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2007年7月23日 (月)

仲間の信頼、他者からの信頼

人間である以上、誰もが欠点を持っているし、失敗もする。それは当たり前のことである。だが、そうした欠点や失敗を受け止め、フォローし、守ってくれるような相手は、仲間や友人として本当に信頼できる。辛い時、苦しい時にこそ守り、支えてくれるような仲間や友人がいたら、それはまさしくかけがえのない仲間であり、得がたい親友と言える存在だろう。

大切な仲間や友人のために身を挺して動けるような人は素晴らしいし、本当に大変な時に逃げずに側にいてくれるような人なら、ぜひとも損得を越えた仲間や友人として末永く続く関係を作っていきたいと思う。けれども、なかなかそういう相手にめぐり合う機会はない。ある程度人生経験を積んでくると、その事が分かってくる。特に、仕事やお金が絡んでくると、なかなか損得を越えて動けなくなる。だからこそ、損得を越えて付き合える学生時代の仲間が大切な友人となることが多いのだろう。

さて、仲間の失敗を受け止め、それを守ろうとする…というと、例えば、安倍晋三がやっていることもそれではないか、と見えるかも知れない。だが、我が売国総理は、「仲間」はかばっても自ら責任は取っていない。自らを犠牲にして仲間をかばっているのであれば、安倍晋三は総理としての資質は欠けるにしても、友とするには良い存在と言えるかもしれない。だが我が売国総理は、「仲間」をかばっても、その責任は取らず、全てをうやむやにしようとするだけである。そのことから、この連中は身内の損得だけしか考えておらず、逆に、身内であっても結局は自分に損害を与えるならば切り捨てるだろう…と思われる。修羅場で踏み止まる覚悟がないのである。

その意味では、自殺した前農相は、政治家としてはともかく、友人にするのには良い男だったのかもしれない。彼は少なくとも、自らの死によってそれなりの責任を取ろうとしたのかもしれないし、永遠に口を閉じたことで救われた「仲間」が確かに存在するのだろうから。だが、その「仲間」は、その信頼に足るような人間だったのだろうか。安倍売国総理のその後の言動を見聞きしていると、とてもそうは思えない。そうした意味では、信頼に値する「仲間」にめぐり合えなかった前農相は哀しい男なのかもしれない。

利害が絡む間は、たいていの人間は行動を共にする。それは、大人として生き、生活していく以上仕方のない選択だろう。だが、嘘やゴマカシで自分達の利益だけを追求していては他者からの信頼は得られない。安倍政権にとって、国民の多くは「仲間」ではなく、どれほど苦しんでも関係のない「赤の他人」に過ぎないのだろう。そうした行動は、見る人が見れば、どれ程空虚な言葉で言いつくろっても、心の内や人間としての小ささを見抜かれてしまう。当然、様々な交渉の場においてその言葉を軽んじられ、信頼を得られないから余計な譲歩をしなければならなくなるだろう。

他者からの信頼を得られないような人物が首相である国・国民の不幸や損失は、もしかしたらマスコミ等が報道している以上に深刻かもしれない。少しでも早く、資質に欠ける我が売国総理にダメ出しをしたいものだが……。

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コメント

無責任なやつ会社にいますよね。上司で、おれが責任持ってやるとか言いながら、自分の立場がまずくなると、知らん顔してそっぽ向いて社員を売る奴。友達同士にも居ます。レストランで一緒に食事して、勘定がくると便所に逃げ自分の懐いためない奴。命をかけてまで自分を守ってくれた友にでも、死人口なし、友の命なんてなんぼのもの?と薄情なことする奴。でもいつかは絶対に巡って来ますよ、その薄情な奴が反対に友に裏切られる日が。昨日選挙演説で「私は小学校から大学まで無遅刻無欠席でまじめだから一票投じてくれ!」と言った人がいました。でも、そのまじめな候補者には、無遅刻無欠席で学校に行きたくても行けない家庭環境がある子供が現実にいるっていうのが、知らないのか知っていても知らん顔なのかと、ちょっと悲しくなりました。とりあえず、不在投票、昨日済ませ、たかが一票ですが、されど一票の意思表示をしてまいりました。

投稿: アサヒ | 2007年7月24日 (火) 20時23分

無責任な人の言葉は非常に軽く、また空虚です。どれほど美辞麗句で飾っても、行動を伴っていなければ信頼されません。逆に言行一致の人の言葉は重く、見る人が見れば、少し話しただけでも「信頼できそうな相手だ」と思わせるものがあります。自分の言葉に責任を持つ…というのはけっこう大変なことですが、人間としてそうなるように努力することは大切だと思います。

それが出来なければ、他者からの信頼は得られませんから「自画自賛」をするしかありませんが、中身が伴ってなければ、「自画自賛」によって返って信用を失ってしまいます。安倍内閣の支持率の低下は、その意味では当然でしょうね。

引越しのために投票も大変でしたね。私は、当日に行きます。もちろん、安倍政権・連立与党に「NO!」の意思表示をするためです。

投稿: TAC | 2007年7月24日 (火) 22時03分

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