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2006年12月16日 (土)

対話をしてこそ

テロとの戦いのキー・ワードは、対話と共生である。

お互いの思いを伝え合うことと、共に生きていけるように努力すること、それが達成されれば、暴力は不要となる。逆に、相手の言葉に耳を傾けず、相手の生存権・生活権を奪うような行為を続ければ、暴力が始まる。暴力は新たな暴力を生み、憎しみを育てる。そして、双方の暴力行為はどんどんエスカレートしていき、当事者ばかりでなく周囲の多くの人々や国にまで不幸をもたらす。

どの国の歴史を紐解いても、これは変わらない。従って、対話は基本中の基本であり、これをなくして民主主義も人権尊重もありえない。けれども、こうした歴史に学ぶことを疎かにしている指導者が目立つ。中東問題におけるブッシュ政権、そして日本の安倍政権もそうである。

対話とは、お互いの意見に耳を傾けることである。そして、きちんと耳を傾けることによって、当然、意見の修正が行われ、それをすり合わせながら共に生きていける道を探ることが本筋であろう。

教育基本法や共謀罪、税制論議において、政府・与党に異なった意見に耳を傾ける姿勢はあっただろうか。教職員や大学教授をはじめ、多くの国民が慎重な論議を望む中での強行採決は、対話の拒否をその行動で示したものである。

対話が可能であると実感できてこそ、人や集団は平和的に話し合おうとする。それを無視し続ければ、話し合いに絶望する。その先は、「問答無用」…暴力を含めた行動で解決するしかない…と考える。特に、生存権・生活権を過酷なまでに侵害されていると強く感じていれば、暴力に対する躊躇はほとんど無くなる。

対話を拒否した関係の中では、テロや戦争の歯止めは効かなくなる。アメリカもそうであった。結果として中東情勢は混乱するばかりで、テロの脅威は世界中に拡大している。日本はどうだろう。政府・与党は、アメリカすらも方向転換を模索し始めている中で、旧来の方向を再考しようとする姿勢さえ見せていない。国内問題は、完全に対話拒否の行動を貫いている。テロや暴力がいつおこっても不思議ではないのである。

だが、責任ある大人として後の世代に未来をバトンタッチするには、それに絶望してはいられない。身の周りから、対話を深め、広げていかなければ……と思う。

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コメント

相手を理解して初めて自分を理解してもらえるもの。その基本はやはり対話でしょうね。これが疎かになれば後は悪循環となるのは歴史から学べます。
政治的・経済的な背景からエゴも出やすくなりますが、大人の姿勢と言いますか、人としての道徳に則った考え方が必要でしょうね。
こちらのブログを読んで共感する方は多いと思います。こうして一人でも多く次の世代にこの意識を広げてゆくことで、将来に希望を繋げてゆければと思います。

投稿: うるとらの音 | 2006年12月16日 (土) 15時04分

今回、なぜ教育基本法が改正されたかといえば、もともと教育基本法と憲法を改正したくて仕方なかった安倍総理はじめタカ派勢力と、アメリカに追随したくて仕方なかった政府と自民党とが、「昨年の衆院選で勝ち、そのとき公認にならなかった人たちが戻ってきた今こそ最大のチャンス。これを逃したら、安倍総理の人気に陰りがみえる以上、もうチャンスはない」という思惑で一致し、政権に参加したくて仕方ない公明党を巻き込んだのでしょうね。だからこそ、まともに議論する気はなかったのでしょう。
 こういうと、「だから選挙で勝たないとダメなんだ」と言う輩がいますが、それなら議会(国会)は不要ということですよね。選挙さえあればいいわけで。日本の内輪主義社会がいかに怖いかを考えれば、対話する大切さも分かろうというものです。

投稿: かじか | 2006年12月16日 (土) 19時22分

今回なぜ教育基本法が強行採決されたかといえば、教育基本法と憲法とを改正したくて仕方なかった安倍総理などタカ派と、アメリカに追随したくて仕方なかった自民党と政府とが、「昨年の衆院選で勝ち、造反組も帰ってきて議席が増えた。安倍総理の人気に陰りがみえる今、このチャンスは逃せない」という思惑で一致し、政権に参加したくて仕方ない公明党を巻き込んだのでしょう。だからこそ、対話もろくにせずに成立を急いだに相違ありません。
 こういうと「だから選挙で勝たないとダメなんだ」という人がいますが、それなら国会は不要ということですよね。選挙だけあればいいわけですから。日本社会のあちこちにはびこる内輪主義社会がいかに怖いかを考えれば、対話がいかに重要であるかをもう一度考え直してみたいものです。

投稿: かじか | 2006年12月16日 (土) 19時30分

うるとらの音さん、かじかさんコメントありがとうございます。最近spm系が多すぎるので、そうでないことをこちらが確認した上でコメントを公開する設定にしました。それと同じで、国会の議論には議論とは呼べないものが多すぎます。国会議員が、命を懸けた言葉で発言してませんよね。無責任な放言、信用できない軽い言葉が多すぎます。

別に政治に限らず、対話するために言葉はあります。その原点に返って考えたいものです。

投稿: TAC | 2006年12月17日 (日) 01時09分

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