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2006年10月24日 (火)

「自由」ってめんどう?

共謀罪や教育基本法「改正」など、国民の自由を奪おうとする政府・与党の悪辣な動きが進んでいるが、それに対するマスコミや人々の反応は、不思議なほど鈍い。人々は、「不自由」を望んでいるのだろうか。

私などは「自由」は大切なものだと思っている人間なので、当然、共謀罪には反対だし、教育の条件整備など政府自らの責任を果たさないまま教育を荒廃させた挙句、その責任をごまかして現行教育基本法を攻撃する無茶苦茶なやり方は絶対に許容できないと考えている。

けれども、そうした「声の大きさ」に流されて、情報の確認を怠ったり、分析をしないまま思考停止をしたりしている人々が増えているように感じられる。そのような人々は「自由」が重荷となっているのだろうか。

E・フロムは『自由からの逃走』という本を著しているが、ある意味では、自分できちんと考えたり判断したりせずに流されていく【生き方】は、その瞬間だけを考えれば、とても楽である。が、歴史は、その結果がファシズムの台頭と戦争を許してしまった事実を教えてくれている。

【自由】は、自分の欲望のままに好き勝手なことをすることではなく、他者の尊重と結果に対する責任がその背景に存在する。けれども、他者の尊重や責任などは、けっこううっとおしいものである。つまり「自由」って、思っている以上にめんどうなのだ。

それでも、その面倒をきちんと受け入れることで【自由】は大きな力となって私たちの生活や生き方を変えていってくれるものなのだ。だからこそ、【自由】を守りたいと思っている。どこまで出来るかは分からないが、少しずつでも積み上げていきたいものである。

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コメント

残念ながら、日本人の大半は不自由を求めているような気がしてなりません。自由でなく、普通とか常識の中にいかに入るかしか考えてない、と思えてならないのです。かわりにそうした「秩序」を乱す者を叩いておけばいい、そうすれば自らも安泰だ、と思っています。
 自由を求めるとは彼らとの戦いです。フレネが現状として低調な理由もここにあるのではないでしょうか。子や親や他の教師や社会と戦ってまで自由を手に入れたくない、という多くの教師たちの思いでしょう。しかし実は、型にはまらない心、型にはまらない人をスポイルしている、ということに、いったいどれだけの人が気づいているでしょうか。

投稿: かじか | 2006年10月26日 (木) 01時06分

「自由」ってのはけっこうしんどいものですから、自己を確立できていない人間が避けたがるのは分からないでもありません。ただ、世界情勢を考えると、それでは済まない部分もあるわけで、政府・与党も官僚も、身内の縄張り意識だけで考えていると、日本そのものが崩壊してしまいかねません。教育を恣意的に操作して、国民の自己の確立を妨害してきたツケが、今の社会の荒廃にもつながっているのだと思います。

ただ、責任ある大人の一員としては、気づかぬふり、知らぬふりを決め込む、というのは「逃げ」ですので、やれることを続けていくしかないですね。

投稿: TAC | 2006年10月26日 (木) 01時29分

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