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2007年3月31日 (土)

歴史から逃げずに

新聞報道によると、沖縄戦での集団自決に軍の「強制」があったことについて矮小化もしくは否定しようとする教科書検定があったらしい。従軍慰安婦の問題にしろ、政府・与党にとって都合の良くない事実を隠蔽し、ごまかし、なかったものにしようとする動きが目に余る。

だが、そうした動きは、歴史に学ぶ目を閉ざし、国の未来を閉ざし、長年にわたって人々が形作ってきた日本に対する他国からの信用を失墜させる愚かな行為である。歴史を紐解いてみればよくわかる事だが、同じようなミスの積み重ねが大きな失敗を招く。その意味で、例え都合の悪い真実であろうと、それを認め、それが起こった構造を明らかにすることによって、同じような失敗を重ねずに済むようになる。

ところが、現在の日本の政府・与党の動きは、まったく正反対である。根本的な部分でアメリカ追従を優先するあまり、戦前と同じようなことを繰り返そうとしている。従軍慰安婦の問題にしろ、この沖縄戦の教科書検定の問題にしろ、学問・教育に対する不当な介入を行って歴史をゆがめ、構造を分析してミスを見出す芽を自らの手で摘もうとしている。

本当に精神的に強い人間は、自らのミスや弱さを見つめて改善していこうとする努力を怠らない。だから、間違いは素直に認める。だが、弱い人間は、虚勢をはっているために自分のミスを認めず結果として修正するチャンスを失って自ら泥沼にはまり込んでしまう。

今の政府・与党のやり方は、弱い人間のやり方と同じである。彼らだけが滅ぶのは自業自得だが、このまま進めば、われわれ国民の生活に多大な悪影響を及ぼすことが予想できる。いい加減に、愚かな暴走を止めないと、どんどん泥沼にはまっていくだけなのだが……。

 

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2007年3月30日 (金)

ダメおやじ…ユートピアを求めて

マンガ「ダメおやじ」と言えば、妻や子に徹底的にいじめられる…というイメージがあるが、1982年、雑誌「少年サンデー」での連載を終えた「ダメおやじ」/同年にコミック18巻で完結/の後半は、いろいろと興味深い展開になっている。

大和ヒミコとの出会いをきっかけに、社長へと抜擢されたダメおやじは、ヒミコの祖父や様々な人々との交流を深め、自ら子会社に出向して潰れかけていたその会社を建て直し、やがて、ヒミコの夢…ユートピアを作るパートナーとして「幸福」を考え、見つけるための旅に出る。

その過程で、家族を含めた様々な人々と語り合い、交流を深めながら、「幸福」について考え続けていく。だが、もちろん、「幸福」についての「答え」が見つかるわけではない。月岡リンとはプラトンについて語り合い、バーのマスターや常連のメガネさん、そしてバーに来る客たちから様々な言葉を聞き続ける。さらにはイヌの大左エ門や動物たちとも心を通わせていく。

最終回でも、もちろん「答え」は見つからない。だが、ダメおやじのもとに向かう月岡リンは「まず人の心がひとつになること…それがユートピア実践への第一歩」とつぶやく。ヒミコやリンをはじめ、ダメおやじと関わった人々が、みんなダメおやじの下に集まっていくからである。

モノでもなく、場所でもなく……お互いに心を通わせることの大切さを改めて感じるマンガである。

 

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2007年3月29日 (木)

私をとめて…新しい詞

シャンソン歌手/北岡樹さんに提供した「ぶたないで」という幼児虐待をテーマにした歌のことを以前にも取り上げたが、北岡さんとの話やhpで「虐待をする側の歌も…」という声があったことを知り、仕事が一段落したこの時期に、それを作ってみた。

幼児虐待の背景には、母親や家族が孤立し、追い詰められている現実がある。以前にも書いたが、例えば正月から子どもを親に預けて両親が働かなければならない現実がある。企業の側の都合や効率のみを優先し、家計の収入や子育て・家族のための時間を徹底的に削ってきた政府・与党の「子育てをし難い国づくり」の「成果」であろう。だから、「産む機械」などの発言が出てしまうのだろうし、少子化対策が遅々として進まないのである。この詞が、ある意味では意外と簡単に出来てしまったのは、政府・与党の圧政・悪政があるからである。

 

私をとめて

               作詞 TAC

仕事が始まる 時間がせまる

なのに この子はぐずってばかり

言う事きかず 甘えているの

それとも 私を困らせたいの

 

この子をなぐる 手がとまらない

しつけをしているつもりなのに

私の心が疲れ果てて 壊れ始めているのだろうか

 

 

隣の子どもは 聞き分け良くて

いつも ニコニコ愛想がいい

だけどこの子は オドオドしてて

私の 困ることしかできない

 

この子に向ける 目がきつくなる

私が望んだ子どもなのに

悩みを相談できないまま 心の闇に呑み込まれそう

 

 

子どもはおまえに まかせたからな

おれは 仕事が忙しいから

困っていても 相談できず

毎日 ストレスたまってくだけ

 

しつけをしてる そう思っても

何かが違うと感じている

早く私をとめてください どうか私をとめてください

 

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2007年3月28日 (水)

零戦と烈風

零式艦上戦闘機の後継機として開発されていたのが十七試艦戦・烈風である。開発名で言えば、零戦は十二試艦戦、雷電は十四試局戦である。これらはいずれも三菱重工の開発である。

ある意味では、零戦は当時としては極めて優秀な戦闘機であった。その意味では、後継機の開発が難航するのは当然と言える。しかも、当時の日本のエンジンは英米のそれと比較して重く、馬力も弱かった。日本は、その技術力の差を機体設計と、防御を削った軽量化で必死で補っていたのである。

また、零戦が優秀だったことで、改良によって性能を向上させるという発想もあった。実際、零戦は11型に始まり、21型、32型、22型、52型などが実践に投入されているし、53型、63型や54型などもあり、武装の違いによる甲・乙・丙などの別もあった。だが、そうした改良の手間も、当然、開発陣の肩にかかってくる。加えて、アメリカ軍の爆撃も戦争が長引く中で激しさを増した。それを考えれば、烈風の開発が難航したのも当然であろう。

烈風の試作機は、昭和19年4月に一旦完成しているがエンジンの不調もあって、十分な性能が出せなかった。その後、エンジンを積み替えて必要な性能を出せたので海軍が正式採用を決めたのが昭和20年6月。結局、戦場に出ることはなかった。

零戦52型が最大速度565kmだったのに対し、烈風11型は最大速度は640km前後であり、武装も20mm機関銃×4と零戦よりも強力であった。そして、雷電や紫電改よりも小回りがきいた。だが一方で、赤城、加賀、瑞鶴、信濃などの主要空母を次々に失っており、艦上戦闘機としての運用が十分にはできなかっただろう。

零戦も烈風も、メカとしては興味が尽きない。だが、それがどのような目的で作られ、どのように使われたかを考えれば、必ずしも純粋にそれを楽しむことは出来ない。ただ1つ言える事は、零戦も烈風も機械・道具であって、その使い方を決めるのも、実際に使うのも人間である。私たちは、そのことを深く考える必要がある。

 

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2007年3月27日 (火)

身体の不調と心の不調

体調が今ひとつの日が続いている。花粉症がらみなのか、風邪なのか、判断が難しいところである。ただ、仕事自体は今週は忙しくないので、「春眠暁を覚えず…」を決め込んでいる。来週から、また忙しくなることもあり、身体の不調も「休みなさい」との声なのかもしれない。

もっとも、相談でかかってくる電話の中には、体調不良が多少なりとも心の不調につながっていないかを疑わせるものもあり、それをも意識するようにアドバイスしている。心と身体は、わりと密接に関係している部分もあり、体調不良がそのまま良くない感じ方や考え方の悪循環を呼び、その事によって体調の方もなかなか回復しない…ということも十分あり得るからである。

相談などを受けていると、少し見方や感じ方を変えるだけでまったく別のものが見えてくることが少なくないのだが、本人がそれに気付いていないことが少なくない。それを意識化させていく事で、状況はかなり変わってくる。といっても、時間はかかるのだが……。

いずれにしろ、心の状態と身体の状態を意識することで、一方の不調が他方になるべく悪影響を及ぼさないように気をつけることは大切だ。とりあえず、自分自身は身体の不調と付き合いながらある程度心を休め、4月からの仕事に備えたいと思っている。

 

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2007年3月26日 (月)

蒼き狼の伝説…冨田勲の躍動

「蒼き狼の伝説」というCDがある。作曲・シンセサイザーは、冨田勲。10年ほど前のNHKスペシャル「大モンゴル」のサントラである。「大モンゴル」自体も非常におもしろい作品だったが、この冨田勲の音楽がまた魅力的であった。そのテーマを聞くだけで大草原を疾走する騎馬軍団のイメージが浮かび、冒険心を刺激された。

冨田勲との出会いは、「ジャングル大帝」の主題歌だった。今から考えれば、短いという気がしないでもないけれども、その数分にも満たないわずかな時間の中にアフリカのサバンナの広がりを感じさせる雄大なイメージが凝縮されていた。「惑星」「宇宙幻想」「展覧会の絵」「風の又三郎~ガラスのマント」など、冨田勲のCDは10枚近く持っているが、この「蒼き狼の伝説」はその中でもお気に入りの1枚である。

音のイメージに包まれていると、狭苦しい日常から心が羽ばたき、広大な草原を駆け巡り始める。激しさ、猛々しさ、命の輝き、生と死、そして永遠への夢……。わずか一時間ほどのアルバムの中に様々なものがちりばめられ、心を揺さぶる。そして、その揺れが音楽と共鳴し、繰り返しの退屈な日常に疲れた感性を解き放ってくれる。

「蒼き狼の伝説」…10年あまりの歳月を重ねても、色あせることなく輝きを放ち続ける珠玉の1枚である。

 

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2007年3月25日 (日)

8マンinfinity…新しいヒーロー

東光一〔ひがし・こういち〕それが、東八郎〔あずま・はちろう〕からかつての8マンの能力と新たな力を受け継いだ少年の名前である。線路に転落した少女を救おうとして線路に飛び込み、その命を失ったことで新しい8マン・ネオの身体を手に入れることになる。

マシナリー…サイボーグでもロボットでもない、それらを遥かに凌駕する能力を持った電子知性体。特に8マン・ネオの身体には、特別な秘密が隠されている。それゆえに、開発した国家や軍にすらも影響力を持つ組織から追われる存在ともなる。

だが、光一は、人々を助けるために8マン・ネオとして戦い続ける。彼が救おうとした少女/マシナリーの身体を持つアンナ・ヴァレリーや一度は彼を殺そうとしたマシナリー犬リープと協力しながら。その戦いは、普通の人々を守るためである。殉職した父親の記憶が自己犠牲的な行動へと彼を駆り立てる。そんな彼の優しさは、ともすれば追っ手のマシナリーとの戦いの中では弱点となりかねない。だが、その優しさが心をつないでいく。

物語は、まだまだ大きな広がりを予感させながら続いていく。桑田次郎+平井和正のバトンを受け継いだ鷹氏隆之+七月鏡一のコンビがつむいでいく世界に興味がそそられる。現在、講談社から4巻まで刊行されている。5巻も近々発売の予定らしい。続きが楽しみな作品である。

 

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2007年3月24日 (土)

赤影を呼んだのは…

子どもの頃、《仮面の忍者赤影》に熱中していた。テレビを見、マンガを読み、忍者マーチに胸を躍らせた。ひたすらカッコよく、また楽しい…という印象が強く残っている。

ところで、赤影は飛騨忍群の次期頭領であり、その赤影は木下藤吉郎(後の豊臣秀吉)の軍師・竹中半兵衛に呼び出され、藤吉郎や信長のために戦っている。

飛騨と言えば今の岐阜県である。

竹中半兵衛はもともと美濃を中心とした戦国大名斉藤氏の家臣で知略に優れていたが、後に豊臣秀吉に仕えている。1人で稲葉山城(岐阜城)を落として、主君に諫言した…などという話も伝わっている。個人的には楠木正成や上杉鷹山らとともに好きな人物の1人である。病弱であったため秀吉の全国統一を見ることなく亡くなったが、秀吉にとって、この竹中半兵衛と播磨出身の黒田官兵衛という2人の優秀な軍師を得たことが全国統一の大きな力となったことだろう。

この竹中半兵衛を演じていたのは、実は里見浩太郎である。里見浩太郎と言えば東野「水戸黄門」の助さんというイメージが強い。現在は、水戸黄門も演じているが、その里見浩太郎が竹中半兵衛を演じていた…という事実はなかなか興味深い。

TVの「仮面の忍者赤影」自体は、怪獣や巨大なメカ、超小型の銃、空飛ぶ円盤なども登場(つまり時代考証は完全に無視して楽しさのみを追求している。)するハチャメチャなストリー展開が楽しかったが、竹中半兵衛が呼んで織田軍団とつながっていくなどという隠し味は、なかなか興味深い。ツッコミどころも多いが、今見てもけっこう楽しい作品である。

 

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2007年3月23日 (金)

ここは春の国…ひねもすのたり~の夢

先日までとはうって変わって温かな1日になった。こんな日は、何も考えずにぼんやりとして穏やかな海を見つめながら過ごしたい。そんな思いをそのまま歌にしてしまったのが、谷山浩子の5thアルバム《ここは春の国》の最後に入っている「ここは春の国」という歌である。

春の海 ひねもす のたり のたり かな

ひねもす…終日という意味だが、言葉の響きがゆったりとして穏やかである。何か、訳のわからない精霊か妖怪の類と、時を忘れ、日々の生活や仕事を忘れ、ただぼんやりと座って、その時間そのものを味わい、楽しんでいる。そんな時間を過ごしたいと思う。…もっとも、それが永遠に続くとしたら退屈で退屈でたまらなくなってしまうかもしれないが。

それでも、忙しさの中で嵐のように過ぎ去ったこの数ヶ月を思うと、ゆったりとした1日を過ごせたら…と思う。だが、状況を考えれば、実現は難しいかも知れない。せめて谷山浩子のアルバムを聞きながら、気分だけでも味わいたいと思う。

 …あれはなんですか…あれはひねもすですよ…

 …ひねもすってなんですか…知りませんか…知りませんねえ…

はるかむこうは はるかにかすんで

何もない? 何もないんです?

ここは ここは 春の国

ひねもす ひねもす 春の国

 

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2007年3月22日 (木)

がんばれ!! 犬山市教育委員会

犬山市教育委員会が、全国学力テストを現行のままでは拒否する姿勢を貫いた。何のための学力テスト? プライバシーの保護は? どのような形で生かしていくの? など、現行のシステムでは疑問が多く、例によって政府・文部科学省はまともで丁寧な説明を怠ったまま、勝手に強行しようとしている以上、犬山市教委の対応は筋が通っているし、十分に納得できるものである。

例えば、学力テストの点数が悪かった学校・地域に、国の責任において教育予算を増額し、設備を整えて、教職員を多く配置していくのを目的とした「調査」であるならば、大いにやるべきだ。だが、競争を煽り、「費用対効果」という経済原則を無理やりに教育に当てはめて教育予算を削る口実にしてはならないし、ましてや、平均点をコントロールするような問題を作って「低学力」に対する批判をかわすデータを作成する目的であれば、言語道断である。

競争至上主義によって家庭での安定した時間と収入を奪い続ける経済政策のために、家庭や地域の教育力は低下し、荒廃が進んでいる。その実態を見ないで学校の中に過度の競争原理を導入し、子どもたちに心理的圧力を与え続けた結果が過度のストレスを生み、陰湿ないじめをはびこらせているという分析もある。

そうしたことを考えた上で学力テスト問題を見てみれば、文部科学省や政府の説明よりも犬山市教育委員会の主張の方が納得できるものは多い。逆に、なぜ他の教育委員会は安易に文部科学省の押し付けに従ってしまうのか。それが、本当に自分達の地域の子どもたちのためになる決定なのか? 大いに疑問である。

 

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2007年3月21日 (水)

紅の豚…男たちの願望

子どもっぽい冒険心と自由、そしてケンカしたりふざけあったりできる馴染みの奴ら…そんなものを堪能しながらも、安心して帰っていける存在があること…大人の男たちは、ひょっとすると、そんな願望を持ちながら日々を送っていないだろうか。

ところが、現実は、仕事に追われて冒険心も自由も遠い存在となり、疲れた自分をパートナーが優しく受け入れてくれるわけでもない。そして、身も心もクタクタになってしまう。現代社会とは、そんなものなのだ…とため息をつきながら、軽くビールを飲んで。そんな日々が続く中で、年老いてしまっていないだろうか。

そんな日々と正反対の男がいる。賞金稼ぎの飛行艇のりの豚ヤロウ…ポルコ・ロッソである。第二次世界大戦前の少しキナ臭い雰囲気の漂い始めたイタリア。凄腕の飛行艇乗りでありながら、自ら魔法で豚となったポルコはアドリア海を舞台に、自由でハチャメチャな日々を謳歌する。勝手気ままに生きているようでも、彼には帰っていける人がいる。マダム・ジーナ。アドリア海の飛行艇乗りたちの憧れであり、ポルコの幼馴染で、しかも未亡人。そして、ジーナの亡くなった夫たちは、ポルコの親友たちだったのだろう。

だからこそ、不器用に接するポルコをジーナは温かく見守る。それなりの腕があり、こういう理解者がいてくれたら、男は安心して冒険ができるし、自由に生きていける。男の理想郷と言えるかもしれない。

だが、現実は、そうはいかない。おもしろくもない日々の仕事は山のようにあるし、女房殿だって疲れている。時には愚痴も聞かなければならないし、感情をぶつけられたりもする。それすらなくなってしまったら、もう夫婦・家庭は崩壊するかもしれない。せめて、映画の中でも、自由に包まれ、マダム・ジーナ(加藤登紀子)の歌に包まれていたいと思う。

 

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2007年3月20日 (火)

Teardrops…アグネス・チャンのメッセージより

アグネス・チャンがアイドル歌手の活動を中断してカナダのトロント大学に留学し、再び日本で活動をしていた頃に出したアルバムの1つに【メッセージ】がある。何曲かはアグネス・チャン自身が作詞や作曲も手がけているが、1曲目の「Children of th sea~ぼくの海」も好きだが、アルバムの最後に入っている「Teardrops」は特に大好きな歌の1つだ。

「Children of the sea」は戦火を逃れるために小さな船で祖国を脱出しなければならなかった難民/ボート・ピープルをテーマにした歌の英語バージョンだが、日本語バージョンの歌詞よりもずっとシビアな内容で激しく胸を揺さぶられた。そして、そうした矛盾に満ちた世界に溢れる涙・涙・涙…。その涙に込められた思いを祈りに変えたい…そんな風に感じたのがこの「Teardrops」という歌である。

1粒1粒の涙が流れ出て、集まり、海へと流れていく。その過程で悲しみを癒して欲しい。その涙は、さらに蒸発して空へと至る。新たな希望…心の太陽を見つけて、眠れない夜から抜け出して欲しい。そして、慈雨となって降り注ぎ、地面に吸い込まれて、花へと至る。そのささやかな自然の中に生きることのうれしさを見出して歩んでいって欲しい。海・空・花…涙が溢れるような辛さや悲しさを越えて、それでも人は生きる。その姿は美しいし、また尊いと思う。

まだまだ20代の若さだったアグネス・チャンの透き通った高い声が、そんな思いをのせて心に染み込んでくる。「Teardrops」……。CDでは聞けないが、大好きな歌の1つである。

 

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2007年3月19日 (月)

ようやく…

昨日…というか、今朝の午前3時頃までかかって、今年度の最後の大仕事の目途をつけ、夕方の時点で、ほぼ完了した。2月から続いていた忙しい日々から、もう少しで開放されそうである。

その間に、このblogのアクセス数もいつの間にか10000を越えていた。一年を待たずに…ではあったが、忙しさの中で、感動する間もなくすぎていったという感じである。まだまだ小さい仕事は残っているが、それはまた少しずつ片付けながら、心身を休めることにしよう。

特に、今日は眠い。ゆっくりと休んで、身体と心をリフレッシュしたいと思う。

10000を越えるアクセスの1つ1つに、このblogを訪れてお読みいただいた皆さん。本当にありがとうございます。また、これからもお付き合いいただければ幸いです。

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2007年3月18日 (日)

ウルトラセブン印象記…盗まれたウルトラ・アイ

最初のウルトラセブンのシリーズの中に、怪獣や異形の宇宙人などが登場しない話がある。それが、今回とりあげる「盗まれたウルトラ・アイ」である。モロボシ・ダンがウルトラ・アイを盗まれたり紛失したりする話はいくつかある。例えば、エレキングと戦う「湖のひみつ」ではピット星人に盗まれるし、ポール星人とガンダーの登場する「零下140度の対決」では基地へ帰還する途中で雪の中にウルトラ・アイを落としてしまう。

だが、「盗まれたウルトラ・アイ」で、ダンからウルトラ・アイを盗むのは、地球人と同じ姿をしたマゼラン星人のマヤであり、彼女を支援する怪獣なども登場しない。マゼラン星人たちはマヤから送られた連絡によって地球を「狂った星」と判断し、恒星間弾道弾を発射して地球を破壊しようとする。

マヤは母星からの迎えを信じて「迎えはまだか」と連絡し続けるが、その返事は「迎えは出せない」だった。母なる星に裏切られた少女は、ダンにウルトラ・アイを返し、ウルトラセブンが恒星間弾道弾を破壊に行っている間に自殺してしまう。

信じていたものに裏切られる辛さや悲しみはよくわかる。だが、今の地球の現実と人類の歴史を考えれば、時として、国は国民を裏切る事件は少なくない。その意味で、国を信じることができたマヤは純粋なのかもしれない。だが、その信頼を裏切られた時、マヤの純粋さは弱さへと変わってしまった。それがまた哀しい。

セブンのアクションシーンはないが、しっとりと胸に残るエピソードである。

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2007年3月17日 (土)

三式戦闘機・飛燕…美しき防空戦闘機

第二次世界大戦中に作られた日本の戦闘機の中で、もっとも美しいフォルムをしているのは、もしかしたらこの三式戦闘機・飛燕ではないかと思う。試作機の完成は1941年12月、1943年頃にはニューギニアやフィリピン方面に配備されたが、本土空襲が始まると、防空戦闘機として関東・中部・関西でB29や護衛の戦闘機と戦った。

零戦や紫電改、隼などの当時の日本の戦闘機はほとんどが空冷式のエンジンを積んでいたが、この飛燕は日本では珍しい液冷式のエンジンを積んでいる。それが、飛燕のスマートな美しいフォルムのもとになっている。ただ、技術的には難しいところもあって、それがエンジンの故障に結びついたり、エンジン生産の遅れにもつながっていた。

ただ、エンジンの調子が良ければ、最大速度は600km前後、造りも日本の戦闘機にしては頑丈で、零戦とは異なり1000kmに達するほどの急降下をしても空中分解はしないし、隼とは異なり20mm機関砲を両翼に装備するなど武装も強力だった。特に飛燕の2型は1万メートルに24分で上昇し、高空でも戦える性能を持っていた。対B29という意味においては求められた性能であり、飛燕の防空戦闘によって救われた街や建物もあったことだろう。

侵略のためではなく、守るために戦う…というのは、ある程度納得できる。専守防衛は、とても大切な原則であり、厳密に運用すべき日本の国是ではないかと思う。

 

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2007年3月16日 (金)

私の愛した街~The Town I Love So Well

もう40年近く活動を続けているフォーク歌手の横井久美子が長年歌い続けている「私の愛した街~The Town I Love So Well」という歌がある。大学時代に先輩に教えてもらった歌だが、あまり横井久美子の歌を聞いた覚えはない。それでも、実は大好きな歌の1つである。もちろん、カラオケに入っているような歌ではないので、歌う時には、どうしてもギターを手にしながら…ということになる。そして、それがまた似合う素朴な歌でもある。

この「街」とは、北アイルランドにあるロンドン・デリーのことである。スコットランドやアイルランドなと、ケルト文化を色濃く残している地域には割りと親近感を覚えている。エンヤの音楽、ケルトの渦巻もよう、そして地域に残る民謡…。「春の日の花と輝く」「埴生の宿」「ダニー・ボーイ」「故郷の空」などの歌も大好きだ。

だが、この「私の愛した街」は、聞いていても歌っていても涙が出そうになることがある。作詞・作曲はPhill Coulter、横井久美子が平井則之の原訳を日本語詞に整理して歌っているが、曲からも詞からも、作者がどれほどロンドン・デリーの街を愛していたかが伝わってくる。欠点も何もかも含めた故郷への思いが1番と2番の歌詞で歌われる。3番では、そこで過ごした青春。だが、そんな優しく温かな情景を壊したのは……。

1970年代の公民権運動のたかまりに対し、イギリス軍が発砲し、13人が亡くなったという事件。その事件への怒りと悲しみが4番で歌われる。こうした思いをしてきた人々は、世界のあちこちに存在している。しかし、絶望はしない。それが5番である。横井久美子の歌は、それほど巧いというほどではない。だが、この歌の存在感が強く胸に迫ってくる。作者の強く熱い思いが、この歌に触れるとき、目頭を熱くさせるのかもしれない。

 

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2007年3月15日 (木)

現場を見ない教育再生会議

新聞報道によると、教育再生会議の中で、7時間授業や春・夏休みの一週間短縮の話が出ているらしい。今の子どもたちの集中力の実態を考慮したとき、机上の空論・単なる数字合わせではないか…という思いにかられた。

別に、教育再生会議ばかりではない。……審議会や……委員会といったもののメンバーに、どれだけ現場の人間が参加しているのかを考えたとき、政府・与党の政策に都合の良い意見を持つ人々による多数派を形成して「審議」を行い、結局、矛盾や問題点が発見されないまま強行(時には強行採決までも使って)され、現場の矛盾や混乱ばかりを拡大し、国民の活力と幸福を奪っていくパターンの繰り返しである。

学力の低下の可能性に対する処方箋は、地域・家庭の安定とそれらによる教育力の回復が1つのポイントであるが、それには「競争」を煽り過ぎる形で大企業を甘やかし、労働時間の生活時間に対していびつにアンバランスになる形での拡大やサービス残業と呼ばれる不法な賃金不払い労働を減少させる必要がある。そのためには、生活のために使えるまとまった時間を保障できる十分な家計収入が必要であり、そのためには時給の大幅な底上げに政策として取り組む必要がある。

もう1つのポイントとして、子どもたちの生活習慣の乱れと学習に対する集中力の低下も意識しなければならない。それを考えずに、学習時間を物理的に増やすだけの話をしても意味はない。現場の実態を熟知していない御用学者や企業家で議論すれば、そういった点が疎かになるのは当然なのであろう。確かに、現場では近すぎて見えないこともあるので、現場の意見だけで決めるのは危険が伴う。だからといって、現場の実態を無視した議論を続けて結論を出しても、有効な提言とはならず、的外れな提言による「改革」は「改悪」と化し、現場をさらに混乱させ荒廃させる可能性が高くなる。

教育は、国家百年の計である。メンツや企業の利益のみを考えただけの提言では、返って国力を低下させ、国民を不幸にしてしまう。現場の実態に真摯に学び、本当の意味で国民と日本全体のためになる「提言」をまとめて欲しいのだが……。

 

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2007年3月14日 (水)

桜井の決別…正成を描く歌

明治期に作られた唱歌のの1つに「桜井の決別」という歌がある。終戦前に子ども時代を過ごした年配の方は「青葉しげれる桜井の…」で始まる冒頭のフレーズを聞けば、「ああ、あの歌か…」と記憶がよみがえるかも知れない。

この歌は、湊川の合戦を前にして、出陣しようとする楠木正成が、息子の楠木正行(まさつら)に別れを告げる場面を歌にしたものである。原曲は、長調になっているが、短調で歌うといっそう雰囲気が出る。正成は死を覚悟し、息子を帰そうとする。正行は、父と一緒に行くことを望むが、正成に説得されて帰っていく。父親として、負け戦は目に見えている戦いに息子を同行させたくない…という気持ちである。そしてもう1つ、故郷に残る楠木一族をまとめる存在として、正行が生き残る意味は大きいとも考えてのことだろう。

割とコード進行も簡単な歌だったので、ギターを覚えた頃からギター片手に歌っていたこともあったが、一度、さとう宗幸が、やはりギターの弾き語りでこの歌を歌っているのを聞いて驚いた記憶がある。3番以降の歌詞については、天皇制賛美が露骨な部分もあるのであまり好きではないが、特に別れをしっとりと歌っている2番の歌詞は大好きである。

 

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2007年3月13日 (火)

赤坂・千早城の攻防…楠木正成の戦略

後醍醐天皇による2度目の倒幕の企て・元弘の変は1331年9月28日の笠置山の落城によって一段落したかに見えたが、楠木正成は河内で赤坂城に籠もり幕府への抵抗を続けていた。

「城」と言っても、この時代は日本の城を代表するような姫路城などとはまったく違っている。当時の城は天守閣や城全体を囲む水堀などを持たず、いくつかの砦を連携して運用しているような形であり、赤坂城はそれほど規模が大きいわけでもなく、にわか作りの塀や櫓が点在するだけであり、当然、幕府軍は一気に潰せると考えた。

ところが、赤坂城は簡単には落ちなかった。東国武士の一騎討ちに拘る発想を逆手にとって徹底的なゲリラ戦で対抗したのである。楠木勢の準備としては食料の備蓄など、完全とは言えなかったが、地の利を活かし、戦法を工夫して幕府軍を翻弄した。そして、頃合を見て、10月21日、嵐にまぎれて城に火をかけ、脱出してしまったのである。

幕府軍は、これによって勝利をしたと勘違いし、軍を引く。だが、楠木正成は一年近くの間に反撃の準備を整えた。金剛山を中心にして千早城を築き、1332年12月、一気に赤坂城を奪還し、幕府軍と戦った。幕府は大軍を派遣したが、正成は千早城に籠って抵抗し、ゲリラ戦を仕掛けて幕府軍を翻弄した。

地形を利用し、土豪を組織して、遠征軍を分断し、集団戦で先駆け・一騎討ちの戦法に拘る幕府軍に対抗する。戦場地形の知識に乏しく、土豪たちを組織することもせず、「古い伝統」の戦い方が頭から抜け切れなかった幕府軍が責め切れなかったのは、ある意味では当然であろう。

大軍で攻めてもそれを翻弄し、落城せずに抵抗を続ける千早城の楠木正成の存在は、反幕府勢力の蜂起を促し、鎌倉幕府滅亡の流れをつくっていくことになる。

だが、これが可能となったのは、敵を研究し、地の利を十二分に活かし、相手の裏をかく戦法を次々と実行した楠木正成の智慧と戦略があったからである。敵を知り、己を知れば百戦危うからず…楠木正成は、赤坂・千早城の戦いにおいて、身をもってこれを実践したのである。

 

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2007年3月12日 (月)

《悪党》としての楠木正成

歴史上好きな武将を聞かれて、まず最初に名前が浮かぶのは楠木正成である。磐石と見られていた鎌倉幕府・北条執権政治が瓦解する流れを作ったのは、やはり楠木正成とその一党の、赤坂城や千早城での奮戦があったからであろう。

では、なぜ楠木正成は後醍醐天皇の側に立って、圧倒的な幕府軍を相手に戦う決断をしたのだろうか。楠木正成の朱子学の教養などもその理由の1つにあげられるだろうが、1つに幕府に集う武士たちとは一線を画した存在であった……ということも大きいだろう。

鎌倉幕府に集う東国の武士たちは、どちらかと言えば《武装農民》というべき存在である。ただ、税金等の対策上、自分達の基盤となる土地「荘園」を有力貴族や寺社に寄進して、現地のまとめ役に任命してもらう形をとったが、それだけでは立場が不安定になるので、「地頭」という形で幕府から一定の「荘園」の軍事・警察権を与えてもらうことによって立場を強化した…と考えるとわかりやすい。

それに対して、当初から鎌倉幕府と戦った赤松一党らと同じように楠一党も、幕府・御家人たちから見れば「悪党」と呼ばれる存在であった。では「悪党」とは何か。楠木一党や赤松一党の経済活動を見てみれば、彼らは武装農民というよりも、武装商人という性格が強かったのではないかと考えられる。

例えば、関所などの存在を考えても、地域内の防衛を第一に考える武装農民と、交易の便を考える武装商人とでは、意味がまったく違ってくる。そうした点を考えれば、楠木正成が鎌倉幕府に忠誠を誓うという意識が薄かったのはある意味では当然なのである。

そうした事も含めて考えれば、楠正成が鎌倉幕府を敵に回して戦う意味はそれなりに大きかったと考えられる。そして、一旦決断を下した後は、十分に準備をした上で幕府の大軍を相手に知略の限りを尽くして奮戦した。

その決断、そして知略…。楠木正成は私にとって魅力の塊である。

 

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2007年3月11日 (日)

世界最速のインディアン…映画の楽しさ

およそ4ヵ月ぶり…つまり、今年になって初めて映画館で見た映画は「世界最速のインディアン」だった。たまたま、時間がちょうど良いということで入った映画ではあるが、実話をもとにして丁寧に作られたその映画は1シーン、1シーンがおもしろく、また感動的でもあった。

ニュージーランドのインバカーギルという小さな町で暮らす主人公のバート。インディアンという古いバイクを自分で改造して、ひたすらスピードを追及し、アメリカのボンヌブルで世界記録を出すことを夢見ている年金暮らしの元気な老人である。だが、心臓の発作で病院に運ばれた後、一念発起をして、家を抵当に入れて借金をしバイク仲間たちのカンパにも助けられて渡米する。

ところが、ロスに上陸してからボンヌブルにたどり着くまでトラブルの連続。けれども、陽気なバイク一筋のこの老人に、次々に協力者が現れて、彼を助けてくれる。彼の人当たりの良さと、バイクの技術、そして様々なものを利用し、工夫をし、精一杯努力をして目的を達しようとするバイタリティーに、出会った人々が魅力を感じ、ついつい手助けをしてしまうという感じなのである。バートは、まさしく愛すべきバイク狂である。

このバートを演じるのはアンソニー・ポプキンス。「羊たちの沈黙」でのハンニバル・レクター役は印象深いが、このバート・マンロー役は、心底楽しんでいるような印象を受ける。そしてまた、見ていて楽しい。

だが、ボンヌブルにたどり着いたバートは……。そこでバートは事前申し込みをしてなかったことや古いバイクのためにパラシュートの装備といったような安全基準が出場条件を満たしていないことを理由に出場そのものを拒否される、という最大のトラブルに巻き込まれる。が、彼の人柄と真摯な取り組みの姿勢はボンヌブルに集まった人々の心をとらえ、多くの人々の支持と支援を受けて出場を果たし、最速の記録を樹立する。胸をうつ感動の映画であり、見ていて楽しく、見終わった後元気になる。この映画は、そんな珠玉の名作である。

 

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2007年3月10日 (土)

夢の樹…岡村孝子1stアルバムより

岡村孝子のアルバムは20枚ほど持っているが、特に好きな歌が「夢の樹」と「オー・ド・シェル~天の水」の二つである。その中でも「夢の樹」はアルバムの名前になっていると同時に、1stアルバムの最後を飾る歌である。

男だって、女だって、泣きたい時がある。迷い、苦しみ、立ち止まっている時にはそうだ。もう過去には戻れない。だからといって明るい希望に満ちた未来が見える訳でもない。そんな時には、心まで抱き締めてくれるような真実の存在に巡りあいたい。それは、愛する人でも良いし、すばらしい歌でも良いし、深い文学作品や映画などでも良い。

このアルバムは【あみん】を休止した後、岡村孝子が存在としての苦しみを超えて作られた最初のアルバムである。だから、「一人息子」「雨の街」「ピエロ」「煙草」など、生々しい歌が数多く含まれている。これらの詞の生々しさは、それなりに辛い時間を重ねた末に生まれる言葉の重さを感じられる。その上で、岡村孝子は、同じような辛さや苦しさを感じる人々に、そして自分自身のために、最後の「夢の樹」を作ったのではないだろうか。

最後に繰り返されるフレーズ……この中に、それでも生きていこう…という心からの思いが感じられる。

泣きたいよね 泣きたいよね 

行く所も帰る場所も 遠すぎる時には

感じたいね 真実(ほんとう)のうた

あなたのため 私のため

生きている限り

…この歌に、何度もはげまされた事があった。そして、もしかしたら苦しんでいて、たまたまこのページを目にした人に伝えたい歌でもある。

 

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2007年3月 9日 (金)

砂の薔薇…無差別テロへの怒り

新谷かおるのマンガに《砂の薔薇》という作品がある。《ふたり鷹》《エリア88》などメカと気の強い女を描かせると天下一品の新谷かおるの作品の中で、とびきりの女たちが世界を駆け巡る作品だが、発端は、真理子・ローズバンク/バラのマリーという女性が空港の無差別テロで夫と息子を失い、対テロ組織CATに所属して仲間たちと共に世界各地でテロと戦うという物語である。

アメリカのブッシュや日本の政府なども「テロとの戦い」を口にする。けれども、例えばイラクやアフガニスタンで都市を爆撃し、多くの民間人の死傷者を量産しているアメリカは、国家を上げてテロをしているように見えなくもない。それによって軍需産業を肥え太らせ、アメリカへの不信と怨嗟の声を世界各国に撒き散らせている結果となっているからである。

だが、テロとレジスタンスは紙一重の部分もある。政府要人への「テロ」は、政府そのものがマイノリティーへの差別・抑圧政策を続け、弱者の声に耳を傾けない場合も見受けられるからである。弱者の声は、時として企業の利潤の追求に邪魔な場合が少なくない。それでも、民主主義をうたい、人権を口にするならば、企業の利潤追求を制限しても人権を守る姿勢を貫かなければならない筈である。それがなされない時に起こる抵抗運動は、必ずしも「テロ」と呼んで良いかどうか…。一般市民を犠牲にして省みない無差別テロでない限り、判断に迷いかねないところである。

その点、バラのマリーは明確である。一般市民をターゲットにした無差別テロに怒りを燃やし、特に女や子どもが犠牲者や人質になっている場合は、全力でそれを阻止しようとする。それを支えるヘルガ、リン、コリーン、デラ、アイリーン、ジェシカ、キムなどの仲間たち。様々な地でテロと戦い続けながら、最後には息子たちを殺したテロリスト・グリフォンのアメリカでの無差別テロ計画を見抜き、グリフォンを追い詰めていくマリー……。

無差別テロへの怒りは共有できる。だが、市民を抑圧している「政治家」が勝手に「テロ」と名指ししているだけの抵抗運動も確かに存在している。それを意識した上で、無差別テロを続けるテロリストを孤立させるために私たちにできることを考え、行動に移していくことが大切だと思う。

 

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2007年3月 8日 (木)

青春デンデケデケデケ…音楽も楽しい青春映画

ベンチャーズのパイプラインから始まる楽しい映画、それが大林宣彦監督の《青春デンデケデケデケ》である。ラジオから流れるベンチャーズのパイプラインに啓示を受けた1人の高校生が、ロックに捧げた高校時代の3年間を描いた名作である。

主人公のチックンと親友白井と出会い、ロックバンドを組み、仲間を集め、アルバイトで楽器を揃え……。中学・高校時代はギターを毎日のように触っていたこともあり、チックンの思いが自分自身の中学・高校時代の思い出とオーバーラップしてくる。

もちろん、私自身はビートルズやベンチャーズよりもカーペンターズやジョン・デンバーが好きだったし、エレキではなくフォークギターを手にグレープやかぐや姫の歌を弾いていた方だったので音楽の趣味はチックンとは異なるが、ギターへの思いはよく分かる。そして、バンドの仲間を集め、楽器をそろえ、練習場所に苦しみながらお寺やお墓で練習をしたり、合宿をしたり……。学校での仲間たちとのやりとりや先生との交流も楽しい。また、ベースを担当する寺の息子・合田も絶妙の味わいである。

とにかく、何度見ても楽しく、高校時代のことを思い出して気分も明るくなってくる。まさに、時間を忘れて見入ってしまう映画である。

 

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2007年3月 7日 (水)

「早春賦」の似合う夜

昨日、そして今日と、夜はけっこう冷え込んでいる。今朝は、朝の仕事がなかったので、昨夜は久しぶりに行きつけのスナックでグレンフィデックを楽しんだ。もちろん、カラオケも…。先月に行った時は「春よ、来い」(ユーミン)「襟裳岬」(森進一)「サボテンの花」(チューリップ)などと共に「早春賦」といった冬から春にかけての歌を歌ったが、その後、暖かい日が続いたので、今回はもう少し春にシフトするつもりだったのだが…。

グラスに氷を入れて鹿のラベルのボトルから淡い琥珀色の美酒を注いでもらう。軽くグラスを回して香りを楽しみながら、ゆっくりと口に注ぐ。疲れていた心身が蘇るような感触…。やはり、グレンフィデックは美味しいシングルモルトである。

2杯目を飲みながらの選曲は「あいつ」(風)「春雷」(ふきのとう)そして「卒業写真」(ハイ・ファイ・セット)それから「仰げば尊し」…。春と言えば卒業のシーズンでもある。ついでに「SAYONARA」(メアリー・マクレガー/さよなら銀河鉄道999)も歌った。店の女の子や常連さんたちとの会話も楽しみながらグラスを重ねる。4杯目を数える頃には午前零時半を回っていた。そろそろ帰る時間とばかり「もののけ姫」を入れる。ラストソングとして固定してあるので、ママが勘定を始める。そしてタクシーで帰宅。

仲の良い友人たちとウイスキーや泡盛を飲みながら、ギターを片手に歌うのも楽しいが、行きつけの店でグレンフィデック…そして時にはスプリングバンクやグレンモーレンジも…を楽しむのも良い。ウイスキーと共に過ごす楽しい時間である。

 

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2007年3月 6日 (火)

春雷…ふきのとう《人生・春・横断》より

ふきのとうの《人生・春・横断》というアルバムの中に〈春雷〉という歌がある。ふきのとうの歌は割と穏やかというかソフトなものが多いのだが、この歌は非常に激しく、まさに春の嵐をそのまま歌にしたような作品である。

穏やかな春の良いを揺るがす雷、そして激しい雨……。街路や公園の桜を楽しみ、あるいは杯をかさねる人々を襲う。帰る家のある人、家族を持つ人々は、激しい雨の中で家路を急ぐ。けれども帰る当てのない男たちは、雨の中で孤独に嵐の通り過ぎるのを待っている。帰宅を急ぐようなポーズを取りながら……。

穏やかな陽気と柔らかな風の中の桜は、咲くのも散るのも美しい。けれども、激しい雨と風にさいなまれて散っていく桜の花に、いつ終わるかもしれない孤独な存在の生がむき出しになる。それは、あえて家族ではなく孤独を選択した者の心に潜む寂しさであり、恐怖でもある。

この歌は、カラオケにも入っているし、春には時々歌いもする。けれども、キーの高さと、リズムの速さ、それにサビの部分に出てくる装飾音符をオリジナルのように微妙に音程を震わせて歌うなどの点でけっこう難しい歌である。それでも、この歌のイメージにある孤独や生と死の闇に心惹かれる。ふきのとうの歌の中では、一番好き…というわけではないが、強烈な個性を感じる歌である。

 

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2007年3月 5日 (月)

エイトマン…冷戦の影で

エイトマンはSF小説家平井和正の原作で桑田次郎が描いたヒット・マンガであり、鉄腕アトムや鉄人28号、宇宙エースなどと共に、カラー放送が始まる前の黎明期に作られたアニメ作品でもある。そのシャープな体型に憧れたが、最大の魅力が弾丸よりも早いスピードであり、あえて軍事とは一線を隠した探偵/8番めの刑事という立場で難事件に取り組んでいくところに大人の匂いを感じたものだった。

子どもの頃の印象では、あくまでも「何となく大人」という感じではあったが、あらためて原作マンガを読んでみると、東西冷戦の影が作品世界の中にも投影されている。アメリカ製の007や005と言ったスーパー・ロボット、そしてエイトマンをとらえて利用しようとするソ連の科学者デーモン博士。その中で、あくまでも軍事兵器とは一線を画して、自ら信じる正義のための行動を貫こうとするエイトマンの姿には感動を覚える。

そう、エイトマンは戦闘兵器となっても何の不思議もないのである。けれども、殉職した東八郎の記憶を受け継ぎ、探偵/8番めの刑事としての姿勢を守るエイトマンの行動には心をひかれる。また、サチコを思いながらも、ロボットとしての存在ゆえに苦悩する人間ととしての心を持ったエイトマンの思いは、仮面ライダーなどとも共通していて作品に深みを与えている。

そうした、社会的背景や異人性の中にある苦悩が作品のベースに貫かれていたことが、単なる子どものマンガ・アニメに終わらせない魅力を作品に与えている。現在、それを生かした新しいエイトマン【エイトマン・インフィニティー】がマガジンZという雑誌に連載され、単行本化もされている。そうした新しい展開もあるエイトマンの奥行き・魅力が1人のファンとしてとてもうれしい。

 

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2007年3月 4日 (日)

一式戦闘機・隼…日本陸軍の戦闘機

太平洋戦争中の日本海軍を代表する戦闘機と言えばやはり零戦(零式艦上戦闘機)だろう。では陸軍は、と言えば加藤隼戦闘隊などで有名な、一式戦闘機・隼であろう。東南アジアでの戦闘を意識していたために、航続距離が長いことが決めてとなり採用された戦闘機で、陸軍の戦闘機の中ではもっとも生産された機体である。

軽快で、小回りが利き、時速500㎞前後の速度を誇る隼は、開戦当時には十分な性能であった。けれども、武装が7.7ミリや12.7ミリの機関銃2丁(1,2型と3型甲/3型乙は20ミリ×2)で、20ミリ機関銃を主翼に装備している零戦などと比べても弱く、また機体を軽くするために防御面では十分とは言えなかったので、戦争が激しくなり、アメリカの重武装の戦闘機と戦うには不利であった。終戦間際には知覧などから出撃する特攻機にも使われていた。その意味では、まさしく太平洋戦争を象徴する陸軍の戦闘機である。

だが、パイロットの座席や燃料タンクの防弾よりも気体の軽さを優先させようとする設計思想は、人の命を軽視したものである。それは、太平洋戦争を指導した政府や軍の上層部の意識をも象徴している。彼らがもし、これらの戦闘機に乗って前線で戦うという可能性が高かったら、果たして、防御面を軽視できただろうか?

現場を見ずに、安全な場所から他者に苦難を強いたり、命を危険にさらさせたりする指導者は、太平洋戦争の時代ばかりでなく、現代も存在している。そういう無責任な輩が社会に大きな影響力を持っているような国の人々は不幸である。

 

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2007年3月 3日 (土)

目の疲れと花粉症

目に疲れが出ているらしく、どうも眠い。また、視力の方も低下している。ついでに、花粉症の影響もあってか、少し違和感もある。…ということで、今日は何をする気も起こらず、午後はほとんど本を読むか、寝ているかしていた。

目の疲れによる眠気は、頭や身体の疲れとは異なり、なかなか取れない。心もち目薬をさす回数を増やし、両目の周り(上下左右)と耳たぶの裏側あたりにあるツボを反対側の目の方に押してマッサージをしてやる。ここは、目の疲れがひどいと痛みを感じるので、ある程度その時の状態も判断できる。

もちろん、帳簿の整理や研究会の案内作りなど、やっておきたい仕事はいくつかあるのだが、とりあえず明日には完成していないとマズイ…というほどの急を要するものはないので、この際、サボることに決め込んだ。がんばり過ぎて集中力を欠けば、かえって時間がかかるので、結局、休むことがBetterだろうという判断である。

それにしても、今年の花粉症は早い。今のところそれほどひどくはないので、別にマスクもつけていないし、軽く、市販の薬を飲む程度で過ごせている。ただ、姉はけっこう重症のようで、マスクが状態になっている。ひどくなれば、医者にいくことも考えなければ…と思う。幸い、かかりつけのお医者さんは、内科ばかりでなく花粉症も大丈夫だと評判なので、あまり心配はしていない。

そろそろ、毎日飲むウーロン茶に甜茶をブレンドする時期がきたようだ。調子が悪い事に対してイライラするよりも、どうやって症状と付き合っていくかを考えた方が精神的にも楽だし、落ち着いた対処ができる。何も、完全に健康体である必要はないのである。

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2007年3月 2日 (金)

Flashdance…夢を追って

久しぶりに夜の時間がとれた夜、DVDプレイヤーにセットした映画は「Flashdance」だった。1983年の映画だが、魅力的な音楽とダンス、そして夢に溢れている。主人公のアレックス(アレクサンドラ)を好演するのはジェニファー・ビールス。昼は鉄工所で働き、夜はバーの舞台でダンスを踊りながら、バレエの舞台に立つことを夢見ている。

仲間たちとの交流、そして恋、様々な経験をしながらも、なかなか大事な一歩を踏み出せないアレックス。それを励まし、支える老プリマ・ハンナ、恋人・ニック、そして友人たち…。迷いや不安の中でもがき続ける日々。そんな日々をダンスと音楽が彩る。

一流のアーティストたちが集う、この映画のサウンド・トラックは、映画と離れて一枚のアルバムとして聞いても納得できる歌で満ちている。アイリーン・キャラ、ドナ・サマー、マイケル・センベロなどの実力派がこの映画の歌/音楽を支えているのである。

そして、舞踏学院のオーディションの場に立つアレックス。アイリーン・キャラの歌に乗せて踊るアレックスのダンスは見ているだけで身体がリズムを刻みだす。そして、合格の喜びをニックと二人で分かち合うラスト…。ダンスと音楽と、アレックスを演じたジェニファー・ビールスの生き生きとした表情が愛おしくなる。そして、見ているだけで元気が出てくる映画である。

最近は、忙しい毎日が続いていて、映画どころかテレビやDVDを見る時間もあまりない。が、この【Flashdance】は、何度でも見たくなる映画の1つである。

 

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2007年3月 1日 (木)

TMNと小室哲也/2つのResistance

TMN(TMnetwork)の「humansystem」というアルバムに入っている歌の1つに【Resstance】がある。多分、大ヒットした「Get Wild」の次のシングルだったように記憶している。作詞は小室みつ子、作曲は小室哲也でアニメ【シティーハンター】のエンディング「Get Wild」と同じコンビである。

歌詞の内容は、旅立っていく女性を愛情を持って見送る男の視線で作られている。その意味でグラディエイション/卒業という言葉も見受けられる。旅立ちを見送る男が、励ましと、「待ち続ける」という深い愛情の投げ掛ける。TMのボーカルの宇都宮隆がそれをロックのリズムに乗せて力強く歌いこんでいる。TMNの歌の中でも、お気に入りの1つである。

ところが、それとは別に、小室哲也が出している「Hit Factory」というアルバムにも【Resistance】という歌が収録されている。メロディーは同じだが、歌詞は少しシュチュエーションを変えて、多分、空港から海外へと飛躍しようとする女性の旅立ちを彼女を愛する男が見送るという形になっている。小室哲也の繊細な声に合わせて、こちらはバラード調のアレンジである。もちろん、こちらはこちらで味わい深くけっこう好きな歌になっている。

今日は、県下の多くの高校で卒業式が行われた。新しく巣立っていく卒業生たちに、この2つのResistanceを送りたい。未来は君たちの手にある。けれども、やさしい道だけではなく、時には苦難も訪れるだろう。しかし、諦めず、流されず、前向きに進んでいって欲しいと思う。

 

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