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2006年10月 5日 (木)

選挙の不平等

最高裁が5倍もの格差を容認する判断をしたというニュースを新聞で読んだ。憲法の番人という役割を自ら放棄するに等しい行為である。裁判官たちはそれでも困らないかもしれないが、国民は迷惑だし、また、日本という国への信頼感を一層低下させることにもつながろう。「愛国心」を押し付けたくなる構図である。

アメリカの独立に関わって「代表なければ課税なし」というスローガンがあったように記憶している。それで言えば、格差が5倍なら国税はすべて5分の1にすべきだろう。とても恥ずかしくて「民主主義国」や「先進国」を自認できない呆れた話である。

こうした不平等が生じるのは、自らの利害に関わることを国会議員が決められる不誠実な制度を容認していて、改善する「愛国心」や気概を当事者である議員諸氏が持っていないからである。気概を持ち、恥を知る、日本の伝統を身につけた国会議員が多数を占めるならば、当然、定数については外部の有識者を集めた会議を国税調査の後ごとに招集し、そこで定数是正を決定するような制度改革を行っても何も不思議ではない。そうした人材が国会議員諸氏の中には決定的に不足しているということなのだろう。

けれども、国会議員が自分たちの声を代弁してくれないと感じ、政治に絶望していて、しかも生活が苦しくなれば、社会の空気は悪化し、治安が悪くなったり、テロがおこったりする危険が増大していく。戦前のテロもそうだった。歴史に学ぶ姿勢を持たない現在の政治家諸氏は、そうした危機感すら持っていないのかもしれない。

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