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2007年3月30日 (金)

ダメおやじ…ユートピアを求めて

マンガ「ダメおやじ」と言えば、妻や子に徹底的にいじめられる…というイメージがあるが、1982年、雑誌「少年サンデー」での連載を終えた「ダメおやじ」/同年にコミック18巻で完結/の後半は、いろいろと興味深い展開になっている。

大和ヒミコとの出会いをきっかけに、社長へと抜擢されたダメおやじは、ヒミコの祖父や様々な人々との交流を深め、自ら子会社に出向して潰れかけていたその会社を建て直し、やがて、ヒミコの夢…ユートピアを作るパートナーとして「幸福」を考え、見つけるための旅に出る。

その過程で、家族を含めた様々な人々と語り合い、交流を深めながら、「幸福」について考え続けていく。だが、もちろん、「幸福」についての「答え」が見つかるわけではない。月岡リンとはプラトンについて語り合い、バーのマスターや常連のメガネさん、そしてバーに来る客たちから様々な言葉を聞き続ける。さらにはイヌの大左エ門や動物たちとも心を通わせていく。

最終回でも、もちろん「答え」は見つからない。だが、ダメおやじのもとに向かう月岡リンは「まず人の心がひとつになること…それがユートピア実践への第一歩」とつぶやく。ヒミコやリンをはじめ、ダメおやじと関わった人々が、みんなダメおやじの下に集まっていくからである。

モノでもなく、場所でもなく……お互いに心を通わせることの大切さを改めて感じるマンガである。

 

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コメント

あのマンガは私にとって衝撃的でした。それまで結構父に生意気な口をきいていた私ですが、女房子供にゴミのように扱われる駄目オヤジを見ていて、「よくみろ、これがお前の父親に対してとっている態度だぞ!」と言われているみたいで、なんというか頭をバットで殴られたような衝撃でした。以降、私は父への態度を改めた、そんなマンガでしたね。昔のマンガはただ面白いだけじゃなく、子供を諭す力を持っていたように思います。良い時代でした。私たちの子供の頃は。

投稿: アサヒ | 2007年3月30日 (金) 22時17分

後半のダメおやじは、まったく雰囲気が違います。妻の冬子の表情はとても柔らかくなり、タコ坊やイカ太郎も、ある面では父親を信頼して様々な悩みを打ち明けたり、非常に楽しそうに一緒の時間を過ごしたりもしています。

ユートピアの問題は、そんな中で出てきて、それに真剣に取り組もうとするがゆえに、出家のように旅に出るのです。それに対し冬子も心から心配しますが、夫を信頼して待っています。前半までのイジメの部分のイメージが強いですが、実は後半はなかなか深みのある話が結構たくさんあるのです。

投稿: TAC | 2007年3月31日 (土) 01時40分

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