして送付してもらう手続きを終えてから、被害者はE検務監理官と差別事件について話をした。その際に、被害者は差別事件について書いた文書をE検務監理官に手渡している。

 

事実確認という点については、手続き上、きちんとした報告文書を相手に送付するべきだし、その際に事前に口頭で謝罪したとしても謝罪も付け加えるのが一般的常識だろう。私自身も、ある図書館とトラブルがあったが、それを伝えたところ、日を置かずして図書館長と事務長が謝罪に訪れ、1ヶ月も経たないうちにトラブルの原因とその対策を記した文書を送付してきた。その図書館との信頼関係はそれによって回復し、現在も関係は続いている。

被害者も、一応、文書による確認を口頭で求めた上で、いくつかの事を確認した。その時に、裁判記録は7月の時点では貸し出されており、それが津地検に返却されたのは10月であった事実を確認している。

ただ、記録係のS氏の差別発言については「前のことなので記憶があいまいなところがあり……」と言葉を濁し、他の職員が事件に関与していたか否かについては明確な答えは得られなかったという事である。

 

E検務監理官の「あとは、こちらにお任せいただけますか」と言う言葉を、被害者は、そうした事実関係の確認も含めて後で報告してもらえると理解し、うなずいた。ただ、あらためて文書の送付を強く確認しなかったことが後になって少し気になったらしい。

 

ところが、2ヶ月が過ぎ、3ヶ月が経ち、4月が終わっても、まったく連絡がない。そこで被害者は、527日付でE検務監理官に確認の手紙を出した。

その手紙に対し、津地方検察庁から電話がかかってきたのは、62日午後336分のことだった。その電話で、E検務監理官が換わった事が伝えられた。それによって詳細な連絡が遅れたのであれば、多少は仕方がないと思われる。が、新しい検務監理官は、「他の職員の件についてはその場で説明した。文書での送付は聞いていない。」という事を10分ほど一方的にまくしたて、被害者に話させようとしなかった。

 

その対応に、被害者は怒り「けんかしたいのですか」「こちらにも話をさせてください」と言って、その場で話してあったのであればわざわざ文書でその件を尋ねないこと、お互いの意思疎通に問題があったのではないか、という点を指摘した。すると電話口の現検務監理官は態度を変えてその2点を認め、謝罪した。それで、この差別事件そのものを終わりにしようとしている隠蔽の意図がありありと見える対応であったらしい。

が、その言葉によって被害者は「調査」そのものがいい加減で終わっている可能性があることに思い至り、67日付で再度検事正に隠蔽工作の疑いと「調査」がきちんと行われたか否かについての手紙を送った。

口頭でなら、その場で、どのような言い逃れでも可能である。そうした視点で考えれば、現検務監理官がこちらの言葉によってあっさり前検務監理官の言葉を否定できること自体がおかしいのである。厳密に事実関係を調査するのであれば、双方の発言内容の矛盾をきちんと整理し、何度でも確認を行って事実に迫る必要がある。2人の検務監理官の言動は、明らかにそうした原則から逸脱していると言えよう。

さて、被害者が検事正あてに出した手紙だが、2週間経っても何の返事もなかったらしい。そこで、改めて24日付で手紙を出し、「隠蔽工作」についての反論がないということから、「調査」そのものもきちんと事実確認をしないまま切り上げている可能性を改めて指摘し、次の点について文書での返答を求めている。

 

     差別事件の職員に対して、前検務監理官が調査を行った回数と日時

     前検務監理官の差別事件に関する他の職員への調査の有無

     前検務監理官の事件に対する報告の概略

     事件以前の差別や人権に関わる研修の有無(ある場合は回数)

     事件以後の差別や人権侵害の再発を防ぐ津地方検察庁としての対応

事は、津地方検察庁の「公正」と「信頼」に関わる問題である。記録係の差別事件は、ある意味では単に一般職員が起こした事件に過ぎない。が、その一般職員を監督する立場の者が隠蔽工作に走れば、「組織ぐるみ」の事件となり、津地方検察庁そのものの信頼が失われてしまう。そうした動きそのものが組織としての自浄能力が低下していることを示してしまうからである。そのような組織が、どうなってしまうか。三菱自動車やJR西日本の例をあげればそれ以上の説明は不要だろう。検察という組織の性格から考えれば、小さな差別事件が冤罪事件に発展してしまう可能性がある。

けっきょく、それ以降、津地方検察庁からは被害者のところには何も連絡がなかったらしい。そこで被害者は、津検察審査会に宛てて、このような事件があったので、必ず文書で事後報告を義務付けるように改革して欲しい、あるいはもともとそうした規定があるのなら、それを徹底するように申し入れて欲しい、という提言を法律の規定に基づいて文書で行った。けれども、検察審査会からの回答は「No」であったらしい。つまり、検察審査会では、事実をきちんと究明せずにうやむやにしても良い、という判断をしたわけである。

 

被害者は同時に、複数の新聞社にこのことを知らせた。しかし、それに対する反応は鈍く、地域の記者も「管轄が違うので…」ということで話を聞いただけで終わってしまったらしい。被害者は「マスコミって意外と頼りにならないようだ」と述べている。

 

被害者は、そうした経過を受けて、名古屋高等検察庁宛に事の詳細を知らせた文書を送ったという。名古屋高等検察庁からは「発言の事実は確認できなかった」という趣旨の文書と、「あってはならないことなので、このような形で研修を行っている」という研修計画を送付してきたらしい。被害者は、「検察の身内以外の不法行為であれば、当然、もっと厳しく追及するはずだ」と考えたらしいが、この問題だけに時間を取られるわけにはいかない、ということで文書による回答が送られてきたことで、管理する側にも事件が伝えられたことが確認できたとして、追求を収めることにしたという。

 

以上が事件の経緯である。日本という国が、本当の意味で「民主国家」であり、「先進国」であったならば、絶対にありえない話である。最近は特に、上にいる公務員や政治家の差別発言が耳に入ることが少なくない。返って一般国民より人権意識が低いのではないかと思われる。国民に愛国心を説く以前に、すべての政治家と上級公務員に人権研修を義務付ける必要がありそうだ。公務員が憲法を遵守する義務を、現行の日本国憲法はきちんと規定しており、日本国憲法はまだ改正されていないのだから……。

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