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2007年8月 1日 (水)

上杉鷹山…民のための改革

江戸時代、米沢の上杉家の藩主に上杉鷹山という人物がいた。米沢藩は上杉謙信の流れをくむ名家ではあるが、いわゆる「忠臣蔵」の事件の悪影響(赤穂事件の際に、上杉家の藩主は吉良家の出身で吉良上野介の実子であった)もあって、藩の財政は火の車だった。鷹山は九州の三万石ほどの小さな大名家の次男であったが、その才能を見込まれ、上杉家の養子となる。

そして、財政を立て直すために藩政改革に着手し、倹約と殖産興業に務めた。鷹山が上杉家を継ぐことになった時、次のような歌を詠んでいる。

受け継ぎて国の司の身となれば 忘るまじきは民の父母

これはまさに「人民のための政治」を目指すものであり、鷹山は上杉家ゆかりの春日神社に誓詞を捧げてこれを誓っている。そして、実際に、そのように行動したことは、天明の大飢饉に際して、米沢藩では1人の餓死者も出さなかったという話からも明らかである。

内村鑑三は代表的日本人の1人としてこの上杉鷹山をあげているし、新渡戸稲造も鷹山を高く評価している。かのJ.F.ケネディー大統領も「もっとも尊敬する日本人」として上杉鷹山をあげている。日本の歴史を紐解けば、このようなすばらしい政治家も存在しているのである。

その一方で、自殺者が3万人に高止まっていても平気な首相がいる。格差が拡大し、生活保護を打ち切られ餓死をするような「改革」を進め、国政選挙で惨敗しても「改革が否定された訳ではない」などと訳のわからない妄言を吐き、不信任をごまかして権力にしがみつこうとする醜い政治家である。

私たちは、上杉鷹山のような政治家の存在こそを望む。今の政治家たちに鷹山のことをしっかりと勉強させ、その1万分の1でも本当の徳を身につけて、政治に反映させてもらいたいと思う。

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