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2007年4月19日 (木)

荘園と武士…地頭の持つ意味

以前、楠木正成を論じたときに、もともとの武士は《武装農民》であることを書いた。寄進地系荘園が増加するということは、荘園を開いた地域の有力者が、荘園の所有権を放棄してそこの管理者となり、その代わりに有力貴族や寺社の獲得した、免税と役人の立ち入り拒否の特権を獲得していく形が増加していくことを意味していた。

荘園を開発した地域の有力者と寄進先(つまり新しい所有者)の大貴族や寺社との関係が良好で、周囲の荘園との対立や抗争がない時にはそれでよい。ところが、地域の有力者が寄進先とトラブルを起こしたり、水利などの関係で周囲の荘園との抗争が始まったりすることは、決して珍しいことではない。その結果、荘園を開いた地域の有力者たちは、自分や一族を守るために、好むと好まざるとに関わらず、武装しなければならなくなってしまった。これが、【武士】ということになる。

こうした武士の登場は、律令制度の衰退の中で軍団が廃止されたこととも関わっている。軍団が存在して睨みを聞かせていれば、例えば天候が不順で水不足になった時に近隣の荘園から力ずくで水を奪ってくることなどできない。が、軍団がいなければ、勝算がある限りそれが可能となる。そうした事情からも、地域の有力者たちは武装する必要があったのである。

だが、現在の所有者との間にトラブルが起こってしまうと、管理者の立場はどうしても弱くなる。だが、地頭は、荘園の軍事・警察権を持つので、自分が地頭であればそれをたてに一定の権利を主張することが可能となる。また、必要経費も要求できる。しかも、地頭の任命権は、貴族や寺社とは一線を画した幕府が握っているので、所有者とトラブルになっても幕府の権威と実力でそれなりに対抗できる。そうした地頭の特質を考えれば、武士にとって地頭に任命されることは大きな意味を持っていた…ということになる。

その意味において、地頭の任命権は鎌倉幕府の要(かなめ)だったのである。同時に、幕府はその権威と軍団の動員力を背景に、荘園と荘園(武士と武士、あるいは武士と荘園領主)のトラブルを仲裁できるだけの力を持っていた。したがって、幕府と対立した勢力の荘園を没収したり、地頭を置けなかった荘園に対して幕府への反抗を理由に地頭を置く…ということもできた。それは、荘園の実質的な支配権を保障することであり、それが、武士の幕府への信頼と支持につながって、政治を動かすことが可能となったのである。

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