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2007年3月28日 (水)

零戦と烈風

零式艦上戦闘機の後継機として開発されていたのが十七試艦戦・烈風である。開発名で言えば、零戦は十二試艦戦、雷電は十四試局戦である。これらはいずれも三菱重工の開発である。

ある意味では、零戦は当時としては極めて優秀な戦闘機であった。その意味では、後継機の開発が難航するのは当然と言える。しかも、当時の日本のエンジンは英米のそれと比較して重く、馬力も弱かった。日本は、その技術力の差を機体設計と、防御を削った軽量化で必死で補っていたのである。

また、零戦が優秀だったことで、改良によって性能を向上させるという発想もあった。実際、零戦は11型に始まり、21型、32型、22型、52型などが実践に投入されているし、53型、63型や54型などもあり、武装の違いによる甲・乙・丙などの別もあった。だが、そうした改良の手間も、当然、開発陣の肩にかかってくる。加えて、アメリカ軍の爆撃も戦争が長引く中で激しさを増した。それを考えれば、烈風の開発が難航したのも当然であろう。

烈風の試作機は、昭和19年4月に一旦完成しているがエンジンの不調もあって、十分な性能が出せなかった。その後、エンジンを積み替えて必要な性能を出せたので海軍が正式採用を決めたのが昭和20年6月。結局、戦場に出ることはなかった。

零戦52型が最大速度565kmだったのに対し、烈風11型は最大速度は640km前後であり、武装も20mm機関銃×4と零戦よりも強力であった。そして、雷電や紫電改よりも小回りがきいた。だが一方で、赤城、加賀、瑞鶴、信濃などの主要空母を次々に失っており、艦上戦闘機としての運用が十分にはできなかっただろう。

零戦も烈風も、メカとしては興味が尽きない。だが、それがどのような目的で作られ、どのように使われたかを考えれば、必ずしも純粋にそれを楽しむことは出来ない。ただ1つ言える事は、零戦も烈風も機械・道具であって、その使い方を決めるのも、実際に使うのも人間である。私たちは、そのことを深く考える必要がある。

 

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