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2007年4月21日 (土)

『水晶の涙』を読む

ファンタジーではあるが、神話や英雄譚ではなく、人魚にまつわる小さな物語である。人生においても日常の生活においても、ほんの些細な事が実はとても大切であったという経験は少なくないが、雄大なストリーばかりがファンタジーではないことを再認識させてくれる逸品として、このあまり人に知られていないであろう作品をあげたい。

 

人魚が登場する物語としてこの作品と比較したいのは、アンデルセン童話の『人魚の姫』(新潮文庫1968年による)である。アンデルセン童話の人魚姫は、魔法の力を借りて人間の姿になるのと引き換えに美しい声(を出す舌)を失う。

 

それに対して、この物語の人魚たちは最初から舌はない。人魚たちは泡と手話で会話をするのである。その際、舌は綺麗な泡(の言葉)を作る邪魔になる。この設定は、おもしろいと感じられる以上に、ある種科学的な説得力を持って、物語世界の人魚たちの種あるいは社会にリアルな存在感をあたえている。

 

また、アンデルセン童話の人魚姫は、人間の姿になってからも歩く度に痛みを味わう身体になる。が、昼間人間に姿を見られて人魚の社会を追放された人魚メルシーナは、最初は足の使い方が分からず、歩けない。幼児が歩行を覚えるように、あるいはリハビリの訓練のように、人魚の彼女を見た耳の不自由な少女ジェスと老いた船乗りキャプテン・Aの助けも借りながら、少しずつ足の使い方を覚えて歩けるようになっていくのである。

 

それから、人魚の少女メルシーナと人間の少女ジェスとの交流は、異文化交流の視点も持ちながら読み進めていくととても興味深い。

 

聾唖者でもある女優マーリー・マトリン主演の「愛は静けさの中に」という映画で健常者の夫と主人公がけんかをするシーンがある。同じ英語文化圏の中で生きていても聾唖者と健常者という違いが距離となって2人の間に横たわる。相手が好意を持つ理解者であっても、完全には理解しあえないからこそ、その努力を続ける姿が見ていて胸を打った。

 

一方、この物語における人魚の少女と2人の人間との間にはそれ以上の距離があった。水や衣服の感触、他のものとのつながり、あらゆるものが違っているからこそお互いの心を通わせるために、その生きてきた背景を理解する努力が必要だった。そしてそれは、今までの自分自身を振り返るきっかけとなり、この出会いを通して水の中で生まれた少女と陸で生まれた少女が成長していくことになる。

 

メルシーナは人魚たちに伝えられていた「3つの知恵」〔①忍耐せよ、海のように②周囲の生命のリズムに合わせてうごけ③すべてのものは他のすべてのものになれ、あらゆる生命は海とふれ合っていることを知れ〕の意味をより深く理解し、自分の犯した過ちに気付くと共に、この「3つの知恵」を陸に伝える役割を自分が持っていたのではないかと考え始める。そして最後には、仲良くなった陸の少女ジェスに自らの思いを込めた水晶の涙を残して海へと帰っていく。

 

また、ジェスは残された水晶の涙をイヤリングにしようというキャプテン・Aの言葉にうなずく強さを身に付ける。それは、他の人の目にも補聴器を付けた耳をさらす事であり、耳の不自由なありのままの自分を受け入れ、そして人々に向かって自分の心を開いていくことにもつながる事でもあった。

 

ストリーに関わっての細かい言及はこの程度にとどめておきたいと思うが、小さな物語の背景にちりばめられた小道具の細密な描写と設定が読む者の成熟度に合わせてイメージの翼をより大きく羽ばたかせ、生きる事に関わる様々な問題にアクセスさせてくれる。例えば「3つの知恵」などは仏教や道教などの東洋思想との関連なども感じさせる内容となっている。この小さなファンタジーは、そういう奥行きの深さを持つ作品である。

 

機会があればぜひ一読していただければと思う。

ジェイン・ヨーレン  『水晶の涙』  (村上博基 訳) 

                ハヤカワ文庫FT54  (1983年 7月  初版発行)

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コメント

早速私はこの物語を読んで見ようと思います。異文化で育ったもの同志が、お互いを理解して一歩づつ歩みよっていくことの難しさは、我が結婚生活で日々痛感しています。何度もギブアップしかけて、その度に大げんかして、でも雨降って地固まるとでも言うのか、仲直りした時にはまた一歩二人の間の距離が狭まっているように思います。何百回も大げんかしたけど、最近やっと旦那のことが、それでもまだまだ100%じゃないけど、分かって来たように思うのです。ギブアップしなくて良かった、そしてこれからももっと喧嘩するだろうけど、ギブアップしないで頑張るつもりです。

投稿: アサヒ | 2007年4月21日 (土) 15時42分

《読書日記》的な内容のものをupした第一弾ですが、古い本なので、あるかどうかが心配です。何とか手に入れば、薄い本だし、わりと読みやすいと思います。

投稿: TAC | 2007年4月21日 (土) 23時07分

薄い本は助かります。黄斑症と言って、日本人には珍しい目の病気を患っている私。正直右目は本や新聞が読み難くいのです。でも凄く興味があるので探して読んでみます。

投稿: アサヒ | 2007年4月21日 (土) 23時48分

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