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2006年10月26日 (木)

教育は誰のため?

教育基本法「改正」の審議が、審議の体をすらなしていない。与党が、立法府の場において、その仕事を完全に放棄し、「非自由」「反民主」の行動ここに極まれる…としかコメントできないような現状は、一国民として非常に恥ずかしいし、情けない。民主国家・先進国を自任したいのであれば、それに見合うだけの言動で本当の意味での「愛国心」を示して欲しいものだが、他者に「愛国心」を押し付けようとしている人々が一番「愛国心」を持っていないようである。

そもそも、現行憲法において、教育は受ける側にとって【権利】である。そして、憲法を改正していない以上、国会議員はもちろんすべての官僚はそれを遵守する義務がある。ところが、ニュースなどで報じられている内容からすれば、政府・与党の側に「受ける側の【権利】としての教育」という視点は欠如していると言うしかない。

だいたい、法律をなし崩し的に無視したり破ったりした上で、「法律」そのものが「現状」に合わないから変える…などというのは、法治国家の政治家や官僚のするべきことではない。けれども、教育基本法に関しては、まさしくそれが行われてきたのである。

教育基本法を守ってきちんと条件整備をしていれば、すべての学校図書館に専任司書と司書教諭が何十年も前に置かれていただろうし、子どもたちの問題行動に対して、例えば犬山市のような少人数学級の導入をもっと早期から検討していなければならなかった筈である。それらを放置して教育予算を削り続けた結果が、現在の教育の荒廃を招いている。

必要なことは、そうした現実をきちんと見つめ直し、それに対する責任ある対応を取ることであり、「教育基本法・改正」などのパフォーマンスで対応の不備をごまかすことではない。教育は「国家百年の計」である。私利私欲ではなく、1人1人の子どもと未来の日本のために、責任ある国会論議と財政的な配慮をしていくことの方が急務であろう。

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コメント

思うのですが、残念ながら日本人の多く、殊に保守勢力は、集団とか地域から国までの社会とかを、個人より上に置くのを当然と思ってきたフシがあります。だからこそ、イジメを受ける側は我慢せねばならないのだし、いざというときは国のために命を投げ出すのが当然なのでしょうし、自民党は戦後ずっと憲法改正を悲願としてきたのでしょう。
 本当に個人を大切にしたいと願う私たちは、もちろんそうした路線をとる政府や自治体ともたたかわねばなりませんが、社会ともたたかわねばならないのではないか、と私は思います。

投稿: かじか | 2006年10月27日 (金) 13時14分

保守勢力も、親米保守と反米保守の流れがあり、決して一枚岩ではありません。そして、現在のアメリカ政府・権力者の言動からすれば、日本を愛する立場からすれば、反米保守との連携は必ずしも不可能ではないのです。

英米式グローバリズムをこれ以上進めれば、世界の危機は一層深刻化します。反米保守との連携なども視野に入れて考えてみると、また違ったものが見えてくると思いますよ。

投稿: TAC | 2006年10月27日 (金) 17時49分

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