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2007年8月23日 (木)

話すことと伝えること

「言ったやん」

「聞いてないよ」

時々、こんなやり取りを耳にすることがある。本人は言ったつもりでも、相手にはきちんと伝わっていない。日常生活の中でよくあることだ。どうも、人間というものは、面と向かって相手に発言した内容は、それで伝わったと誤解することが多いようである。けれども、よく考えてみると、自分が言ったからといって、相手がそれを100%理解することなどまずない。音声として耳の鼓膜を震動させてはいても、それが必ずしも「意味のある大切な内容」として相手に伝わっているとは言えない。考え事をしていて、適当に相槌をうっている事だってあるし、声が小さいなどの条件できちんと聞き取れなかったが、自分にとって大切な内容だという判断をしなければ、あえて聞き返しもしないし当然、何を聞いたのかも覚えておらず、数日経てば完全に忘れてしまうことなど日常茶飯事だからである。

だから、きちんと伝えたいと思っていることならば、相手の反応をよく観察し、話に集中しているかどうかを見極め、必要に応じて確認をしたりすることも大切になってくる。それをせずに《言いっ放し》でいても、話した側の都合にいつも相手が合わしてくれる訳はないので、結局、きちんと伝わらないことになっても、ある意味では当然なのである。

では、どうすれば伝わるか。相手にとって自分が《大切な存在》となっている時は、ちょっとした言葉や軽いお喋りであっても、割りと真剣に聞いてくれる。利害関係の問題で《大切な存在》となる場合ばかりでなく、利害を超えた《大切な存在》である場合もある訳で、特に両方の条件があれば、話は丁寧に聞いてくれるだろうし、理解できなかった部分は質問したり確認したりしてくるだろう。

忙しい時などは、「話した」=「伝わった」と誤解してしまうことが多いが、話すことと伝えることは決してイコールではない。そして、話したからと言ってそれが確実に相手に伝わったと考えること自体が判断として甘いし、ある意味では「分かってくれて当然」というような相手に対する甘えや誤解が存在していると考えた方が良いだろう。

特に身近な人や、相手との関係において自分が優位に立っている場合は、きちんと伝わっているかを吟味しないまま話しっ放し、「伝えた」気になっていることは多い。それが後になってトラブルの原因となったり、相手との関係をギクシャクしたものにしてしまったりする。話すことは伝えることとイコールではないということを意識して会話や対話や議論を楽しみたいものである。

 

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