« ウルトラセブン1999印象記…私は地球人 | トップページ | 荘園の発展…自墾から寄進へ »

2007年4月17日 (火)

荘園とは何か…成立の事情

日本の歴史を考える時、荘園が理解できるかどうかが大きなポイントとなる。その成立は奈良時代、そして、消滅は太閤検地によって…ということになろうから、時間にして800年ほど日本の経済に根を下ろしていたシステムということになる。

日本の歴史は、地方分権が外圧(外国からの侵略の危機)によって中央集権化するが、危機が去ると、中央集権を嫌がって地方分権の方向へシフトする。が、外圧があると、中央集権の方向へシフトし……という繰り返しになっている。荘園は、日本史における地方分権の経済システムに関わる重要な存在なのである。

さて、荘園が生まれた奈良時代と言えば、日本における律令制度の安定期ということになろうが、律令制度自体は、隋や唐による侵略の危機の中、豪族の連合政権という形での地方分権色の強い氏姓制度では各個撃破されて滅びかねないので、聖徳太子から天武・持統天皇の時代に作り上げた中央集権の政治システムである。

けれども、耕地の不足から、開墾を奨励する目的で三世一身の法が作られる。本来は、公地公民…すべては国有地で、国が責任を持って人々に耕地を与える代わりに人々は税を負担する…制度である以上、私有地は存在しない。だが、新しく開墾した時は本人の孫の代(三世)まで私有を認め、荒れ果てた耕地を再び整備して農耕ができるようにした場合は本人の代(一身)まで私有を認めたのである。

ところが、なぜかそれでは十分には効果があらわれないと判断され、墾田永年私財の法が制定される。この法律によって開墾した土地の一部を私有することを認めてしまったのである。この結果、私有地が生まれる。この私有地が荘園となるのである。

墾田永年私財の法の成立は、国家の利益よりも自分の利益を優先しようとした一部権力者の意図が透けて見える。これが、律令制の経済システムの根幹を崩してしまうことになるのである。

|

« ウルトラセブン1999印象記…私は地球人 | トップページ | 荘園の発展…自墾から寄進へ »

コメント

外圧に伴う中央集権とその危機のない時代の地方分権とが交互に現れるとは存じませんでした。TACさんは歴史専攻でしょうか(私は高校日本史は非履修)。
 考えてみると確かに、三世一身法はそれまで一貫して律令制度まっしぐらだった制度の転換点ですよね。荘園と三世一身法とをつなげて考えてみたことはなかったですね。
 私の地元・岐阜県神戸町も、比叡山延暦寺や、神仏習合思想によるその守り神・日吉(ひえ)大社の荘園だったんです。それでこのあたりが平野庄(平野荘とも、ひらのしょう)と呼ばれるようになったのですし、天台宗系の寺や日吉(ひよし)神社も建立されたのですしね。後に中部のご多分に漏れず、当地も浄土真宗が盛んな土地になりますけど。

投稿: かじか | 2007年4月18日 (水) 08時16分

お久しぶりです。
いつも私のブログにコメントを頂いているのに、申し訳ありませんでした。

今日の記事、興味深く拝見させていただきました。
荘園の成立とともに日本では資本主義経済がスタートしたようです。

投稿: rockin' | 2007年4月18日 (水) 08時43分

知識を覚えるだけでなく、どう料理するか…こそが大切であり、背景や流れを見ながら共通点や相違点を整理し、過去に学んで未来への方向性までも推論していこうとするのが本来の歴史学のおもしろさであり、醍醐味でもあると思います。

私の見るところ、外圧と中央集権や地方分権の問題、および政治の中心を空洞化しようとする動きが日本の政治史の特徴ではないかと考えています。

資本主義システムはピューリタン(イギリスのカルヴァン派)の信仰がけっこう深く関わっています。が、キリスト教の影響のほとんどない国の中で日本が近代化・資本主義化をある程度成功させた背景には浄土真宗などの発想の中にカルヴァン派の発想とよく似ている「商業や労働を罪悪視せずにそれなりに許容してしまう」ようなところがあったからとか…。私有だけが資本主義の背景ということではありません。荘園については、もう少し続けて見ていきます。

投稿: TAC | 2007年4月18日 (水) 20時47分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/120394/6126791

この記事へのトラックバック一覧です: 荘園とは何か…成立の事情:

« ウルトラセブン1999印象記…私は地球人 | トップページ | 荘園の発展…自墾から寄進へ »