« 過剰管理の心的背景 | トップページ | 風邪… »

2006年11月 1日 (水)

大切な相手を待つ時間

相談を受ける現場で、時々、待つことの大切さを話す事がある。聞いている相手は、だいたい「なるほど」という顔でうなずくことが多いが、実際にそのように行動できるかどうかはまた別問題である。一見、簡単に思える「待つ」ということだが、その時間が長くなるほど相手への不審や不満が芽生え始める。言うことは簡単だが、実際に「待つ」ということはけっこう難しかったりするのである。

「待つ」という時間は、相手への信頼を試される時間である。本当の意味で信じていればある程度待てるが、実は相手を軽く見ていたりあまり信頼していなかったりすると、それ程待つことは出来ない。あえて相手を待たせるなどは良くないが、どうにもならない事情がある場合もあるので、相手が待っていてくれるということは自分を信頼してくれているというメッセージであり、相手を待てるということは相手への信頼があるということである。

それでも、待つ時間が長くなれば苦しい。まして、いつまで待ったらいいのか分からないときは、より一層辛い。5分や10分なら、まだ簡単に待つこともできようが、5年、10年となると待つのも大変である。特に1人では、悪い考えの堂々巡りになることもあるので、出来れば、理解のある複数の人と待つことが出来ると良い。

それなりに生きてきて、ある程度は待つことも出来るようになったが、それでも時には心が揺れ、イラついたりすることもある。それでも、きちんと待ったことによって相手が良い方向に変わっていくのを見るのはうれしい。

まだまだ不十分なところもあるが、これからも「待つ」ということを大切にしたいと思う。

|

« 過剰管理の心的背景 | トップページ | 風邪… »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/120394/4034004

この記事へのトラックバック一覧です: 大切な相手を待つ時間:

« 過剰管理の心的背景 | トップページ | 風邪… »