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2006年12月28日 (木)

労働環境と家庭環境

大企業過保護政策の奴隷と化した厚生労働省は、労働者側の危惧を無視して、遮二無二ホワイトカラー・エグゼンプションの導入を進めようとしている。長期的展望を欠いた政府・与党と経営側は、それによって賃金未払い労働の合法化を画策している訳だが、実はその結果、家庭の崩壊・教育の崩壊・地域社会の崩壊、そして少子化のさらなら悪化が心配されることになる。きちんとした労働者保護制度を確立しないまま導入するなど、まさに亡国の所業なのである。

【国際競争力】を理由とした労働者の賃金の抑制は、一般の家計に打撃を与え、男性ばかりでなく女性をも長時間労働へと駆り立てている。時給の抑制と非正規雇用の増加のために家計に必要な収入を得るためには、どうしても長時間労働(非正規雇用の場合は特に複数の仕事のかけもちによって必要な収入を確保するしかない)をせざるを得なくなる状況に多数の人々を追い込んでいく。したがって、企業の都合で家庭生活のまとまった時間を分断されることになり、子どもや高齢者への家族としてのケアの時間が犠牲になり、減少していくことになる。

それが、どういう影響を家庭や社会に与えるのか。子どもを育てるにも、高齢者のケアにも、共に過ごす時間は必要不可欠である。その物理的時間が保障されずに削られ続ければ家庭は崩壊し、教育は荒廃し、地域社会はズタズタになる。

例えば、不登校ひきこもりやニートの問題でも、非行の問題でも、初期の段階で丁寧なケアが出来れば、その回復は早く、壁を一つ乗り越えた子どもや青少年は人間的にも成長していく。けれども、その丁寧なケアのためには家計収入の安定と、まとまって当事者に関わることのできる物理的な時間が必要不可欠である。それを低賃金の不安定就労(そのための【かけもち】はさらに時間を奪う)は、保障しないどころか奪っていくことになる。

子どもや若者が、成長過程で必要なケアを受けられなければ心は荒廃し、生活が荒れる率は高まり、それが犯罪や反社会的行動へとつながっていく危険も高まる。それは、社会全体に不安定化をもたらし、治安維持や社会保障のための公共支出を高めることにつながっていく。

だから、必要なのは【国際競争力】よりも、崩壊し始めている「美しい日本」の再生なのである。そのためにはまず、家庭環境を豊かにし、地域社会に活気を取り戻さなければならない。それに必要なのは、労働者が企業による時間的制約から自由になり、家庭や地域で過ごせる時間をある程度保障される労働環境…ということになる。ボランティア活動や公共的な活動、伝統文化を支える活動なども、経済的な安定と企業労働から解放されるまとまった時間があってこそ可能となるのである。

労働環境の保護制度が充実している条件の下においては、確かにホワイトカラー・エグゼンプションも悪い制度ではない。けれども、アメリカよりも法整備が劣悪な中でこれを導入すれば、「サービス残業」と呼ばれる賃金未払い労働に法的な口実を与え、それが労働環境をさらに悪化させて国民生活を崩壊させかねない。

亡国の企業過保護政策は、国民生活を破壊し、それは当の企業活動にも取り返しのつかないダメージを与えかねない。物価は高かったけれども家計収入が安定していた時期と現在を比較したとき、どちらが豊かで安定していると考えられるだろうか。物価が、人件費の削減によって下がったのであれば、それは一般の家計収入の悪化と直接つながっている。それに乗じて蓄財した反社会的な人々は誰なのか…。日々、まじめに働いて生活をしていた一般の国民でないことだけは確かである。

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コメント

4,5年前に、市内でファスト・フードのチェーン店の店長をしていた方とラテン・バーのカウンターで話したことがあります。アルバイトなどを使って切り盛りしていた訳ですが、正規職員ではないことからくる難しさもあり、大変そうでした。

人数が揃わなければ、店の最高責任者として労働時間は増えます。が、その労働に見合うだけの収入は、というと……。その人は、見た目にも疲れきっていていつ倒れてもおかしくないように感じられました。

ホワイトカラー・エグゼンプションが今の貧困な労働者者保護制度の中で導入されると、そうした人々が爆発的に増加するでしょう。一時の企業の利益のために労働者を使い捨て、家庭を崩壊させ、地域社会をズタズタにすることが「美しい国」を作ることではないことは簡単に理解できると思うのですが……。

投稿: TAC | 2006年12月29日 (金) 00時46分

まとまったカネと自由時間とがなければ豊かにはならない、という説にはまったく同感です。というか、どうして日本ではここまで長時間労働やサービス残業が当たり前になってしまったのでしょうね。「しょせんなくせないもの」というのなら、個人が確立している欧米がどんなやり方してるのか見てこい、と言い返したくなります。それと、職がない場合でも憲法25条程度の生活の保障ができる、ということについて、後ろ向きになっている今の自治体や政府に訴えていかないといけないですね。この2点さえ実行できれば、状況は必ず変わります。

投稿: かじか | 2006年12月29日 (金) 02時04分

あきらめないで、いかに努力を続けるか…ということですよね。とりあえず、知ること、考えること、そして思いを伝えること。それらを大切にしていきたいと思います。

続けることが力にもなる。もう一つのblog【まいぺんらい】(http://maipenrai.noblog.net/)に連載していた2つ目の小説が昨日完結しました。やっとここまで…という感じですが、まだまだ生き続けていく限り、何かを始め、続けていくことになるでしょう。個人的には離婚から始まった大変な1年でしたが、今年ももうすぐ終わり…。来年は、良い年にしていきたいものです。

投稿: TAC | 2006年12月29日 (金) 22時32分

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