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2006年10月28日 (土)

ケンカは怖くない

恋愛関係や夫婦関係にケンカはつきものであり、ケンカをしてしまったこと自体を必ずしも怖がる必要はない。それは、逆に、お互いをもっとよく知るチャンスになるからである。このことについて、もう少し考えてみよう。

なぜ、ケンカになるのだろうか。それは相手の言動に腹が立つからだ。では、なぜ腹が立つのか。それは、相手が自分の思いや感情を分かってくれない、と感じたからである。けれども、自分が大切だと感じていない他人が自分のことを理解していなくても別に腹が立つわけではない。相手が自分にとって大切な人であり、自分のことをある程度理解してくれている…という信頼感があり、分かってくれるに違いない…という甘えがあるから、自分を理解していない、と感じる言動に対して怒りを感じるのである。

それを考えれば、相手が怒っている…というのは、自分という存在を大切に思い信頼してくれているという前提がその怒りの背後には存在することになる。相手に信頼され、大切に思われているのであれば、「怒り」を受け止めることはそれ程苦痛ではないはずである。加えて、その怒りそのものが誤解や錯覚であるならば、それを訂正することで相手により深く理解してもらえることになる。

それから、「怒る」ということは、感情を安心してさらけ出している…という事でもある。つまり、「この人なら安心して感情をさらけ出せる、さらけ出しても良いのだ」という信頼がその背後には存在している。

ということを考えれば、これらの点から、ケンカができることそのものに大きな意味がある。感情をぶつけられるようなケンカができる…ということは、お互いの深い信頼関係に支えられているのである。

ケンカは、確かに不快な出来事である。けれども、それは逆に二人がお互いをより深く理解するチャンスでもある。だから、ケンカをすること自体を恐れる必要はない。大切なのは、そのケンカをどう生かしていくか。そのことが二人に問われていると言えよう。

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コメント

うーん、そうでしょうか。そりゃ相手を思いやってケンカしてくれる人もいるでしょうけど、単に自分が思った通りでないからケンカ売る人も山ほどいますからね。「ケンカなんて怖くない」という人は、そのあたりを当然に見分ける能力を持ち、なおかつエゴで怒る人への対処方法を知っているからこそ、そう言い切れるのではないでしょうか。つまり、人間関係でうまくやってゆける人の専売特許ではないかと。

投稿: かじか | 2006年10月30日 (月) 00時54分

あくまで、恋愛・夫婦関係という前提での話であり、お互いがそれなりに時間を重ねていて、それなりに好意を感じているならば…と言うことですね。もちろん、男女の駆け引きもそれなりにあるでしょうが……。

相手のエゴ…あるいは甘えをどこまで許せるか、という線引きの問題もあります。けれども、一般の人間関係なら、また条件も異なります。あくまでも「恋愛」というカテゴリーでの話です。

相手を利用しようとして動くのであれば、それは恋愛ではありませんので「心と体」のカテゴリーで書きます。広く人間関係の中での問題ですから……。その場合は「ケンカの仕方」や「ケンカする際の覚悟」の問題にもなってきます。

どちらかと言えば、すぐにはカッとならないタイプなので、腹をくくってある程度外堀を埋めてからケンカする方ですね。真綿で首を絞めるような形もやるかも知れません。が、基本的にけっこう相手のことを理解しようとして接しますので、めったにケンカはしませんね。ソフトだけれど、実はとってもキツイ言葉も時々発していますし……。

作戦的には、ある程度相手を理解した上で途中から視点をずらし、こちらの土俵に持ってくるようにすれば、まあ、あまり大きな被害はありません。「敵を知り、己を知れば百戦危うからず」といったところでしょうかね。

投稿: TAC | 2006年10月30日 (月) 18時47分

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