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2007年4月20日 (金)

荘園と武士2…侵略される荘園

幕府に任命された地頭が荘園の軍事・警察権を握ったことは、やがて現地の武力によって荘園の所有者に圧力をかけることが可能になり、年貢の搬入を妨害する…というようなことも起こってくる。所要者である領家は、当然、幕府に訴えたりもするが、幕府そのものが武士の作ったものである以上、なかなか領家の要求通りの結果は得られない。そこで、年貢の徴収を地頭に請け負わせたり(地頭請)、荘園を2等分して半分を地頭の支配下に置くことを了解する形で、多少なりとも収入が確保しやすい形で妥協をしていくことになる。結果として、武士の荘園侵略が進んでいくのである。

さて、鎌倉幕府において、《守護》というものがある。地頭が荘園の軍事・警察権を掌握するのにたいし、上総・下総といった国の単位(現在の県のようなものだが)で軍権を握るのだが、いくつかの荘園を支配する有力御家人が、大軍での行動が必要なときに本来は同じ御家人のはずの他の地頭に命令を下す役割を担っている。ただ、鎌倉幕府の成立の時点では、軍事的な場では命令に従うとしても、一般の地頭が守護の家臣であったわけではない。

ところが、時代が下っていくにつれて、守護が地域の地頭を家臣化していく動きが顕著になっていく。そのような形で、室町時代の守護大名は生まれていくのである。その頃には、荘園の領家の方も、守護に年貢の徴収を請け負ってもらう形になっていく。地頭請が、その実効性を高めようとする荘園の領家の都合で守護請という形に変化していくのである。結果として、ますます領家の力は低下し、戦国時代を経て、豊臣秀吉が全国を統一し、太閤検地を実施していく中で、荘園は消滅してしまうのである。

結局、現地の実態を知らないで年貢だけを受け取って…という形が通用したのは、武士が実力をつけるまでのことであり、武装農民として現地に密着している武士は、現場を知るからこそ、実力によって荘園を自分のものにできたのである。現場を離れてものごとを決定し、支配しようとしても、現場が力をつければつけるほど権威は低下し、決定の実行は難しくなる。現場を知り、現場を重視することの大切さは、ある意味において、現代も同じであろう。

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