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2007年2月 9日 (金)

『孤独』…スザンヌ・ヴェガの視線

スザンヌ・ヴェガ  『孤独/SOLITUDE STANDING』 A&M RECORDS(1987年 リリース)

ディスクが回り出すと同時に、スザンヌ・ヴェガの歌が流れ始める。ピアノもギターもパーカッションもなく、ただ彼女の声だけが流れていく。始まりから孤独の影が漂うが、それはアルバム全体を通じてイメージの重低音として響き続ける。
 

まだ1,000枚にまでは届かないが、数百という枚数を遥かに越える数のレコードやCDアルバムの並ぶ部屋のラック……。1つの歌や曲として好きなものはたくさんあるが、アルバム全体として100%納得できるものはそう多くはない。
 

例えば、エンヤの『シェパード・ムーン』、TMネットワークの『CAROL』、アグネス・チャンの『美しい日々』、カーペンターズの『NOW & THEN』、谷山浩子の『天空歌集』、さだまさしの『帰去来』……。『孤独』は、そうしたアルバムと共に、10指に入るお気に入りのCDである。
 

慎重に押さえられた音に乗って、スザンヌの乾いたアルトが流れていく。それは、地味ではあるが、確かな存在感に満ちている。1つひとつの歌が、朝焼けの都会のビル街を吹き抜けていく風のようなイメージで心に響いてくるのである。
 

英語のネイティブ・スピーカーではないが、ただぼんやりと聞いているだけでも、カラカラと乾燥した都会の街角のイメージが広がる。それは音の作り方、歌い方によるところが大きいのだが、それぞれの歌詞にも都市生活のシーンが切り取られているので、意味を理解して聞いていると、よりそのイメージは深まってくる。
 

朝方の駅前の喫茶店のスナップ写真のような「トムズ・ダイナー」、今、日本でも問題になりつつある幼児虐待を扱った「ルカ」(ちなみにこの歌は浅香唯が1992年の『ステイ』というアルバムの中でカバーしている)、そしてアルバムの名前にもなった『孤独』など…。1つひとつがの歌がそれぞれに存在感を持ちつつも、全体として聞けばさらに豊かなハーモニーを奏でているのがわかってくる。
 

では、このアルバムが描くのはどんな街だろう。
 

日の当たるところでは、見知らぬたくさんの人々が行き交う。だが、その人々の間の繋がりはどこかしら淋しさが漂うほどに薄い。そこには、確かに自由はあるのだが、それは淋しさに耐えてこそ手に入れられるものなのかも知れない。
 

それでも人は生き続ける。大きな矛盾と隣り合わせに暮らし続ける。そんなシーンをスザンヌの感性が捕らえ、歌詞を、歌を紡ぎだす。メルヘンチックな幻想の入る余地のない生々しい現実の営み。だが、多くの人々がそこで働き、生活し、生き続けている。そのワン・シーンをスザンヌの視線が切り取る。それは写真のようにリアルだが、その視線の奥には押し込んでいてもにじみ出てくるような温かさがある。
 

どうしようもないような現実が確かに存在する。それを前にして孤立する1人ひとりの力は小さい。けれども、痛みを感じる自分がいる。同じように感じる人々も多分いるだろう。だから、希望はある。いや、希望を捨てない。アルバムを聞いていると、その歌の奥からそんな声が聞こえてくるような気がする。
 

もう、すでに20年も前に発表されたアルバムである。当時と比較して、社会の状況は大きく変わり、また彼女の音楽も変化していった。しかし、場所を隔て、時間を隔てても聞きたくなる音楽がある。あるいは聞かずにはいられなくなる音楽がある。少なくとも個人的にはこのアルバムは、そんな思いを抱いて聞いている。
 

毎日ではない。時には何か月も聞かないことだってある。けれども、何百枚ものCDの中から思い出したように手にするアルバムがある。何年たってもついついかけてしまうアルバムがある。日本名『孤独』/原題『SOLITUDE STANDING』。スザンヌ・ヴェガのセカンド・アルバムは、そんな1枚である。
 

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