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2007年5月31日 (木)

イベントとしての国会はいらない!!

国民生活の根幹に関わる年金問題の審議が、またまた不十分なまま委員会採決が行われた。政府・与党の民主政治破壊は留まるところを知らない。国会議員と政府関係者全員に、「民主主義」「国民主権」に関わる研修が必要なようである。それも、欠席や落ちこぼれは議員資格剥奪や免職などの厳しい罰則を設けた義務研修が……。

最近の政府・与党は、重要な法案を十分に審議を尽くそうとせずに、矛盾や問題点が明らかになっても修正せずに強行採決をしてごまかし続ける姿勢が目に余る。現在の国会での多数は、郵政民営化の是非をめぐる国政選挙の結果であって、教育基本法や国民投票法などの需要法案に対して国民がフリーハンドで決定権を与党に委ねた訳ではない。それを悪用して、十分な審議もせずに強行採決を重ねるのは、国民主権の軽視であり、民主主義を踏みにじる行為である。

十分に審議することなしに暴走する強行採決国会であれば、国民の政治不信は強まる一方だし、それが極限に達すれば、戦前と同じようにテロが横行する危険も高まってくる。以前にも書いたが、審議を尽くさない…という事実は「問答無用」を行動によって示しているのであり、それは5.15事件の逸話でも明らかなように、テロリストの論理である。

テロとの戦いを口にするならば、まず、政府与党が「テロリストの論理」と決別して、あらゆる法案において国民の意見をきちんと聴き、野党の修正案にも応じて、最善の法律を作る姿勢を示すべきだろう。それこそが、「話せばわかる」という民主主義の論理なのだから……。

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2007年5月30日 (水)

ぶれいく・たいむ

研究会等で出かけていて家にいない日を除き、基本的に【毎日更新】を目標に2つのblogを続けてきた。今までの読書や文化への接触量が多かったのが幸いしてか、まだまだ書こうとするテーマは尽きていない。けれども、ここ数日、意欲が減退しているのは確かのようである。

ここらで1度、ブレイク・タイムをきめ込むのも良さそうな気がする。【TAC文芸樹】の方は作品を連載中なので、もうしばらく休むつもりはないが、こちらの方はしばらくはフレキシブルに考えてみようと思っている。

小説や童話を書く集中力と、blogを更新する時のそれは、明らかに違う。その意味では、blogは楽なのである。だが、そちらに意識が行き過ぎていると、小説や童話へは向かえなくなってしまう。少し、その辺りも考えて「毎日更新」の枷は外してみようと思う。

もちろん、結果として毎日更新になっていても良いとは思っている。この6月でようやく1年になるこのblog……。けっこう面白いので、可能な限り、無理をしない程度に続けていきたいのだが……。

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2007年5月29日 (火)

局地戦闘機・雷電

雷電は、日本海軍最初の局地戦闘機である。局地戦闘機とは、航続距離はそれ程重視せず、飛行場などの重要施設の防空用に作られている戦闘機で、敵の迎撃という役割から強力な武装とスピードや上昇力を重視している。雷電は、細い機首、ずんぐりとした胴体とその胴体に似合わぬ小ぢんまりとした主翼など、他の戦闘機とは異なる印象的なフォルムである。それゆえに、1度見ただけで忘れられない印象を残している。

設計は、零戦と同じ三菱。設計・計画段階では十四試局戦と呼ばれている。初陣は昭和19年、600kmを越える速度と20ミリ機関銃4丁の強力な武装で、B29を迎撃するために飛び立った。初陣から敗戦までは1年足らずだが、その間に500機ほどが作られ、対B29の戦果では、一番の撃墜数を誇っている。

だが、雷電の活躍にも拘らず、太平洋戦争の激しい空襲で日本の都市はほとんど灰燼に帰した。無差別爆撃の非道は広島や長崎をはじめ東京や名古屋、大阪など日本中で繰り返されたのである。だが、日本軍も重慶などの都市に無差別爆撃を行っている。被害者としての歴史と共に加害者としての歴史にも目を向け、戦争の惨禍を再び日本が繰り返すことのないように努力していきたいと思う。

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2007年5月28日 (月)

バトロイド・バリキリーの魅力

【超時空要塞マクロス】に登場する地球の主力戦闘機がバリキリーである。一応、戦闘機と書いたが、ロボット・フォルムのバトロイド、両者の中間フォルムのガウォークに状況に応じて変形する。

戦闘機タイプのフォルムは、その可変後退翼も含めて、アメリカ軍のF14トムキャットによく似ている。速度に応じて主翼の角度を変えるという発想は非常に魅力的であり、また、他のフォルムへの変形機能との整合性も含めて説得力を持つ。

ガウォークのフォルムは、短距離もしくは垂直の離着陸が可能であり、離着陸時の機動性は非常に高い。そして、バトロイドのフォルムは、敵ゼントラーディー軍の巨人たちとの戦いに際して不可欠である。

その変形能力とそれぞれのフォルムに付随して高まる様々な機能……。可能であれば、ぜひ1機欲しいと願う夢の戦闘機である。もっとも、搭載されるミサイルなどの武器まで入らないが…。

 

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2007年5月27日 (日)

哀しい妖精…南沙織の魅惑

アルトの声の魅力を最初に教えてくれたのは、多分、南沙織だったのではないかと思う。森高千里もカバーした「17才」でデビューし、「純潔」「傷つく世代」「色づく街」「想い出通り」「ひとかけらの純情」「人恋しくて」など、今聞いてもそれ程古さを感じさせない歌を次々とヒットさせた沖縄出身のアイドル歌手。その長い髪と大人びた表情も魅力だったが、アグネス・チャンなどの高い声とは異なるアルトの大人びた声も強い印象を心に刻み込むものだった。

そんな南沙織の歌の中で「哀しい妖精」はもっとも好きな部類に入る歌の1つである。作詞は松本隆、そして作曲はジャニス・イアン(J.Ian)である。メールも携帯電話も無い時代……。手紙に想いをつづり、会うことで気持ちを確かめ合う。そんな恋愛を美しく描いている。最後の「ひと言好きと言ってね 頬そめて待ってます」というフレーズは、初めて聞いた時から、強く心に残っている。

その後、南沙織は写真家の篠山紀信と結婚し、母となったが、90年代に《MATURITY》《Art of Loving》という2枚のアルバムを出している。アルトの声には一層艶やかさが乗って、安心して聞けるアルバムとなっている。ただ、それらのアルバムの歌と共に「人恋しくて」や「哀しい妖精」を聞いても、それ程違和感はない。その意味で、南沙織の歌は時を隔てても古さを感じない。だからこそ、時々、聞きたくなるのだろう。今宵は久しぶりに「哀しい妖精」のアルバムを聞いてみようか。

 

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2007年5月26日 (土)

入浴の時間

遅くまで本を読んでいたりビデオを見ていたりして朝が近くなってしまったときだけは少々億劫にはなるが、基本的に入浴は好きである。熱いお湯は、身体の細胞を目覚めさせてくれるように感じるし、お湯がぬるめの時は、心をゆったりとほぐしてくれるような感じになってすぐに眠くなる。どちらも、それなりに心地良い。

深夜から早朝にかけての仕事に就いていた時、まずは夜の仕事に出る前に入浴し、早朝、仕事が終わってからもう一度湯船に使って、その後、まとまった睡眠をとっていたことがある。ほとんど立ちっ放しの仕事だったのだが、寝る前のぬるい湯船の中で足の指先を広げたり軽くふくらはぎをマッサージして眠っていたら、翌日まで足の痛みが残ることはほとんどなかった。お湯とマッサージの相乗効果が、回復を早めてくれたのだろう。

一方、ぼんやりと湯船に使っている時に、詞や詩のフレーズやメロディーが浮かんできたことも少なくない。そんな時は、風呂を出てからノートやパソコン(ワープロ)を開いたり、ギターと五線紙を取り出して浮かんできたメロディーを楽譜化したりしたものである。特に、作曲の場合は、ポイントとなる重要なメロディーの50%以上は湯船に使っている時に浮かんだものではないか……と思われる。

そうした意味でも、入浴の時間は大切である。けれども、忙しかったりすると、ゆったりと湯船の中で時間を過ごすことなく、「カラスの行水」になってしまうことも少なくない。心身のリラックスのためにも、ゆったりと入浴を楽しめる余裕が欲しいと思うのだが……。

 

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2007年5月25日 (金)

枝…優しいシャガールの青

三重県立美術館に一枚のシャガールの絵がある。《枝》というその作品は青を基調に描かれた美しく優しい1枚である。

蒼い夜の中でウェディング・ドレスを着た若い女性とそのパートナーが寄り添っている。そして2人を祝福するように真紅の花が囲んでいる。そして、右上で光を放つ月のすぐ横で笛を吹いているのはキューピットだろうか。見ているだけで、優しい気持ちになれる。

他にも《ブーケと恋人たち》や《愛と花(夏の夜)》、《幻想》、《テーブルの愛の花》などの作品も同じように青を基調として若い2人が描かれている。いずれも、見ているだけで優しい気持ちになれる作品である。

三重県立美術館では、現在、2度めのシャガール展を開催中である。前回の展示との違いをも楽しみながら、あらためてシャガールの世界を満喫したいと思っている。

 

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2007年5月24日 (木)

カティー・サークの夜

カティー・サーク号が炎上したというニュースを聞いた。ウイスキー党としては、それなりに感慨深いニュースであった。ここ数日の朝がそれ程早くなくても良いこともあり、久しぶりにカティー・サークのボトルを取った。

グリーンのボトルの真ん中に張られた黄色のラベルの真ん中にはカティー・サークの絵が帆にいっぱい風を受けて海を進んでいる。ウイスキーの味も、当時の最速の帆船の名に恥じず、軽く、飲みやすい。忙しい時に、軽く気分直しに1杯…というのにも、あまり酔っぱらえない時に水割りを数杯…という形で楽しむ際にもピッタリのブレンデッド・ウイスキーである。

DVDを見ながらパソコンを開き、ウイスキーを楽しむささやかなひととき……。そんな時間があったことを久しぶりに思い出させてくれた今宵は、カティー・サークの夜であろう。

 

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2007年5月23日 (水)

涙そうそう…ウチナーグチの味わい

《涙そうそう》…もはや国民的歌謡とも言うべき存在になり、BEGINや夏川りみばかりでなく、森山良子など多くの歌手が歌っている歌だが、BEGINや夏川りみについては、通常の歌詞ばかりでなく、ウチナーグチ(沖縄方言)でも歌っている。

もちろん、通常の歌詞は意味としても良く分かるし、作詞者の森山良子が歌っているものを聞いていても、夏川やBEGINの歌とは別のところでジンとくるものがあり、好きな歌の1つになっている。それでも、BEGINや夏川りみがウチナーグチで歌っているのを聞いていると、また異なった味わいを感じる。

森山良子の作詞はもちろんヤマトグチだし、その言葉が描く世界の美しさや情愛には、何とも言えない優しさが込められているが、ウチナーグチで聞くそれは、それに加えて、明るさとしたたかな力強さをも感じる。

それは、様々な苦難の歴史を背負ってきた沖縄に対する思いが感じさせるものなのだろうか。それとも、方言の持つ生き生きとした表現力と力強さが、地元の思いを引き出してくるからなのだろうか。いずれにしても、格別の情感が聞くものの胸に迫ってくるように感じられる。そして、ヤマトグチの歌詞で意味が分かっているからこそ、ウチナーグチの言葉との比較が可能となり、より一層の味わいを引き出してくれるように思われる。

ただ、いずれにしろ《涙そうそう》は良い歌である。歌手によるアレンジの違い、ヤマトグチとウチナーグチの響きの違いなどを楽しみながら、これからも末永く付き合って行きたいと思っている。

 

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2007年5月22日 (火)

天空の城ラピュタ…少年の夢と国家の欲望

《天空の城ラピュタ》は、スタジオ・ジブリ/宮崎駿監督作品の中でも三本の指に入る大好きな作品である。だが、早いもので、もう20年も前の作品になっている。それほど以前の作品ではあるが、何度見ても古さを感じさせない楽しい作品である。

ラピュタが楽しいのは、少年の夢と冒険を素直に描いているところにある。主人公パズーは少女シータと出会い、冒険の旅に出る。ところが、シータの持つ飛行石のペンダントを狙って海賊ドーラ一家と軍が動き出す。ドーラ一家の方は、海賊としてまじめに宝物を狙っての行動だが、軍、特に情報部のムスカの方は、古代ラピュタ帝国の超化学兵器が目的だった。

最初、パズーは単純にラピュタの実在を確かめることが冒険の目的だった。だが、シータと関わりの中で、ラピュタの様々な秘密に触れてしまい、ムスカや国家の欲望からラピュタを守るためにシータと行動を共にする。結果としてムスカの野望は粉砕され、最大の秘密、巨大な飛行石は大樹と共に大空に消えていく。

軍事力は、決して幸福につながる訳ではない。心底楽しめる冒険アニメの中にも、そんなささやかな思いが込められている。だが、現在の世界は未だ戦禍が絶えず、日本でも、「愛国心」を他者に強要する「売国奴」が、戦争の準備に余念がない。素直に、少年の夢を楽しめるような日本を守れるように、少しでもやれることを重ねて行きたいと思う。

 

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2007年5月21日 (月)

The eldest tree / 樹…英語と日本語の感触

作詞をする際に、言葉によって微妙に感覚が異なってくる。ジャス・ボーカルの山下みさ子さんとの交流の中で、結局、英語と日本語の二つを作ることになった作品がいくつかあるが、やはり言葉が違うと、書いていても感触が微妙に違う。それを意識できたのは、実際に作ってみたからである。やってみることで初めてわかる事がある。その違いを楽しんだ詞を、ここに上げておきたい。

   THE ELDEST TREE

 

 LIVING IS TOO HARD

 SOMETIMES I FEEL THAT WAY

 THEN I GO TO THE ELDEST TREE, AND TALK WITH HIM

 HE ASKS NOTHING, THEREFORE I SPEAK EVERYTHING

 

 WHEN YOU FEEL LONELY, STY HERE, HAVE A REST HERE,

  AND WATCH YOUR WORLD

 THEN YOU'LL KNOW THAT YOU ARE NOT ALONE

 THERE ARE A LOT OF PEOPLE NEAR WHO AGREE

 YOU CAN BE THE WORLD WHERE MANY PEOPLE LIVE

 

 

 LIVING IS TOO SAD

 FREQUENTRY I THINK SO

 THEN I MEET THE ELDEST TREE, AND FEEL WITH HIM

 HE SPEAKS NOTHING, THEREFORE HE SPEAKS EVERYTHING

 

 WHEN YOU FEEL LONELY,

 STY HERE, HAVE A REST HERE, AND WATCH YOUR WORLD

 THEN YOU'LL KNOW THAT YOU ARE NOT ALONE

 THERE ARE A LOT OF LIVES NERE YOUR MIND

 YOU CAN BE THE WORLD WHERE MANY LIVES LIVE

 

 WHEN YOU FEEL LONELY,

 STY HERE, HAVE A REST HERE, AND WATCH THE EARTH

 THEN YOU'LL KNOW THAT YOU ARE NOT ALONE

 THERE ARE A LOT OF LIVES ON THE EARTH

 YOU CAN BE THE EARTH WHERE MANY LIVES LIVE

 

   

 

 生きることは辛すぎる 時々わたしはそう思う

 そんな時には大樹の下で自分のことを話してみる

 樹は何も尋ねないが それゆえすべてを打ち明けられる

 

 孤独を感じるその時は ここにきなさい休みなさい

 そして世界を見つめなさい

 その時あなたは知るでしょう 自分が一人でないことを

 あなたの心のすぐそばに 多くの人が生きている

 あなたも生きていける 人々が生きるこの世界で

 

 

 生きることは悲しすぎる 度々わたしは考える

 そんな時には大樹に会って 自分の心を重ねてみる

 樹は何も語らないが それゆえすべてを語ってくれる

 

 孤独を感じるその時は ここにきなさい休みなさい

 そして世界を見つめなさい

 その時あなたは知るでしょう 自分が一人でないことを

 あなたの心のすぐそばに 多くの命が生きている

 あなたも生きていける 生命が生きるこの世界で

 

 孤独を感じるその時は ここにきなさい休みなさい

 そして地球を見つめなさい

 その時あなたは知るでしょう 自分が一人でないことを

 母なる地球のその上で 多くの命が生きている

 あなたも生きていける 生命が生きるこの地球で

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2007年5月20日 (日)

幸せな眠り

最近、仕事の関係で、昼夜逆転に近い日々が続いている。もともと、夜は強く朝は弱い夜型人間なので、精神的にはそれ程プレッシャーはないのだが、それでも、昼間に予定が入ると、睡眠時間を少し加減して時間調整をしなければならない。

そうした関係から、夢を見ることが多くなったように思われる。

夢を見る…ということは眠りが浅いということでもある。深い眠りが続けばその最中は夢を見ないし、深い眠りの前に見た夢も忘れてしまう。それが、眠りにつくかつかないかの状態から夢へといつの間にか切り替わっていて、何かの拍子に目が覚めたら夢だったという形がここ数日は多い。

もちろん、悪夢というものではないし、別に記憶に混乱があるわけでもない。生活に支障はないのだが、「夢を見ることが多いなぁ」という実感だけがある。悪夢が続いているわけでもないので、それはそれで良いのだが、多分、眠りの変化は、それなりに心身に影響を与えるものであろう。

以前の眠りへの回帰願望がある訳ではないが、だからといって今の眠りがbestという訳でもない。少しは、身体の疲れの方も心配になっている部分もあるからである。ということは、どちらも幸福な眠りではないのかもしれない。

自分にとって幸福な眠りとは何か。多分、早起きを強制されていない休日の朝の布団の中で、ぼんやりとストリー作りを楽しんでいる時間が一番幸福なのかもしれない。…ここ数ヶ月は、そういう朝を過ごした記憶は皆無なのだが。

 

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2007年5月19日 (土)

琉球ムーン…国仲涼子の歌

その歌を聴いたのは《ちゅらさん2》のエンディングが最初だった。NHKのドラマとしての「ちゅらさん」のシリーズは好きだったので割りとよく見ていたが、この【琉球ムーン】の歌は、明るさの中に、微妙に哀しさなどのイメージも内包されていて、歌としてもよくできていると思い、好きになった。

その後、《ふるさと》という国仲涼子のアルバムの中にも入れられている。このアルバムには、他にも「コーヒーショップで」「涙くんさよなら」「白いブランコ」「学生街の喫茶店」などの懐かしい歌も多数入れられており、お気に入りの1枚になった。

「花」「島唄」「涙そうそう」「童神」など、沖縄と関わる名曲はたくさんある。「琉球ムーン」は、それ程派手でもなければ有名でもないかもしれない。それでも、この歌はよい歌だと思うし、何度聞いても、あるいは歌っても、味わい深い1曲である。

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2007年5月18日 (金)

教育3法案の衆院通過

教育3法案が衆議院を通過した。現場の実情を無視し、慎重な審議を求める専門家や国民の声を無視しての拙速な議決である。安倍内閣になってから特にそうだが、現場を無視してまともな議論もしないまま、無理やりに不十分・不完全な法律を強行採決を多用しても通そうとする姿勢が目立つ。

そうした姿勢を変えないのは、法案の不備を、政府・与党自らが自覚しているのかもしれない。だから、異論が噴出する公聴会やタウンミーティングは、ひっそりと、慎重に反対意見を目立たせないようにメディア・コントロールを駆使して行っているのだろう。きちんと時間をかけて、丁寧に作られ、問題点も整理されたものであるなら、議論や反対意見を恐れる必要はない。それが出来ないのが、その証拠であると言えよう。

だが、実際問題として、現状で教育3法案が施行され、現場において実施されるようになれば、現場は一層混乱し、教育の荒廃に拍車がかかる可能性は高い。教員免許状の更新にしても、わずか30時間の研修でその資質の向上がかなうなどと考えるのは甘いし、現実的に考えれば、ヨーロッパの例に倣って、民間の研究会への参加を積極的に支援・援助をすれば、30時間以上の充実した支援が可能になるだろうし、教員の資質の向上にもつながる。戦前からの歴史を持つ民間研究会や40年以上の長い歴史を持つ民間研究会も存在している。暦教協、日生連、日作の会、全生研、フレネ研など、その現場で培われたノウハウを積極的に活用すると同時に、削減し続けている教育予算を増加させることの方が、教育の荒廃に歯止めをかける近道である。

だが、それをすれば、政府・与党や文部科学省の失敗が明らかになる。だからこそ、議論をせず、質問に対する答えをはぐらかせ、現実をきちんと認めようとせずに、教育基本法をはじめとする関係教育法規を変えるというパフォーマンスによってごまかし、日本の未来を支える教育の向上よりも自分達のメンツに拘っているのだろう。

だが、国家の未来、教育の未来を考えるならば、何もせずに見過ごすことは出来ない。とりあえずは参議院選挙での選択、そして日常の活動を通じて、間違った方向に進むことを少しでも押しとどめたいと思う。

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2007年5月17日 (木)

グランド・ジャット島の日曜日の午後…スーラの緻密さ

一見すると柔らかな印象を与える一枚の絵《グランド・ジャット島の日曜日の午後》。印象派の作品が好きな人は、その題名だけで絵を思い浮かべられるだろうし、それほど詳しくなくても絵を眺めるのが好きな人なら、それを見れば「ああ、この絵か」と思い当たるような作品である。

見る者には優しい印象を与えてくれる絵だが、描く側からすれば、非常に過酷な1枚である。なぜなら、この絵は分割描法によって描かれている。遠くから見れば人物になり、イヌになり、樹木になり、舟になるのだが、近づいて詳細に見ると、注意深く選んだ純粋色の小さな斑点を組み合わせている。それによって様々な色を表現し、人物や動物、物体を描いている。知識と時間、それに多大の集中力が要求される技法であり、ここまでの作品に仕上げるには魂を削るような思いをして描き続けなければならなかったであろう。

スーラの分割描法による作品は、もちろんこれ一枚ではない。分割描法を完成させるまでの努力とその後の作品への情熱……。それが、スーラの寿命を縮めてしまったのだろうか。スーラは31歳の若さでこの世を去っている。

 

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2007年5月16日 (水)

悪女…哀しいプライド

中島みゆきの歌の中で一番多く歌っているのが《悪女》という歌である。情念を生々しく表現する重い歌をけっこう作っている中島みゆきだが、この《悪女》という歌の印象は、それ程重いものではない。曲調も割りと明るく、原曲の高さもカラオケで歌うのにはピッタリなので、ついつい歌ってしまうのである。

だが、歌詞は必ずしも明るいわけではない。好きな男に別の女ができたらしいことを察した女が、悪女を演じて男と別れようとする。仕事もでき、自己主張もする自立した女だからこそプライドもある。そして、自分自身をも見つめられる賢さも併せ持っている。だからこそ自分の嫌な部分、好きになれない部分も自覚していて、愛され続けてはもらえないだろうと悲観している部分がある。それゆえに、愛している…という心からの声に従えないで、嫌われるであろうことばかりを繰り返してしまう。

ある程度人生経験を積んだ男であれば、それらもひっくるめて「可愛さ」を感じ取ることができるだろうが、好きな男は多分そうではない。優しいけれど、女としての存在すべてをひっくるめて愛し、受け入れられる度量の大きさを持ち合わせていないのだろう。ならば、プライドをかけて別れるしかない。そのために悪女を演じる女の姿が哀しい。そんな歌詞である。

10代や20代の頃は、このような女心は理解しきれなかっただろう。しかし、今ならそれにりに分かる。分かれば、可愛いとも健気だとも思えてくる。この歌詞に描かれている女は、その意味では哀しく、かつイイ女なのだ。このような女を包み込める優しさを持った男でありたいと思う。

 

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2007年5月15日 (火)

効率再考

最近、様々な分野で【効率】を求める圧力が高まっている。けれども、【効率】は万能ではないし、効率を重視しすぎることは多くの弊害をもたらす。特に、教育、家庭生活、創作などの分野では、効率・スピードを求めすぎては豊かな実りを失ってしまう。人が生きていくためには、一見、無駄にさえ見えるゆったりとした時間がとても大切なのである。

それは、民主政治でも同じである。スピードを求めるならファシズムにすれば良い。その結果がどうなるか……歴史的に答えは出ている。民主政治を進めるに当たっては、十分に議論を重ねる必要がある。特に憲法や教育、人々の安全や生存に関わる問題については、しっかりと議論を積み上げ、国民の理解を得ながら進めていかなければならないし、きちんとそういうプロセスを取れば時間が経つにつれて多くの人々の理解と強力が得られるだろう。今の政府・与党のやっていることと正反対だが……。

経済的にも、目先の効率を重視し過ぎると返って社会全体に悪影響を及ぼす。巨大化のメリットと独占や寡占の弊害は、20世紀以前から繰り返し指摘されていることである。例えば、人件費の削減は、国民の購買力の低下をももたらす。それを考えれば、人件費の過度の削減が売り上げの低下を広範囲にもたらすということにもなる。加えて、収入の低下は人々の心を荒ませて治安を悪化させる。そこまで考えれば現在の経済政策は間違っていると言えるだろう。

効率を過度に追求すれば、ゆとりは失われるし、教育のように時間をかければ成長や能力の獲得が可能となるものに【効率】を押し付ければ、開花するはずだった能力も眠ったままになり、返ってマイナスとなる。今の教育行政が行おうとしている「教育改革」の方向である。

いい加減に、短いスパン・狭い視野で【効率】を重視する愚かさから抜け出せないだろうか。長いスパンで見れば、明らかにその方が《効率的》なのだが……。

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2007年5月14日 (月)

『怒らないこと』を読む

最近の日本社会を見ていると〈怒り〉が蔓延しているように感じられることがある。すぐキレル若者や中学生・高校生……。大人たちも少しのことで声を荒げる。そして、幼児虐待や暴力……。いったい、どうしてこうなってしまったのだろうか。

 

基本的に、人々の心に余裕やゆとりが失われつつあると感じる場面は多い。そうした背景の中で、「怒り」や「暴力」がことさら目に付くのかもしれない。

 

仕事やボランティアで教育相談などにも関わっていることもあり、ここ数年、心のゆとりや安定について考える機会は多い。そんな中で、一時期はキリスト教との比較の目的で読んでいた仏教関係の書物に再び目を通したり、新しい本を買ったりすることが多くなった。この本も、そうした流れの中で手に取った1冊である。

著者のアルボムッレ・スマナサーラはスリランカのテーラワーダ仏教の長老であり、NHK教育テレビの「こころの時代」などにも出演しているらしい。タイやスリランカなどは、東アジアの大乗仏教圏とは異なり、上座仏教圏に属している。上座仏教は、同じ仏教でも、一般の日本人の知る「仏教」とは違っていることも少なくない。けれども、ブッダが創始した頃の言動をまとめた経典を基にしていることもあり、その言葉にはいろいろと心惹かれるものは多い。

 

さて、《怒り》についてだが、個人的にはもう何年も、心の底から怒りを覚え感情のコントロールも出来なくなって暴走したというような経験はほとんどない。自分の心を見つめ、相手の思いや感情の流れ、立場などを理解してしまうと、なかなか心の底から怒れなくなってしまう…という事情による。

 

だが、一般的にそのような人間は少数派である。身近な人間関係の中でも、すぐ怒る人たちはそれなりにいるからである。

しかし、この著者のいう《怒り》は、嫉妬や反抗、後悔なども《怒り》と密接に関連しているということなので、ほとんどの人がその範疇に関わってしまうだろう。もちろん、私もそうである。

著者に言わせれば、確かに様々な怒りたくなる状況はあっても、その中で敢えて「怒らない」という選択をすることで、心の平安は保たれる……ということになるらしい。

確かに、怒らなければ、嫉妬や後悔などをしなければ、心は平安に保たれるだろう…という感覚は持っている。ある意味では、《怒り》はそれを引き起こしたものに対する執着の裏返しだからである。ものも人も、様々な関係も、すべては変わり変遷していく。だから、「かわらないもの」を信じ、それに執着することはある意味では愚かで、不幸なことなのである。

けれども、執着の背後には人間の欲望があり、そして人間の欲望こそ資本主義経済に欠くことのできない大切なものでもある。CMなどを見ても分かるように、企業は、欲望を刺激することによって、必要不可欠でないものでも買わそうとするが、ものやサービスの売り買いという経済活動によって人々は収入を得て、生計を支えているからである。

しかし、過剰な欲望は、自分自身ばかりでなく周りをも追い詰め、破壊していく。それを考えれば、欲望を消し去ることが出来ないまでも、ある程度制御するような知恵は欲望にまみれた現代人にも確かに必要である。

その知恵が、ブッダの言葉にはある。そのすべてを理解し、実行することは不可能かもしれないが、今の自分にでも、何とかできそうなことはある。

 

自分を見つめ直し、世の中を見つめ直すための指針の1つとして、ぜひ手元においておきたい本である。               〔完〕

【TEXT】

  『怒らないこと』

  A・スマナサーラ 作 2006年  サンガ新書

 

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2007年5月13日 (日)

久しぶりのタイ料理

高校時代の友人と約束していたこともあり、昨夜は、久しぶりにタイ料理を食べた。タイ料理と言えば、トムヤンクンが有名だが、香辛料と癖のある野菜をふんだんに使ったものが少なくない。慣れないと、ちょっとその強烈な個性に腰が引けてしまうが、食べ慣れてくると、その個性そのものが魅力となる。

昨夜は、カオパツ(タイ風焼き飯)を食べたが、いつもよりも多めに香辛料を振りかけた。ちょとボワッとしていた胃袋には程よい刺激となり、簡単に一皿を平らげてしまった。最近は、夜が忙しかったこともあり、なかなか出かけられなかったが、四川料理やタイ料理は時々食べたくなる。どちらも、その辛さは半端ではないが、大量にそればかりを食べるのでなければその辛さも大きな魅力である。だから、月に何度かは、無性に食べたくなったりする。

タイ料理と言えば、半端ではない辛さの印象が強いが、もちろん、辛い料理ばかりではない。日本の料理が様々な味の調和に個性があるとするならば、タイ料理は様々な味の主張にその個性がある。半端ではない辛さと、これまた半端ではない甘さが1つの料理の中で自己主張をしあっている味のおもしろさがタイ料理の魅力でもある。ただ、食べられる店自体が少ないことや、輸入が必要な材料もあったりするので、1000円でおつりが繰るような値段ではないのがつらくもある。

それでも、ときたま無性に食べたくなる。それが、タイ料理の何ともいえない魅力といえよう。

 

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2007年5月12日 (土)

トトロの季節

5月もそろそろ半ば、と言えば思い出すのが映画【となりのトトロ】である。サツキとメイ…2人の姉妹は共に5月生まれなのだろう、サツキは、日本の5月を呼ぶもう1つの呼び方《皐月/さつき》から、メイはもちろん英語の5月《May/メイ》から名付けたのだろう。つまり、5月はトトロの季節なのである。

稲作のスケジュールからすれば、場所によっては田植えも始まる。今は、学校が最優先だが、50年代から60年代始めのころは田植え休みを取る学校もあっただろう。家族や近所の人、地域の人たちとのつながりが子どもたちを支え、子どもたちも家の仕事や小さい弟妹の世話を自然に行い、家族が一緒に過ごす時間を今よりもたくさん確保できていた時代。【となりのトトロ】は、そんな中にあった大切な何か…今の私たちが日常生活の中で失いつつあるもの…のことも考えさせてくれる。

けれども、【となりのトトロ】は何度見ても楽しい。オープニングのテーマ「さんぽ」という歌も、10歳の子どもたちでも良く知っている。「歩こう 歩こう」と繰り返すだけですぐに「トトロ!!」という声が上がるくらいである。映画が作られた年数から考えれば、すごいことでもある。確かに、自然の中を歩くのは気持ちが良い。後に残る疲れすらも、心地よい疲れである。自然と、周りの人々との濃密な時間があることの温かさ…楽しみながらも、そんなことを自然に考えさせてくれるのが【となりのトトロ】の良さである。

久しぶりに、ゆったりとした時間の中で【となりのトトロ】を見ようと思う。

 

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2007年5月11日 (金)

カタツムリを追いかけて…ゆったりとしたリズム

谷山浩子のアルバム【翼】の最後が、《カタツムリを追いかけて》という歌である。小さい頃から「競争」を煽られる現代日本の社会のスピードは、人の心からゆとりを失わせ荒ませつつあるようだが、その人工的なリズムとは全く異なる自然のリズムの1つにカタツムリのリズムがある。この歌は、それを淡々と歌い上げ、聞いているうちに心が安らかになってくる。何か、不思議な歌である。

冒頭のフレーズ、「カタツムリを追いかけるのは難しい」は、聞いていて「あれ? 何で?」と思わせる。カタツムリの動きは本当にゆっくりだから、別に追いかけるのが「難しい」とは思えないという印象があるからだ。けれどもよくよく考えてみると、これはけっこう正しい。なぜなら、「追いかける」なら、必ず後ろにつかなければならないからである。

後ろにつく…ということは追い抜いてはいけない。でも、カタツムリの動きはとてもやっくりであり、ゆったりとしているから、注意しないと知らないうちに簡単に追い抜いてしまう。そうした意味において《おいかける》のはとても難しいのである。けれども、そのゆったりとしたリズムの中に大切なものがたくさん含まれているように思われる。少し目をそらして他の事をやっていたりすると、見えなくなっていることもある。だから、けっこう「追いかけるのは難しい」のだと思う。

それにしても、人々は忙しい毎日をおくっている。通常、大人はもちろん小学生以上の子どもたちも、カタツムリを追いかける《時間》はない。生活時間と心にゆとりがあってこそ、カタツムリを追いかけることが可能となる。逆に言えば、私たちは生活時間と心のゆとりを失っている…のではないだろうか。せめて「カタツムリを追いかけて」でも聞きながら、少しでも心のゆとりを取り戻したいものである。

 

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2007年5月10日 (木)

ウルトラマンの造形

日本を代表するヒーローと言えば、ウルトラマンの名前を挙げるのに異論を唱える日本人はそれほど多くないだろう。最初のウルトラマンから始まり、オーストラリアとの合作であるウルトラマン・グレートやアメリカで作られた青い目のウルトラマン・パワード、それに最近ではウルトラマン・マックスやウルトラマン・メビウスなど、今までに数多くのウルトラマンが作られているが、そのデザインは、最初のウルトラマンと次のウルトラセブンがベースになっている。

ところで、その最初のウルトラマンだが、その顔のデザインを見ていると連想されるものが2つある。1つは能面、そしてもう1つは仏像である。例えば、永井郷のデビルマンやマジンガーZ、獣神ライガーなどは「怒り」の表情がモチーフになっているように思われるが、ウルトラマンは非常に温和な印象を与える。顔自体は動かないのに、見ていて冷たさではなく温かさを感じるのである。

同じような印象を与えるものを探すと、仏像がある。特に、細面の観音像などの印象はどこかしら、ウルトラマンの顔のイメージと重なる。それから、光を当てる方向によって微妙に印象の変わる能面なども、同じようにその見る方向で微妙に印象が変わるウルトラマンの顔とイメージが重なってくる。

怪獣たちが人間の欲望が生んだ様々な矛盾の象徴だとすれば、仏教的に言えば煩悩の化身である。だからこそ、欲望の暴走…都市や自然の破壊という行動を取るのだろう。それを止めるには、仏教的には悟りを開き、涅槃の境地に達しなければならない。ウルトラマンは、それを導くための存在なのだろうか。そう考えれば、ウルトラマンの造形は非常に良くできているように思われる。

怒りを含まない温和な表情。それなのに、人々のために怪獣と戦い続けるウルトラマン。その造形デザインについて考え始めたら、仏教にまで行き着いてしまった。こんなところにもウルトラマンの魅力があるのかもしれない。

 

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2007年5月 9日 (水)

風を見る人…人の強さとは?

『生徒諸君!』を描いている庄司陽子の十数年前の作品に『風を見る人』という一冊の短いマンガがある。小品と言えば小品なのだが、読み応えのある内容の濃い作品である。

主人公となるのは透と美佐緒という愛し合う1組のカップル。だが、美佐緒が透の目の前で交通事故に遭い、再び意識を取り戻したとき、《美佐緒》の心は50年前に肺炎で亡くなった《久野周子》という17歳の女性であり、後に《美佐緒》は妊娠していることも分かってくる。《美佐緒》を失った透と美佐緒の家族の苦しみや悲しみ、そして混乱……。そして《周子》の混乱と不安……。そして、一方の当事者でありながらも、《周子》と共に行動したことによって、少しずつ【現実】を受け入れようと努力を始める透……。そして、透や周子、美佐緒の両親の決断は……。

簡単に受け入れられないような【現実】はどのような人生でも、多かれ少なかれ存在するだろう。そして、そのような時は誰もが混乱し、悩み、苦しむ。けれども、【現実】を受け入れ、そこから出発して努力を続けていけば、それなりに道は開けるものである。残念ながら、その勇気がなく【現実】から目を逸らしたり、逃げたりしていれば、苦しみが続いたり、その場はどうにかなっても後でより大きな苦しみや悲しみに直面してしまう。その辺りの分岐点は【現実】を受け入れ、勇気を持って決断し、努力を続けられるか否かにかかってくるのだろう。

このマンガは10年以上も前の、わずか1冊で終わっている単行本である。そして、それ程世に知られた作品…という訳でもない。それでも、深みのある優れた作品であり、読み応えのある1冊である。

 

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2007年5月 8日 (火)

特待生と高野連

野球の特待生の問題で、大きな混乱が生じている。だが、学習の面での特待生や、その他のスポーツでの特待生の存在を考えれば、それが経済的に苦しい家庭においても進学が可能となるチャンスであることを考えるならば、入学金や授業料の免除はあっても良いのではないだろうか。そういう意味において、規約の見直しもせずに現状を放置しておいて、突然、こんなことを騒ぎ出す高野連の関係者はおかしい…というか、今まで何をしていたのか、という事になる。

子どもたちの将来を考えるならば、入学金や授業料の免除はあっても良いし、特に地元や隣の府県などに限ってのことなら、下宿や寮生活のサポートもあって良いと思う。ただ、監督や家族といった、大人への金品の受け渡しこそを厳しく監視し、それに対する厳しい罰則をも設けるべきだろう。

今回のゴタゴタは、大人の欲望によって歪めた制度を、大人のメンツと保身のために子どもを巻き込んだ愚かな対応によって、混乱させ、結果として、いっそう子どもたちを傷つけている構図であろう。その意味で、子どもたちは被害者であり、高野連の役員も、事件に区切りをつけたら、全員が責任をとって辞任すべきであろう。

未来を食い物にする大人たちの欲望は、醜く、汚い。巻き込まれた子どもたちの方がいい迷惑である。その視点に立って高野連の言動や、マスコミの報道を注視していかなければ……と思う。

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2007年5月 7日 (月)

グレンモーレンジを味わう

昨夜は久しぶりにグレンモーレンジを飲んだ。グレンフィデックをロックで2杯ほど飲んだ後だったが、もちろん、その程度で味がわからなくなるほど酔っぱらうわけではないので、ショット・グラスに1杯だけついで、ストレートで味わった。

周りの連中は、ジョニー・ウォーカーの黒ラベル(ジョニ黒)を飲んでいたのだが、グレンフィディックなどのシングル・モルトを楽しみだすと、ジョニ黒やカティー・サーク、バランタイン、オールド・パー、シーバス・リーガルなどのブレンデッド・モルト・ウイスキーでは物足りない。もちろん、それらも美味しいウイスキーであることに異論はないのだが……。ただ、せっかく美味しいグレンモーレンジがあるのに、ブレンデッドでなくても良いだろうということで、1人、シングル・モルトを楽しんだ次第である。

そう言えば、四月は忙しかったし、連日、朝も早かったので、あまりウイスキーを楽しむ余裕はなかった。そうした無念を晴らしてくれるだけの味わいを、グレンモーレンジは持っている。ショット・グラスに注いで、まずその豊かな香りを味わい、グラスを傾けて口の中に流し込む。芳醇な味が口いっぱいに広がる。やはり、グレンモーレンジだ…と納得できるひとときである。

だが、グレンモーレンジはその1杯だけにして、その後はグレンフィディックに戻った。もちろん、グレンフィデックもスペイサイドが世界に誇る美味しいスコッチのシングル・モルトの逸品である。久しぶりに、美味しいスコッチを味わいながら、連休最後の夜が更けていった。特に、特別なことがあった訳ではないが楽しいひとときだった。

 

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2007年5月 6日 (日)

コーヒーショップで…懐かしい学生時代

学生時代と言うと、下宿で悪友たちと飲んだ酒と、女の子たちと喫茶店で話すとも無く話した時間を思い出す。後者のイメージを定着させたのは、「学生街の喫茶店」と「コーヒーショップで」という2つのヒット曲があったからではないかと思う。

「学生街の喫茶店」は、ギターへの憧れをかきたてた歌で、カポタストを使わずにギターコードが押さえられるようになるまでにかなりの練習が必用だったことを覚えている。努力の甲斐あって、高校・大学の頃は、ギターの腕を買われて歌声サークルに引きずり込まれる…という一幕もあった。もちろん、かわいい女の子に誘われたから、素直に従ったわけだが……。

一方、「コーヒーショップで」の方は、どちらかと言えば、しっとりと聞いていたい歌だった。もちろん、《ガロ》と《あべ静江》という歌手の違いも大きかったのだろうか。だが、そのしっとりとした歌詞が、いっそうイメージをかきたててもくれた。大学時代の喫茶店への憧れはやはり「コーヒーショップで」が好きな歌だったから……ということが大きいかもしれない。

もちろん、フォークギターを弾ける喫茶店のマスターとか、そのマスターの似顔絵を描く学生だとか、昭和の時代を感じさせる言葉も多い。だが、それゆえにいっそう、ノスタルジーを感じるのかもしれない。

手元には、あべ静江のCDはない。けれども、国仲涼子の【ふるさと】というアルバムには「コーヒーショップで」をはじめ「学生街の喫茶店」「涙くんさよなら」「白いブランコ」などの懐かしい歌も《ちゅらさん2》のエンディングに使われていた「琉球ムーン」と共におさめられている。国仲涼子の声は、あべ静江のオリジナルの声とは異なるが、元のイメージを大切にしているので、このアルバムを聞きながら、心の中でささやかなタイムスリップを楽しみたいと思う。

 

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2007年5月 5日 (土)

W3(ワンダー・スリー)…平和への思い

手塚治虫のマンガに【W3/ワンダー・スリー】という作品がある。白黒の時代にアニメ化もされたが、ジャズ・テイストの主題歌はとても印象深く、今でも口ずさむことができる。ウサギとカモと馬に化けた宇宙人ボッコ、ブッコ、ノッコの3人が、地球の1人の少年星真一と共に、日本の小さな村から世界中をまたにかけて様々な冒険をする話である。TVを見ていた頃の記憶では、馬のノッコがその辺のガラクタをもとに作ってしまう巨大なタイヤの乗り物《ビッグ・ローリー》が特に印象に残っている。

このW3は、実は、銀河連盟から派遣された優秀なパトロール隊員であり、その使命は、地球を調査し、その結果地球が好戦的で危険な星であると判断されたら、持参した反陽子爆弾で地球を破壊することであった。だが、W3の報告を検討した銀河連盟が地球は好戦的でありは解すべきだと判断したにもかかわらず、W3は地球を破壊せずに帰ってしまう。真一との交流の中で、人間に希望を感じたからである。

その際に、W3は、宇宙人が反陽子爆弾を地球の中心に置いていった…と嘘をつくように真一にアドバイスする。その結果、世界の国々は、反陽子爆弾を取り除くために協力しようとして争いを止める…という結末である。何とも、頼りない結末である。爆弾に脅されなければ、平和は達成できない…ということが哀しい。

だが、今の世界はどうだろう。W3は1960年代の世界という設定である。それから40年は経過しているにも関わらず、世界平和は実現されておらず、戦火と貧困の中で、多くの人々が命を落としている。手塚治虫の平和への願いは、未だに実現されていない。

 

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2007年5月 4日 (金)

ヒーローの色…スパイダーマンとスーパーマン

スパイダーマン3を見たが、映画のシーンの中に、スパイダーマンが星条旗の前を横切る瞬間があった。スパイダーマンの赤と青が星条旗の赤と青に重なり、あらためて、これがアメリカの映画なんだなぁ…と思った。

スパイダーマンだけではない。スーパーマンもやはり赤と青である。アメリカ映画のヒーローはその身体の色彩からもアメリカを象徴しているのだなあと思った。もっとも、屈折した部分を持つバットマンはその限りではない。基本的に若々しく、明るいヒーローであるスパイダーマンとスーパーマンは、ストレートに若さとパワーのアメリカのイメージを前面に押し立てているのだろう。

そうした点から考えると、今回のスパイダーマン3はなかなか興味深いストリー展開だったように思える。順風満帆の日々の中で、スパイダーマンはついつい慢心してしまい、身近な恋人の心の揺れを感じ取れなくなってしまう。それをヴェノムにつけ込まれ、自信に満ちているがゆえに弱い立場の人々の心を理解しようとせず力で押し切ろうという行動をとってしまう。それを象徴するように、スーツも黒く染まっていく。

慢心と力によるゴリ押し…その行動は、冷戦終結後のアメリカの姿とどこかしら重なってくる。ただ、スパイダーマンはそのことに気付き、ヴェノムを引き離すことで本来の自分を取り戻す。だが、アメリカはどうだろう? イラクなどの状況、牛肉の輸出、環境問題へのアプローチなど、映画のスパイダーマンのようにその過ちに気付き、軌道を修正していこうとする意識はまだまだ弱いようだが……。

ところで、色とヒーローの関係を考えた時、日本はどうだろう? そう言えば、ウルトラマンはウルトラマンAなども含めて赤と銀(白)が基調となっている。ウルトラセブンやウルトラマンタロウ、ウルトラマンレオなどは赤が基調だがそれ以外の頭部や胸部は銀、身体のラインは白である。ただ、仮面ライダーは黒や緑が基調となっている場合が多く、赤と白(もしくは銀)が中心のライダーはテレビで毎週放映される形を取れなかったZX(ゼクロス…スーパー1の後の10人目のライダー)くらいである。日本の場合、マイナスのイメージもある国旗の色彩をヒーローが背負う意識はそれ程強くないのかも知れない。

アメリカは背景となる文化の異なる移民が集まって作る国だからこそ、何としても1つにまとまる象徴が欲しい。その1つが国旗であるがゆえに、ヒーローが意識的に国旗の色を背負うのかも知れない。

 

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2007年5月 3日 (木)

改めて憲法を考える

60歳…日本国憲法が還暦を迎えたが、ごまかしの「自主憲法制定」を掲げる売国奴たちの声が異常に高まっている。以前にも、平和主義が幣原喜重郎から言い出したということや、国民主権が実は植木枝盛の憲法草案にルーツを持つということを書いた。

が、さらに根本的なことを指摘すれば、私利私欲のために改憲を画策する政治権力者たちが、憲法の規定を遵守する義務が首相や議員をはじめとする公務員にはあることや、近代史の流れからすれば憲法が政治権力の暴走を規制する目的が本来の意味であることが世界レベルでの常識であることを故意に軽視・あるいは無視されている事実は大いに問題である。

また、なぜ一括した議論を無理やりに推し進めようとしているのかについても、大いに疑問が残る。結局、できるだけゴマカシて、丁寧に議論することによってボロが見えてくるのを隠蔽したいという気持ちの表れなのだろう。最低投票率の縛りを入れようとしない国民投票法案もそれを示している。結局、どさくさにまぎれて、不完全なものを無理やり変えてしまい、それで面子を立てれば、後で国や国民がどれ程困ってもかまわないということなのだろう。

特に議論のある平和主義にしても、この記述によってアメリカ政府と「外交」が出来たという事実を「改憲派」は無視している。何度か書いたが、平和主義を捨てることは、対米外交の切り札の1つを自ら手放そうという行為なのである。

人々が憲法を議論するのは良いことである。だが、政府・与党の画策している「改憲」は時代を逆行させ、長期的には日本の外交の大きな切り札を自ら放棄し、国の未来を不幸にする売国行為である。まずは、法学や憲法学をきちんと勉強し直した上で、せめて植木枝盛の憲法草案を超えられるレベルの原案を出すのが本来の国会議員の役割であろうし、その性質上、最低投票率を厳格に規定し、個別の条文ごとに修正すべきであろう。

醜悪で、程度の低い「憲法改正ごっこ」はいい加減にしてもらいたいものである。

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2007年5月 2日 (水)

『羞恥心はどこへ消えた?』を読む

ジベタリアン、車内化粧など、高校生を見ていて目に入る行動が書かれてある帯を見て手に取ったのがこの本との出会いだった。実際に、二つほどの高校の講師をした経験からすれば、そうした行動が《今までの常識》とは大きくかけ離れている(と、少なくとも教師をはじめとする多くの大人は見ている)ことは理解できる。が、その一方で、高校生の側も、それほどの悪意や考えもなくやっている行動であることも感じられた。そのギャップを理論的に埋めてくれたのがこの本である。

 

大学時代に教育社会学を専攻した経験から、社会学的なフィールド調査やその論的な展開はある程度理解できる。その意味では、本の中に出てくる豊富な実例には、「多分、けっこう回答者も答え難いだろうに、よく調べたなあ」と感心させられた。

 

さて、若い世代の「気になる行動」についての問題だが、それを読み解くキーワードは「関係性」である。羞恥心の問題は、実は他者との関係性の維持や修復などと深く関わっており、それはベネディクトによって「恥の文化」という分析をされた日本以外の欧米や他のアジア文化圏にも共通するものである。

 

関係性の視点から身の周りの現実を見つめ直してみると、「大切な他者」と「関係ない他者」の存在感が浮かび上がってくる。そして、それぞれとの関係をどうしていくのか、という問題で、実は「気になる行動」をしている若い世代ばかりでなく大人たちもけっこう悩んでいる人々が少なくないのである。

 

心に余裕のある人間は、「関係ない他者」であっても、困っていれば救いの手を差し延べることができる。が、その余裕がなければ、「関係ない他者」は無視するか攻撃するかの行動に出ることが少なくない。ジベタリアンや車内化粧などは、その意味では前者であると言えよう。

 

この辺りまでは、著者である菅原の分析を私なりに理解したものをまとめた形だが、その視点をさらに自分なりに広げてみると、少しばかり背筋が寒くなるようなものが見えてくる。例えば、アメリカのイラク侵略や小泉政権の国民生活破壊政策、そして安倍政権の口先政策などがそれである。

 

アメリカ人民の意識はともかく、ブッシュ政権やアメリカの石油メジャーにとってイラク国民は「関係ない他者」に過ぎず、彼らがどんなに苦しんでも自分達さえ金が儲かれば良いからこそ、「関係ない世界各国の政府や民衆」の反対を無視して侵略行為を進めることが出来たのだろう。

 

ただ、日本をはじめとする「同盟国」を巻き込んだのは、さすがにブッシュ政権だけで嘘で塗り固めた侵略戦争を進められるほど厚顔無恥ではなかったということかも知れない。その意味では、ポチ小泉も負けてはいない。論理的にも実証的にも破綻している「非戦闘地域」という言い逃れによって「関係ない他者」である自衛隊を、ロケット弾が飛び、旅行者が誘拐されたり殺されたりする危険な戦場へと送り込んで開き直っていたのだから……。

小泉政権から安倍政権へとつながる日本の政治状況については、外交ばかりでなく内政も非常に悪質な展開になっている。小泉「改革」も、年金制度や地方の郵便システムや、一般の人々の生活が壊滅的な打撃を受け、「関係ない他者である国民」が苦しみ、不便になっても、自分達は痛みを感じずに「豊か」な生活ができるからこそ、国民生活破壊の政策を臆面もなく続けられたのに違いない。安倍政権の強行採決の連続による暴走に至ってはもはやコメントにすら値しない。政治家としての矜持と羞恥心があるのなら、衆議院を解散して信を問うべきことを、その自信がないから、ゴマカシを続けながら民意を無視して、数の暴力を使えるうちに、可能な限り国民主権破壊の政策を強行しようというものである。

 

だが、少なくとも我々は、そのような人間でありたくないし、そんな人間にはなりたくない。多少苦しくても、「関係ない他者」にも手を差し延べられる心の余裕と人間としての優しさを持ち続けていきたいと思う。 〔完〕

【TEXT】

  『羞恥心はどこへ消えた?』

  菅原健介 作  2005年  光文社新書

 

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2007年5月 1日 (火)

五年目の手紙…アリスのⅥアルバムから

アリスⅥのアルバムの中に【五年目の手紙】という歌がある。シングルカットされたという訳でもなく、割と地味な歌なのだが、アリスの歌の中では、もしかすると一番好きな歌かもしれない。

会社勤めを続けている1人の若い女性が、ふと帰宅途中に封筒を買い、5年前に別れた恋人への想いがまだ心に残っているのに気付き、ペンを執って手紙を書いてみる。そんなシーンがそのまま淡々と歌われている。

その手紙は、最後まで書き終えたのかどうなのか? もし書き終えたとしても、ポストには投函されなかったのではないだろうか? わずか3分ほどの歌の中に、そんな余韻が広がる。想いは、必ずしもストレートに伝えるのがベストだとは限らない。表に出てきていない想いを察する…そんな中にある豊かさを、もともと日本人は持っていたのではないだろうか。そんな時代の名残りを感じさせるきれいな歌である。

そう言えば、グレープの【追伸】という歌にも同じような奥ゆかしさと美しさを感じる。今は、もしかするとそのような恋愛は時代遅れなのかもしれない。けれども、表現されたものの奥にある様々な想いを感じ取ることで恋愛は豊かなものになっていく。この歌のような感受性をいつまでも持ち続けていたいと思う。

 

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