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2006年10月20日 (金)

息苦しい経済の「自由化」状況

先日、新聞記者の方と話をする機会があり、新聞の現場でも「息苦しさ」が増しているというような話を聞いた。競争に勝ち抜くための「効率化」が、どうもその背景にあるらしいが、これって、と゛こかおかしいのではないだろうか。

「自由」競争の結果として、個人のゆとりが奪われ、自由な時間や発想が失われていくならば、自由競争の「自由」は人々に不自由を押し付けるためのペテンではないか…ということになる。

いくらバツイチ「中年」オヤジとは言え、安易に「昔は良かった…」という言葉は使いたくないが、10年前、15年前の方がはるかに時間的にも精神的にもゆとりがあったように思われる。それは個人的にも…そして社会的にも…である。

「自由化」が進んだ結果、個人個人の「自由」がどんどん失われていくのであれば、その「自由化」は明らかにまやかしであろう。そして、社会的な実感からすれば「自由」はどんどん後退しつつある。ということは、「効率」重視の「自由化」とは、人間性無視の「自由」ということにもなり兼ねない。

「自由」は重要な基本的人権の1つである以上、結果としてより多くの人々の「自由」の抑圧につながる「自由化」は、その哲学や方法論に間違いがある、と考えられる。世に喧伝されている「自由化」の議論を、もっともっと詳細に検討し、まやかしをあぶりだす必要がありそうである。

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コメント

世の中が「対価はきちんと払う!」から「コストは安けりゃいい!」に変わったことがよく分かりますね。「なぜ安くできたか」の解析とセットでないと、安くなっても喜ぶべきではないでしょうね。
 それから、労働時間が1日(あたり)8時間とされているのが何故かも考えてみる必要がありますね。身体的にも精神的にも余裕がないと豊かな生活は送れない、という意味だと思うのですけど、「まだ働ける」とばかり労使共に残業には寛容ですね。

投稿: かじか | 2006年10月21日 (土) 15時36分

【かじか】さん、最近よくおこしいただいていますね。ありがとうございます。

人間、集中さえできれば、かなり効率よくものごとを処理することが出来ますが、四六時中集中するのは当然心身のために良くありません。だから、それなりのアソビというかゆとり、が必要なわけで、集中し続ければ人間も壊れてします。でも、自分の欲望のためなら他の人間を壊しても何とも思わない人々が増えているのではないでしょうか。

資本主義は、欲望を煽ることで他のシステムにはない集中力を発揮して世界を席捲しましたが、欲望を煽って暴走することの怖さは、それはもうブッダやイエスやマホメットをはじめとする多くの偉大な宗教家や哲学者たちが指摘していますよね。

そろそろ、欲望を煽る経済システムから卒業しなければならないと思います。自己破壊に向かいつつあるようですから……。

投稿: TAC | 2006年10月21日 (土) 20時23分

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