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2007年9月30日 (日)

戦争犯罪から目をそらさずに

沖縄で、教科書検定での日本軍の戦争犯罪のゴマカシに対する抗議集会が行われた。戦争を知らない高校生や超党派の沖縄の議員も賛同している。日本と日本軍の戦争犯罪から目をそらし、ごまかし、うやむやにしようとした安倍政権と文部科学省の愚行に対して良識ある人々がNoを表明したのである。

対米売国奴のニセ愛国心を持つ一部の人々は、日本の戦争責任と日本軍の戦争犯罪に対して、機会があればごまかし、うやむやにしようと虚偽に満ちたアジ発言を繰り返す。けれども、それが外交上マイナスであるばかりでなく、無反省に同じ愚行を重ねてしまう可能性を大きくし、自分たちばかりでなく国民を巻き込んで不幸と破滅へのレールを作っていることに気付いていない。呆れるほど、精神的に未熟である。

都合の悪い歴史的真実から目をそらし、自分をだましても、正しい知識と良識を持った人々の目は欺けない。逆に、自らの未熟さと能力の無さをさらけ出し、信用を失ってしまうのである。逆に、きちんと都合の悪い事も含めて歴史的事実をしっかりと見つめることで間違いを見つけられるし、反省し出軌道を修正し、努力を続ける事によって多くの人々の信頼を得られる。外交上もそうである。

日本とドイツ。同じ第二次世界大戦の敗戦国だが、戦争の罪をきちんと見つめ直し過ちを繰り返さないように努力と対話を重ね続けたドイツは近隣諸国から信頼されEUを作る重要な働きをして国際的に深い信頼を得ている。逆に戦争の罪をごまかし、都合の悪い事から目をそらし続ける最近の日本政府は、いまだに近隣諸国から不信の目を向けられ、外交上の不利益を被ることも少なくない。どちらが賢明であったか、議論の余地も無いだろう。

今回の抗議は、福田内閣と文部科学省の姿勢が問われている。逆に言えば、過ちを改める良い機会であり、信頼を回復する努力を内外に示すチャンスなのである。沖縄の人々の勇気と行動を心から讃えると同時に、政府と文部科学省の対応をしっかりと観察し、注視していこうと考えている。

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2007年9月29日 (土)

友あり、遠方へ…

今宵、高校時代の友人たちと集まる予定だ。6月以来、久しぶりの事である。気楽な仲間たちと好き勝手な事を言い合って酒を飲む。いくつになっても楽しいものである。それに、そうした楽しい時間の中で飲む酒は特にうまい。今夜は長い夜になりそうだ。

さて、昨年の集まり辺りから、酒や食べ物を持ち寄って皆で騒ぐ形になっている。ただ、好んでビールは飲まないので、泡盛かウィスキーを持っていくつもりだ。中には酒はあまり強くないやつもいるので、どちらを持っていっても少し残るかもしれない。

この仲間との集まりでは、いつもギターを持参する。腕はかなり錆び付いているが、人前でのコンサートではないので多少のミスはご愛嬌である。若い頃の懐かしい歌を皆で歌い騒ぐ。カラオケでは味わえない楽しさがそこにある。歌の合間にも話の花が咲く。それもまた一興である。ただ、寝る時間がいつになるか……睡眠不足には気をつけなければ。

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2007年9月28日 (金)

夜更かしのツケ

昨日は、偏頭痛で調子が悪かった。と言っても、原因不明という訳ではない。週末に買った本を読んでいて夜更かしをしてしまったからだ。パソコンに向かう時間も少し長くなっていたりして、目の方も酷使している。目の疲れが頭痛の原因なのは明白である。

とは言っても、仕事に支障をきたしてはいけないので、目薬を何回かさしながら目の周りや首筋を押さえる。押さえてみて、かなり目を酷使していた事がいっそう良く分かる。それが、気付いていなかった肩のこりにもつながっていた。

目の四隅を押さえ首筋や耳たぶの下などのツボも押さえほぐしてやると痛みも多少は楽になる。ということは、自己診断が間違っていなかったという事でもあるだろう。目が楽になると肩こりが気になった。昨夜は、ある程度睡眠をとったので偏頭痛の方は楽になった。だが、肩こりの方はまだ解消してはいない。もう1人自分がいれば、いつもの腕を発揮すれば1時間ほどで楽になるのだが、残念ながら分身の術は使えないので、手の届く範囲のポイントを押さえるだけである。肩こりの解消は、どうやらもう少しかかりそうだ。

 

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2007年9月27日 (木)

本歌取り狂歌10首

本歌取り狂歌十首

 

アッシーのケイタイの音鳴り響き

        家に送ればひとり寝るだけ

 

若いコは道で会ってもシカトする

        世も末かなとオジンはつぶやく

 

君がため 早く家出てアルバイト

        我がバイト料すぐに消えつつ

 

四の五のと言えど今更我が恋は

        もはやダメかと人の噂す

 

会い見ての後の心を言ったなら

        メル友のままいれば良かった

 

大声で叫ぶ電話の遠ければ

        また会えもせず雨の道端

 

あらし吹く別れの前の修羅場では

        立ち会う者は不運なりけり

 

行かざれば代わりの男訪れて

        車の助手席空き 風ぞふく

 

背は低く金も車も無き我さ

        ふられた末に哀れとぞ思う

 

嘆けとて月のものは来ぬと言う

        ヤッてしまった我が涙かな

 

 

 

元になった百人一首の短歌を当ててみて下さい。

 

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2007年9月26日 (水)

【痛み】を越えて

受け入れたくない現実を目の前につきつけられた時、多くの人間は混乱すると同時に、「なぜ私がこのような目に遭わなければならないのか」とか「なぜ私がこのような運命に見舞われなければならないのか」と嘆き悲しみ怒り狂う。それは、それ程までに当人にとって受け入れる事が困難な「現実」だからである。

失恋や離婚、あるいは身近な人や家族の病気や死などの喪失体験は、深い傷となって人の心をえぐる。その【痛み】は他者には簡単に理解してもらえるものではないから、いっそう苦しく、また辛い。

けれども、その【痛み】とおりあいをつけながら生きる努力もまた大切である。自分自身の人生は終わった…と感じるほどの痛い体験であっても、そう感じている「今」「この瞬間」、人は生きている。生きているからこそ【痛い】のだとも言えるだろう。

それは、心を殺してしまうほどの激しい痛みかも知れない。けれども、神は…あるいは仏は…あるいは天は…何のためにそれを与えたのか、という事を考えてみると、その【痛み】ゆえに自分自身を真剣に振り返り、深いレベルで自分自身と向き合う可能性を与えてくれる…という部分もある。けれども、【痛み】が激しいほど、それとおりあいをつけ、それを見つめ、やがてはそれを心にとどめながら越えていく作業は大変であり、それは全身全霊をかけた営みとなる。

けれども、その【痛み】を超えた時、人はもっと強く、もっと優しくなれる。そして、【痛み】を抱えて苦しんでいる他者に手を差し伸べ、支え、【痛み】を越えるためのサポートができるようになるのではないだろうか。

それなりに齢を重ねた今、いろいろな【痛み】を経験してきた。まだ、おりあいをつけきれていないものもあれば、多少は越えるところに近づいているのかな? と思えるものもある。まだまだ、足りないところはたくさんある(あり過ぎる!?)が、少しでも多く【優しさ】の持てる人間となって一生を終えたいものである。

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2007年9月25日 (火)

九月の雨…嫉妬と不安に揺れながら

朝方雨が降ったので、何となく思い出したのが太田裕美の【九月の雨】という歌だった。恋愛において重要なのはお互いへの想いと信頼だが、人間という存在はそれ程強くはなく、わずかの事で心が揺れ動く。そんなシーンを見事に切り取ったのがこの【九月の雨】という歌である。

雨の中、タクシーで恋人のもとへと急ぐ女。電話口から聞こえてきた別の女の声に揺れる心を松本隆の詞と筒見京平のメロディーが見事に描いている。ただ、これを聞いた当時、多少、違和感を感じたのは太田裕美という舌足らずな声を出すキャラクター・イメージがこの曲には成熟度が足りなかったからなのかも知れない。

 

ガラスを飛び去る公園通り あなたと座ったイスも濡れてる

さっきの電話で あなたの肩の近くで笑った女(ひと)は誰なの?

September rain rain 九月の雨の静けさが

September rain rain 髪のしずくをふるわせる

愛がこんなに悲しいのなら あなたの腕にたどりつけない

September rain 九月の雨の静けさが

 

 

この2番の歌詞からは、女の思い違い…と、女が男の真実を知ってしまった瞬間…という2つのストリーがイメージできる。どちらであっても、若い日の恋模様…という事になろう。その上で、女はどんな決断をするのか。それを考えると3番の歌詞がなかなか意味深長である。この歌をラジオやTVで聴いていた当時は気付かなかったことが、20年以上の年を経た今になって味わえる事がある。そうした意味でも、なかなかおもしろい歌である。

 

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2007年9月24日 (月)

よく寝た1日

昨夜は遅くまで本を読んでいたので、今日はゆっくりと寝ていた。8時頃に切り忘れていた携帯のアラームに起こされたが、切ってからもう少しまどろみの時間を楽しみ、10時前くらいに布団の中で読みかけの本を少し読んだ後、起きた。

新聞を読んで、朝食兼昼食のブランチを食べた後、部屋に戻り片付けてない布団に転がって本を読んでいたらまた眠くなったので、そのまま昼寝。起きたのは3時頃だった。昨日の時点では、昼から映画に行こうか…とも考えていたのだが、財布の中身も少なめだった事もあり、結局、寝てしまったのである。

その後、行きつけの喫茶店へ行って雑誌を読んだり友人のマスターと話したりして穏やかに時間を過ごし、夕食の買い物をして帰宅。豚肉を買っていったので、そのまま生姜焼きにする。我が家では味噌汁や煮物は母、刺身やすき焼きは父といった具合に料理によってコックが違うが、生姜焼きは私が当番である。最近の仕事の都合で、買い物に行く回数は減ったが、夕食を作る回数は結婚していた頃より増えている。

夕食を食べてから、仕事。それも9時には終わったので、全体としてゆったりとしていて良く寝た1日となった。少し勿体ない気がしないでもないが、年齢と体力を考えれば、こんな1日も時には必要なのだろう。今日はもう少し本を読んだ後、寝る事にしよう。

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2007年9月23日 (日)

私たちの幸せな時間

昨日、久しぶりに映画館で韓国映画を見た。題名は「私たちの幸せな時間」。死刑囚の男と自殺未遂を繰り返す自殺願望の元歌手の女の恋を描いた傑作である。実は、2人とも最初は死を望んでいたのだ。母親に捨てられ、弟も失って寂しい境遇の中で大人になり、やっとできた恋人の手術費用のために犯罪に誘われて、殺人を犯してしまった男。生きる事に絶望していたために、仲間の分まで罪を背負い死刑判決を受けていた。一方、女の方も15歳で従兄にレイプされ助けを求めた時に母がそれを隠そうとした事に深く傷つき、死を望んでいた。

だが、女がシスターの伯母に連れられて刑務所に行った時に2人は出会う。お互いにどこかしら似ているところがあると感じ取った出会いから運命の歯車は回りだし、やがて少しずつ心を開き始める。そして、被害者の母親がシスターと共に面会に来て「許す」ことを伝えた時、男の目から涙が溢れる。人間としての感情を取り戻し、繰り返し誤り続ける男。その日を境に、男は「人間」に戻っていく。

繰り返される母との衝突と葛藤の中で生きる事に絶望していた女。だが、男に面会した時レイプされた秘密を語ってしまい、それをきっかけにして女も変わり始める。木曜日の面会室で2人は心を通わせ、お互いの距離を縮めていく。弟を失った過去とその弟が好きだったという女が歌った愛国歌。弟への思いが愛国歌へのこだわりとなって2人を出会わせた事。絶望ゆえに共犯者たちの分まで殺人の罪を背負い死刑…つまり死を望んでいたという事。女は共犯者たちに会いに出かけ、何とか死刑判決を覆そうとするがそれもかなわぬまま時が過ぎていく。

限りある命を大切に生きる事の意味、そして一瞬一瞬を大切に生きるからこそ訪れる幸福な時間、それを感動的に描ききったこの映画は、見ていて幸福になり、ラストでは切なく、それでも生きる事を大切にしたいという思いを心に燃え上がらせてくれる素敵な作品である。

 

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2007年9月22日 (土)

96式中型陸上攻撃機

96式中型陸上攻撃機、略して96中攻は、日中戦争から太平洋戦争にかけて使われた、魚雷や爆弾を搭載して敵を攻撃する海軍の攻撃機である。華々しい戦果と言えば、イギリス海軍の誇る浮沈戦艦プリンス・オブ・ウェールズと高速戦艦レパルスを、後継機の一式陸上攻撃機と共にマレー沖海戦で撃沈した事であろう。

このマレー沖海戦は、真珠湾攻撃と共に、戦艦に対する航空機の優位を決定付け、戦艦を中心とした海戦から、空母・航空機中心の海戦へと戦術を一変させるきっかけとなった。皮肉な事に、最初に航空機中心の海戦を大規模に展開した日本が、旧来からの大鑑巨砲主義を捨て切れず、沖縄戦では航空機の護衛もつけずに戦艦大和を沖縄に向かわせ、アメリカ軍の航空機を中心とした爆撃や雷撃によって世界最大の戦艦大和を失い、敗北へと至るのだが……。

だが、この96中攻は中国戦線においては渡洋爆撃と呼ばれた中国本土への爆撃を繰り返し、南京や重慶などの都市も爆撃している。都市への無差別爆撃の先例を作ったのはドイツだが、日本軍も後に続いており、それが結果として日本の都市への爆撃を正当化する口実をアメリカ軍にも与えてしまったと言えなくもない。

加害者は、相手の痛みを過小評価し自らの罪をごまかし忘れようとする傾向があるが、被害者は、その痛みを忘れない。日本が広島・長崎を世界にアピールし、それなりに説得力を得るためには、南京や重慶等の都市への無差別爆撃の罪にも真摯に目を向ける必要があるのだ。

その優れた性能によってマレー沖海戦で英軍の新鋭戦艦を航空機の力だけで撃沈し、海戦の戦法を一変させた96中攻。だが、中国戦線の戦果の陰で、多くの一般市民の命も奪っているのである。

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2007年9月21日 (金)

タキオン粒子

光より速い粒子…そう考えて設定されたのがタキオンである。もちろん、その実在は現時点では確認されていないし、もしかしたら存在しない架空の粒子に過ぎないのかもしれない。けれども、光より速い粒子が存在すればどうなるのか…という点は非常に興味深い思考実験でもある。

タキオン粒子を初めて知ったのは、「宇宙戦艦ヤマト」であった。放射能除去装置を手に入れるために、1年以内に14万8000光年離れた大マゼラン星雲のイスカンダル星へ行って帰って来なければならない。そのためには光の速度以下で移動していては不可能なので超光速飛行による移動が必要となる。それがワープであり、それを可能にするのがタキオン粒子である。…後に、講談社のブルーバックスを読み漁り、こうした考え方が科学的な議論や推論に基づいたものだという事を知る。そして、タキオンを発射する波動砲の描写において粒子が砲口に吸い込まれていくのは理論的に正しいのだと知って感動した覚えもある。

私が生きているうちに人類が他の太陽系惑星の上に立つことはもしかしたら出来るかもしれないが、最も近い恒星であるケンタウルス座α星に達する事は無理だと思われる。けれども、恒星間飛行、さらにはアンドロメダ星雲や他の銀河星雲まで達する可能性を考える事は良い事である。愚かな戦争によって人類が滅亡しないためにも、戦争に使う金を大幅に削減して宇宙の探査や宇宙の平和利用の研究に回せば良いと思うのだが……。

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2007年9月20日 (木)

たとえば ぼくが死んだら…森田童子「ラスト・ワルツ」より

1980年に発売された森田童子のアルバム「ラスト・ワルツ」の中に「たとえば ぼくが死んだら」という歌がある。とてもきれいなメロディーで、1度聞くと、そのままひきこまれてしまいそうな怖い優しさに満ちている。

 

 

たとえば ぼくが死んだら そっと忘れて欲しい

淋しい時は ぼくの好きな 菜の花畑で泣いてくれ

たとえば 眠れぬ夜は 暗い海辺の窓から

ぼくの名前を 風にのせて そっと呼んでくれ

 

 

人は誰もが、いつの日か死を迎える。その時に、何を思うのだろうか。自ら生きた証を多くの人々の心に刻み付けたい…とまでは思わないが、親しかった人々には、時々、自分のことを思い出してもらえるとうれしい。そんなささやかな思いは確かにある。そして、そのような形の死は、もしかしたら幸福かも知れない。

けれども、人が生き続けていれば、知らず知らずのうちに他者を無自覚に傷つけてしまう事は少なくないし、そのために怒りや深い恨みをかうこともある。そして、その事実にすら気付かない事もあるのだ。だが、そうした暗く重い部分も含めて、1人の人間の人生はある。だからこそ、この歌が心に強く響くのかも知れない。

親しい人々に時々懐かしく思い出してもらえて、そしてその人々がなくなれば忘れ去られてしまうような生き方…。押さえきれない怒りや、死んだ後も他者の心に重く留まる恨みとは無縁の、いつの日か人々に忘れてもらえるような生き方…。それは、泡沫のような一生かも知れないが、宙に漂い虹色の光を反射させながら揺らいで、やがて静かに消えていくシャボン玉の美しさに似ている。

彼岸の入りには、こんな歌を聴きながらひとときを過ごすのも良いかも知れない。

 

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2007年9月19日 (水)

まだまだアイス・ティー

もうすぐ秋分の日だというのに、まだまだ暑い毎日が続いている。好きな紅茶も、ホットで…という気にはならず、今日も相変わらずアイス・ティーである。もちろん、温めた容器にリーフ(葉)とお湯を入れ、紅茶が出てからグラスに氷を入れてアイス・ティーにする。作っておいて冷やしておくと便利ではあるが、少しでも時間のある時なら、その場で入れて氷で冷やして飲んだ方が香りも豊かで美味しい。

アイス・ティーという事になると、チョイスはアールグレイかレディーグレイが最近の定番である。香料入りのアールグレイは、ホットでは多少香りがくどく感じる事もあるが、アイスにするとそれ程のくどさもなくなり、スッキリと美味しく仕上がる。そのアールグレイをベースにハーブなどを少し加えたレディーグレイも美味しい。

もちろん、プリンス・オヴ・ウェールズやクィーン・メアリーなども悪くはないが、色の薄いプリンス・オヴ・ウェールズはともかく、割と色が濃く出るものをアイスにすると紅茶を出すタイミングを間違えて急激に冷やすとにごってしまう事がある。当然、味も落ちる。だが、アールグレイやレディーグレイは、アイスティーを意識している事もあり、あまりにごる心配をせずに気楽に作れる。そのため、アイスティーの際にどちらかを選ぶ事が自然に多くなるのである。

さて、今日のチョイスは、レディーグレイ。温めた容器にリーフを入れ少し蒸らしてからお湯を注ぐ。そして、グラスに氷を入れて注げば出来上がり。暑い日はもう少し続きそうだが、アイスティーを楽しみながら涼しく過ごしたいものである。

 

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2007年9月18日 (火)

呼吸を整えて

9月初めに津駅前で不登校やひきこもりについての講演をした時、少し、呼吸を整える事の大切さについての話もした。当事者が、悪い方へ悪い方へとものごとを考えている時、それを止めるようにアドバイスしてもなかなか悪い考えの堂々巡りから抜け出せない事がある。そんな時、深く息を吐いて深呼吸をし、腹式呼吸をしてみるように意識してみると、感情に意識が流されている状態から少し距離をおくきっかけになったりする。感情から自分の行動に意識を向けることで、結果として悪い考えの堂々巡りから距離を置いてみようというのである。

ところが、そればかりではない。少し観察してみると、精神的に不安定になっている時は呼吸が早くなったり乱れていたりする事が多く、ゆったりと呼吸をしているような例はほとんど見られない。あがったり、緊張していたりしている人に、深呼吸をするようにアドバイスをするシーンを時々見かけるが、そうした事からも、呼吸を整える事は精神的な安定につながるのだと推察できる。

スポーツや武道でも力を発揮する際に呼吸法はけっこう大切だし、歌を歌う際にも、しっかりとした腹式呼吸は安定した豊かな声を出すための必要条件である。だが、実は座禅の際の呼吸法も腹式呼吸なのである。

20代の頃、京都の大徳寺の中にある枯山水の庭の前で結跏趺坐をしていたところ、奥から和尚さんが出てきて、「それだけきちんと足を組めるなら…」ということで正式な座禅を教わった。肩の力を抜いて、背筋を伸ばし、4本の指を重ねて親指の先端をくっつけ、軽く膝のところに置く。こうした事はすっと出来たのだが、緊張した事もあり腹式呼吸がなかなか出来なかった。それでも、何とか呼吸を整え、それからしばらくその場で座禅を続けた。他に人がいなかったこともあり、和尚さんは「帰る時には、声をかけなさい」と言い残してその場を去った。そして、帰る前に抹茶を御馳走になったのである。

そんな経験もあったので「腹式呼吸」と言っても、簡単に出来ない場合がある。そこで、最近は「どうしてもガマンできなくなるまで息を吐き、ガマンできなくなったところで息を吸うと自然に深く息を吸い込む事ができるよ。それを続けると腹式呼吸になっているはずだ」というようにアドバイスをする事が多い。小さい子どもには少し難しいかも知れないが、ある程度大きくなってくれば、だいたいこのアドバイスでゆったりと呼吸ができるようになる。

この方法、実は、シャックリを止める時にもけっこう威力を発揮する。シャックリは横隔膜のけいれんのために起きるので、安定した腹式呼吸でそれが治まってしまうのである。先日、行きつけの喫茶店のマスターがシャックリが止まらずに困っていた時にこれを教えたら、なかなか止まらなかったシャックリが面白いようにピタリと止まってしまった。彼が驚くと同時に大変喜んだのは言うまでもない。

普段は意外と注目していない呼吸だが、呼吸を整えることが心の安定にもつながる場合がある。イライラしたりネガティブな気持ちから抜け出せないような時には、呼吸に気をつけてみるというのも1つの方法である。

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2007年9月17日 (月)

あぶさん…いぶし銀から野球仙人へ

水島新司の野球マンガは「ドカベン」「野球狂の詩」「一球さん」「球道くん」など、それなりに読んでいるが、コミックを全巻そろえているのはなぜか「あぶさん」だけである。だが、この「あぶさん」は息の長い野球マンガで、1巻から始まって、やがて90巻に手が届こうとしている。

主人公は、ホークスの景浦安武、通称あぶさん。野村監督が率いる南海ホークスの時代に入団し、当初は代打の切り札として活躍する。一発の長打力を持ちながら、代打であり続けるのは酒のせいでもある。いわゆる大酒のみであり、集中力は驚異的だが、体力は九回の攻守をまっとうするには不安がある…ということなのだ。だが、その集中力と一発の魅力/驚異ゆえに四番の打順であっても代打として登場できる。そんな魅力ある選手としてあぶさんは描かれている。

だが、時代はめぐり、ホークスも大阪から福岡へ移り、ダイエー、そしてソフトバンク・ホークスとなって現在にいたっている。ところが、あぶさんは今も現役。落合と三冠王を争い、門田や秋山とホームラン王を競い合った男が松坂とも対決する。99年の優勝の際には王監督の胴上げもするし、選手ばかりでなくコーチを引き受けることもある。

50歳を越えても四番を打ったり、レフトを守ってファインプレーを見せたり、歳を重ねても現役にこだわり、しかもしっかりと結果を出す。まさに野球仙人という感じである。水島マンガでは岩田鉄五郎という老投手も登場する(野球狂の詩)が、あぶさんは岩田鉄五郎の打者版という感じになりつつある。

それでも、実際にプロ野球で活躍している選手も多く登場し、わが三重県出身で明野高校からホークスに入った大道選手なども出ている。また、プロ野球を陰で支える審判やコミッショナーなどが登場する地味な話もあり、それも含めて野球マンガとして楽しむ事ができる。だが、あぶさんもいつまでグランドに立ち続けるのか…という点では、ずっと続いて欲しいという思いと共に、そろそろ休ませてあげたいという思いが交錯する。

心から酒を愛し、野球を愛する酒仙打者。南海の時代の野球職人のような描かれ方に惹かれて読み出したマンガだが、どこまで続くのかをしっかりと見届けたい作品である。

 

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2007年9月16日 (日)

オリビアを聴きながら…杏里のバラード

お気に入りの唄…そう、この歌の冒頭のフレーズにあるように、この「オリビアを聴きながら」は、好きな歌の1つだ。あまり古さを感じない落ち着いたバラードだが、この歌は実は1978年11月の発売なので、30年近く前の歌ということになる。

お気に入りの唄 1人聴いてみるの オリビアは淋しい心 なぐさめてくれるから

ジャスミン茶は 眠り誘う薬 私らしく1日を 終えたいこんな夜

出あった頃は こんな日が 来るとは思わずにいた

Making good things better いいえ すんだこと 時を重ねただけ

疲れ果てたあなた 私の幻を愛したの

 

作詞・作曲の尾崎亜美が歌っているものは手元にはないが、杏里のしっとりとした歌声が静かに心を抱き締めてくれる。恋とは、お互いの幻を求めることから始まり、やがて、ありのままの相手の存在を受け入れられるようになる事で深まり、愛へと進化していくのだろうか。だが、ありのままの存在を受け入れることは難しい。幻を求め続けていては、どれ程優しさで取り繕っても恋は終わってしまう。そんな情景を杏里がしっとりと歌い上げる。

恋の終わりは、ありふれた出来事かもしれないが当事者にとっては辛く、苦しいものである。好きな歌を聴きながら、1人静かにしていたい。そんな時には、この歌はピッタリかもしれない。メロディーと共に流れていく静かな時間が、また明日を運んでくれるだろうから。

 

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2007年9月15日 (土)

8月のクリスマス…たとえばぼくが死んだら

自分が余命いくばくもない、と知ったとき、最後までの時間をどのように過ごすか…あるいは過ごす事ができるのか。山崎まさよしが演じる寿俊は、父親から引き継いだ古い写真館で働きながら平凡な毎日を送っていたが、不治の病で残された時間がわずかであることを告げられる。最初は混乱し、荒れもしたが、やがて年老いた父親や周囲の人々のことを思い、静かに消えていこうと決意し、少しずつその準備を始めた。

そんなある日、突然の出会いが飛び込んでくる。小学校の臨時教員をしていた由紀子が偶然写真館に来て、年若い由紀子との関わりの中で寿俊の日常が生き生きとした輝きを放ち始める。由紀子のまっすぐな想いと、そんな彼女を愛している事に気付いたゆえにいっそう自分の気持ちを言葉にできなくなっていく寿俊……。由紀子を演じる関めぐみの爽やかで自然な表情や動きと山崎まさよしの静かで温かな視線が胸をうつ。

限られた時間でも、年齢は離れていても、愛を育むことはできる。だが、その愛はどこへ向かうのか。残された、けれども投函されなかった手紙に込められた深くゆるぎない想い。「君は神様がくれた最高のプレゼントでした」という言葉が心に響く。死を迎える時にこのような言葉を残せるような相手にめぐりたいものである。

淡々と流れる時間の中に込められた深く熱い想い。それをすっきりと表現したステキな映画。それが、この【8月のクリスマス】である。一人で見るのも悪くはないが、できれば好きな人と一緒に映画館で見たい映画である。

 

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2007年9月14日 (金)

暑さの夏は…

いつになく多忙だった今年の8月は、また平年以上に暑かった。特に、身体に疲れがたまり始めた8月の後半から、冷蔵庫にアイスクリームが欠かさず入っているようになった。つまり、それだけ毎日食べていた…ということでもある。

ウィスキーや泡盛は好きだが、だからといって甘いものが苦手というわけではない。アイスクリームやケーキ、チョコレートなども好きで時々食べている。この夏は、例年になく、たくさんアイスクリームを食べたという事で、先ほども、冷蔵庫にあったアイスクリームをペロリと食べてしまった次第である。まだまだ残暑が続く中、アイスクリームなしでは過ごせない…ということだろうか。

この夏アイスクリームを多く食べた理由は、もちろん暑い日が続いた事が最大の理由なのだが、もう一つ、マンゴー関連製品がカルピスなどの飲み物やアイスクリーム、ソフトクリームなどで流行していた事も大きい。マンゴーはけっこう好きで、あまり関連製品がなかった頃から市内のタイショップで時々マンゴージュースを買っていた。

ところが、この夏はソフトクリームやアイスクリームにマンゴー味が発売されて、手に入れやすい値段で店頭に並ぶ機会が多かった。そうなるとついつい手を出してしまう。特に、暑かった事も手伝って、100円前後で買えるマンゴーのアイスクリームは無くなると補充するような感じで週に何度かは買っていた。そのため、アイスクリーム癖がついてしまったようである。

それでも、このところ朝晩は涼しくなり、窓を開けて寝ると風邪をひきそうなくらいになった。店頭にあったマンゴーのアイスクリームもあまり見かけなくなったので、どうやらアイスクリームを卒業する日が近づいてきたようだ。と言いつつも、今日もつい風呂上りに1個食べてしまった。今月中には卒業できるだろうか……。

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2007年9月13日 (木)

劣化した自民党

今回の安倍首相辞任劇のドタバタぶりは安倍氏の首相としての資質の欠如を暴露すると同時に自由民主党の目も当てられないような劣化ぶりも白日の下にさらしてしまったようである。過去において自民党が長期政権を保ったのは、政権与党としての矜持を持っていたことと、派閥という党内野党の存在によって、党首を変えることで政策転換を可能にしたことが主な理由ではないかと考えられる。

党首の交代によって政権与党が交代しなくても政策が変化する…そんな例は、田中内閣から三木内閣、そして福田内閣への交代をあげることでイメージをつかめるのではないだろうか。それぞれが派閥の領袖として力を持ち、党内野党として別の考えを主張することで党首の交代によって政策の転換を内外にアピールする。従って、自民党に政権を任せておいても軌道修正が可能であり、実際に総理の交代によって政治の空気が一変した事を覚えている。

その時代の自民党であれば、参議院選挙の惨敗を受けて首相は辞任しただろうし、また自民党自体が惨敗した党首の責任をきちんと追及することのできる力量があり、跡を継ぐ人材もあったから、選挙惨敗党首の居直りと居座りは決して許さなかっただろう。逆に安倍氏の居直りと居座りを許してしまったことで自民党の政権党としての力量不足と劣化が明らかになり、今回の呆れた事態を招いてしまったのである。

思えば、強行採決の乱発も政権党としての力量不足の現われだったのかもしれない。政治的マキャベリズムからすれば、強行採決を完全に否定する事はできない。けれども、民主主義を標榜する政治システム上で考えれば、強行採決そのものはリスクの大きい劇薬で国の行く末を左右する緊急の際での使用のみが辛うじて歴史上の評価に耐えるに過ぎない。その意味では、日米安保条約の締結などは日本のその後の方向性を左右する決断であり、それが歴史的に正しかったかという評価は別にして、政治判断としてはある程度理解できる。しかし、例えば安倍政権による教育基本法の強行採決などは、日本のこれからの方向性を左右する重大な時期の急を要する決断では決してないし、世論も慎重な審議を望んでいた。従って、強行採決という決断は政治判断としては明らかに間違いであった。

慎重な審議を望む世論を無視して強行採決を乱発した結果、安倍政権は美辞麗句を並べても国民の声は無視して、弱者を切り捨て続けるのだ、ということを行動で示してしまった。自民党が強かった一人区で次々と議席を失ったのもある意味では当然と言えよう。政治家の言葉は、実行できてこそ重みが出るし信頼もされるようになる。美辞麗句を並べても、行動や結果でそれを裏付けなければ、結局、言葉は軽くなり信頼を失っていく。だからこそ、強行採決をするしかなかったのかも知れないが……。

このように分析してみると、自民党の劣化は目を覆うばかりである。ある意味では、素直に解散・総選挙をして出直した方が再生する可能性が出て来るかも知れない。けれども、人材が尽きている中で政権にしがみつく事だけを目的に悪あがきを続けていると、さらに劣化が進み、やがて崩壊へ向かうのではないだろうか。目先の欲望に左右されずに将来の党を見据えて決断できる人材が少しはいても良いと思うのだが……。

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2007年9月12日 (水)

今さら辞任しても…

ようやく、首相の資質を欠いた男が辞任の決断をした。政治家としてもう少しマシな資質があれば、参議院選挙で惨敗した時点で辞任を選択したであろう。そうすれば、まだ、「その後」の可能性はあった筈である。だが、この唐突な辞任によって、能力のない男が意固地になって政権にしがみついていたが、結局、困難な政治状況に対処できずに政権を投げ出したのだろう、ということになり、再登板は能力的にNGであることを自ら露呈してしまったと見られる。いっそ、国会議員も辞任すれば良いと思うのだが……。

加えて、このような無能・無責任な男を党首・首相にし、参議院選挙によって民意が明らかになった時点でも、茶番劇にすらならない続投を許してしまった自民党の政権担当能力の劣化も目に余る。民主党や他の野党に期待する訳ではないが、もう少し政権交代を活発に行うような形にする事で政党の甘えを一掃し、緊張感を持って政治を行う方向に持っていく必要がある。まずは衆議院を解散して総選挙を実施するのが筋だろう。

それにしても、強行採決の繰り返しと説明責任のゴマカシといった民主政治に対する無知と外交センスの欠如、決断力の不足、他者とのコミュニケーション能力の欠如など、よくもこれ程無能な政治家がいたものだと呆れ返ってしまう。対米売国政策を推し進めて一般の国民の生活を破壊しながら「美しい国」などと言える鈍感さは、ある意味、国宝級かもしれない。

ただ、政権を投げ出した安倍氏には関係ないだろうが、後を引き継ぐ者も間違った政策によって生活を破壊された国民もこれからが大変である。

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2007年9月11日 (火)

Take Me Home Contry Roads …Oliviaを聞きながら

Take Me Home Contry Roads/カントリーロード。カントリーロードという歌の題名を聞いて、誰の顔が思い浮かぶか…というと、実はジョン・デンバーなのだが、歌を作ったジョン・デンバーだけでなく、オリビア・ニュートンジョンもこの歌を歌っている。基本的には、ジョン・デンバーを聞くことの方が多いし、カラオケで歌う場合でも、ほとんどジョン・デンバーの方で入れるが、オリビア・ニュートンジョンのカントリーロードも、彼女の高く伸びる声を生かしたリズミカルなアレンジになっているのでけっこう好きである。

そんな訳で、時にはオリビアのカントリーロードを聞くこともある。若い一時期、学校へ通うために9年ほど故郷を離れていた事があり、その体験が、このカントリーロードという歌に一層心を動かされる理由にもなる。オリビア・ニュートンジョンも私もウェスト・バージニア出身ではないのだがこの歌を聴いていると懐かしい故郷の様々な風景が心をよぎる。我が故郷は海に囲まれた小さな町で、大きな山よりも白い砂浜や岩の切り立った磯浜、真珠いかだの浮かぶ深く波の静かな湾の眺めが思い浮かぶ。そんな町にも国道は走っていて、帰りのバスの窓から砂浜と灯台が見えてくると「ああようやく帰って来た」と思ったのを覚えている。まさにTake Me Home Contry Roadsである。

大学で卒論と研究論文を書き終えて、再び故郷の町に帰ってきてから、もう20年以上たつ。それでも、高校や大学の時に聞いたカントリーロードの歌の印象とこの歌への愛着は今も変わらない。ジョン・デンバーの温かで泥臭い味わいの歌声も良いが、時にはオリビア・ニュートンジョンの透き通った都会的な味わいのカントリーロードも良い。いずれにしても、愛する歌、カントリーロードである。

 

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2007年9月10日 (月)

競争のコスト

競争がコストを削減し、効率化を促す…といったグローバル資本主義経済の「神話」がある。だが、これが本当に事実か、ということになると、実はけっこう疑わしい。人やモノの移動による社会の変化や環境への影響をきちんと数値化して理論化した上で議論しているグローバル資本主義経済の話は寡聞にして耳にしたことも目にした事もないからである。

例えば、生産拠点を中国やアジアに移す事によって人件費を削減する…という話は、削減するのが人件費だけで日本の進んだ公害対策や環境対策の技術はきっちりと日本のレベルで現地の設備にも役立てていたら、マラソンの開催による選手の健康への影響を懸念しなければならないほどの環境汚染の問題は起こっていただろうか。実は、「人件費」の削減のみならず「環境対策費」の削減が可能だから生産拠点を海外に移しているのではないか…という疑問が出てくる。その点も含めて「効率」を考えれば、答えはおのずと変わってくる筈である。

また、「人件費」も、実はそれが家計の収入を増加させて可処分所得を増やすことで内需の拡大につながる以上、必ずしも問題とはならない。特に家庭の経済的安定が精神的な安定へとつながり地域社会の結びつきを強めて治安を改善していく…という効果を考えれば、それを削る事によって生じる治安コストの増加、精神的な健康のためのコストの増加など、収支は必ずしもプラスとは限らない。

自殺者が3万人を越えたまま一向に減少しない現実、うつ病など精神的疾患の増加という現実は、過度の「競争」によって生じたコストを企業や政治や社会がきちんと負担していないという事である。逆に、大企業・財界やグローバル経済学者は、そうした点をきちんと考慮に入れて経済を論じていないからこそ「コスト削減」や「効率化」が可能となっているのではないか。

競争が、不要というつもりはない。だが、競争を煽る事は社会全体にとってマイナス面、コスト高になる面があることをごまかしてはいけない。もっと「競争」のコストをきちんと考える必用があるだろう。

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2007年9月 9日 (日)

未来少年コナン…来年は滅亡の危機!?

久しぶりに「未来少年コナン」を第1話から見ている。このアニメはNHKで最初の国産アニメであると同時に宮崎駿が関わっているアニメでもある。冒頭のナレーションでは、西暦2008年に戦争と超磁力兵器によって、人類は滅亡の危機に瀕する。さすがに超磁力兵器までは開発されていないようだが、貧困問題や異文化への無理解を放置したまま「テロとの戦い」を続けていては戦火が暴走してしまう可能性がない訳ではない。そうならないように、努力できる事をしたいものである。

足の指先まで自由自在に動かせる野生児コナン。その動きはジャッキー・チェンの映画のように動きそのものがユーモラスでもある。だが、その背景に流れる文明批判はかなり辛らつである。そして、自然と共に生きる豊かさを教えてくれる。それに何よりも、コナンとラナの2人の深い信頼関係は感動的である。

ラナが絶対絶命の危機には、必ずコナンが現れる。そして、その驚異的な野性の力で状況を劇的に変化させ、ラナの危機を救ってしまう。でも、時々コナンもラナに助けられる事がある。「そんなにうまくはいかないよ」と心のどこかで思いつつも、「コナンのやることだから」と納得してしまう。そして、純粋にそれを楽しむ事が出来る。コナンにはそんな魅力がある。

心から笑って、ハラハラ・ドキドキして、大人たちの浅知恵を蹴散らして進んでいくコナンとラナ。2人の歩む方向に未来が開ける。多くを望まず、地に足のついた生活を大切にする。そこにこそ閉塞した現在を切り開く智慧が隠されているのかも知れない。

 

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2007年9月 8日 (土)

思いがけない花火

不登校・ひきこもり問題の講演と個別相談を終えての帰り道、道路がいつもよりも混雑していると思っていたら、伊勢に近づくほど混雑はひどくなっていった。明和町の辺りで行く手の空が光った。

花火だ。

どうやら、天候が悪くて延期になっていた伊勢神宮奉納の宮川花火大会が行われていたらしい。渋滞の理由が理解できたと同時に、渋滞のノロノロ運転を、横目で打ち上げられる花火を見ながら楽しむことにした。

いつもなら15分ほどで走り抜ける国道を半時間近くかけながらゆっくりと進む。たまには、こんな夜も良いものだ。

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2007年9月 7日 (金)

早すぎた落葉…ようやくできた詩

8月下旬締切の詩がどうしても書けず、悪戦苦闘していた。原因は、忙しさである。例えば、講演の原稿などであれば30分程度まとまった時間があれば、多少なりとも書き進めることは可能である。けれども、こと詩を書くとなると、物理的に1時間とか2時間あれば良いという訳にはいかない。通常とは異なったレベルの集中を必要とするからである。

だから、身体が疲れていたりすると、そこまで深い集中のレベルまでもっていくのは不可能だし、また必要な集中のレベルまで達するまで時間がかかるという事情もある。その結果、最初の1フレーズが浮かばぬまま時間だけが過ぎ、今日まで来てしまったのである。

それでも、少し早い時間に入った風呂の中で最初のフレーズが浮かんだ。その結果、風呂を出て1時間足らずで一気に書き上げることができた。ただ、もう少し集中できれば、また違ったものが出来ただろうという思いはある。しかし、今はこれで精一杯…というのも正直な気持ちだ。もう少し、時間が欲しいと心底思う今日この頃である。

 

   早すぎた落葉

 

残暑の国道バイパスを

一枚の枯葉がよぎる

まだわずかに残る緑色が

命の名残りを伝えている

 

確かに死は

それぞれの命に

平等に与えられている

 

けれども

死というゴールにいたる時間は

一つひとつの生命体によって

すべて

異なっている

 

短くても

充実した時を重ねた

納得のゴールもあれば

 

長くても

決断から逃げ続けた

悔いの残るゴールもある

 

いずれにしろ

他者が決めた運命ではなく

自分の選択が積み重なった結果である

 

短くても

充実した生を重ねたい

そう願いながらも

時は過ぎていく

 

早すぎた落葉は

対向車の風に煽られ

視界から消え去った

 

また

慌しい一日が始まる

 

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2007年9月 6日 (木)

シュピーゲル号…三つに分かれる宇宙船

「ウルトラマン」の放映が終わった後、その時間帯に放映されたのが「キャプテンウルトラ」である。キャプテンウルトラが仲間たちと共に宇宙に飛び出す時、彼らを乗せて宇宙ステーション・シルバースターから発進するのがシュピーゲル号。時として、三つに分離して敵と戦うことも可能な宇宙船である。

当時、ロケットと言えばアポロの宇宙船のように鉛筆型のようなイメージがあった。それが、このシュピーゲル号は四角い形で、さらに自由に分離もする。「カッコいい」、当時としてはそのヒトコトにつきる機体であった。

この宇宙船、50メートル程の大きさだが、バンデラーやガルバンをはじめとする巨大な怪獣たちとの戦いを繰り広げるかと思えば、最後には道の宇宙へと目指して飛び出していく。すばらしい性能である。

その後、「ウルトラセブン」に登場するウルトラホーク1号や「ミラーマン」のジャンボフェニックスなど、機体を三つに分離して戦う戦闘機が次々と登場するが、そのアイディアの先駆がこのシュピーゲル号と言えるだろう。

今でこそ、原子力エンジンで50メートル規模では太陽系を自由自在に飛び回るのも大変ではないか? などとツッコミを入れたくなるが、放映された当時は、宇宙への夢をかきたてるスマートな宇宙船だった。シュピーゲル号に乗って、宇宙へと飛び出したい…そんな気持ちにさせてくれた最初の宇宙船である。

 

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2007年9月 5日 (水)

母語を大切に

教育行政の揺れと混乱の中で小学校での英語の時間が問題になっているが、関わっているいくつかの教育現場の実態から考えれば、母語の重視をもっと考えるべきだと感じている。日本の学校現場の教科でいえば国語の充実ということになろう。

少し考えれば分かることだが、私たちは自分の母語によって考え、認識し、判断して、意見や思いを表現している。その意味で、社会認識の深まりやコミュニケーション能力の向上には母語を自由自在に操れることが必要不可欠である。ところが、例えば中学3年生でも句読点の扱いや助詞の使い方があやしい子どもたちが身近にいるが、彼らは、成績からいえば必ずしも下というわけではない。そういう現実の中では、相手の話の中身や文章が的確に理解できなかったり、言葉の使い方のミスで自分の思いを正確に伝えることができなかったりすることが少なくない。これは、考えている以上に大きな問題なのである。

また、母語を自由自在に使いこなせる力をきちんとつけておくことは、外国語の習得のベースともなる。先月参加した研究会でお茶の水大学の先生が講演していた内容によれば、母語を習得する重要な時期に外国で生活していた子どもたちは、必ずしもその国の言葉をきちんと身に付けておらず、逆に母語を習得した後に外国で生活していた子どもたちの方が母語も外国語も自由に使いこなせる例が多いということをデータを示して説明してくれた。これは、私自身の実感とも重なっている。

結局、国際化の時代であっても…というよりも、国際化の時代だからこそ、母語の獲得と母語を自由自在に使いこなす能力の向上を図ることが大切になる。それによって自分自身を確立すると同時に、自分の考えや思いを表現することが可能となるし、外国の人とコミュニケーションをとるときも、それが重要になってくるのである。

ところで、母語は必ずしも「国語」と同じではないことも同時に意識しておく必要があるだろう。宮澤賢治の詩には、岩手の方言をそのまま使うことによって作品にリズムと深みを出しているものがいくつもある。あるいは、旧友とのお喋りでも方言がからむと一気に時間を飛び越えて親密な雰囲気ができる。言葉は文化でもある以上、方言はその地域の歴史と文化の土台となっているのである。

確かに、国際化の時代にあって、英語を使いこなせると非常に便利である。だが、英語で話すためには、会話を展開できる自分自身の知識や思想がそれなりにあることが大前提である。小さい頃から英語に馴染んだとしても、思いや考えのベースとなる母語を十分に使いこなせていない人間は自分自身はもちろん、「日本」を伝えていく能力がない。伝えていく内容としての「自分」や知識・文化を持っていないからである。

だからこそ、母語を大切にしなければならない。必用なのは、英語をどうこうという以前に、国語そのものをおろそかにしてはいないか、あるいは地域をおろそかにしていないか、という視点である。

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2007年9月 4日 (火)

夏の疲れは?

仕事場で、1人、体調を崩したのか、午後から休みを取ったようである。特に忙しかった8月は何とか乗り切ったものの、みんなかなり疲れがたまっていたようで、週末にマッサージに行ったというような話も耳にしている。もちろん、私自身も例外ではない。特に、先週の金曜の夜はダウン寸前だったように思う。

若い頃はそれでも、一晩ぐっすりと眠れば疲れは取れた。だが、今はさすがにそうはいかない。逆に、疲れがピークを越えると長時間寝られなかったりもする。それでも、毎朝早起きしなくても良くなったことが精神的な負担を軽くしたのか、何とか土曜日から月曜の朝までの睡眠である程度体調が戻りつつあるようだ。

とはいっても、まだ完全という訳ではない。職場の仲間からグチを聞かされるような時間も時々あって、みんな心身ともにハードな8月であったことがうかがえる。ただ、他者のグチを聞いてあげられる程度には精神的な余裕は残っていたようで、幸いだと思う。

本当に大変な場合は、身体の不調が心にも悪影響を及ぼすし、また逆に心の不調が体に悪影響を及ぼすこともあるので、悪いスパイラルに入ってしまうと心身の状態は恐ろしい勢いで悪化してしまう。そこまでには至らなかったのは幸いなことだと思う。

ただ、こうした状況では、詩は書けない。秋に発行する雑誌の締め切りは終わっているのだが、どうしても詩を書けるまでの集中が得られない。週末までには何とかしたいのだが……。

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2007年9月 3日 (月)

旅愁…岩崎宏美の愛唱歌集より

中学時代、音楽の時間に習った歌の中でけっこう好きな歌がいくつかある。この「旅愁」もそんな歌の1つであり、時にはカラオケで歌うこともある。作詞/犬童球渓、作曲/J.P.Ordway。この「旅愁」を含め、「赤とんぼ」「椰子の実」「浜辺の歌」「夏の思い出」といった懐かしい歌を集めた「愛唱歌集」というアルバムを岩崎宏美が出している。

 

 

更け行く秋の夜 旅の空の わびしき思いに ひとりなやむ

恋しやふるさと なつかし父母 夢路にたどるは 故郷(さと)の家路

更け行く秋の夜 旅の空の わびしき思いに ひとりなやむ

 

 

編曲はいずれも青木望。アニメ「銀河鉄道999」のTV版や1作目の映画の作曲を手がけていることもあり、割と好きな音楽家である。

懐かしい歌を、岩崎宏美がさらりと歌う。鮫島有美子などのクラッシックの歌手とは一味違う歌謡曲的な軽さが新たな歌の魅力を引き出してくれる。外からは、虫の声も聞こえ始めた。まだまだ残暑の残るこの時期に、じっくりと秋の風情を味わうのは難しいかもしれないが、岩崎宏美の「旅愁」でも聞きながら、秋の気配を楽しみたいと思う。

 

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2007年9月 2日 (日)

政権担当能力のない総理

7月の参議院選挙において国民から「No !」を突きつけられながらも辞任せずに居直り、政権にしがみついている恥知らずな安倍総理の3人目の農相にまたまた「政治と金」の疑惑が出てきた。よくもまあ、これ程愚かな人選を立て続けにできるものだ…と呆れるのを通り越して驚いてしまう。つまり、政権担当能力がない、という事なのだろう。

よく、野党の政権担当能力を疑問視する声を聞く事がある。が、逆に、安倍内閣の政権担当能力の無さを見れば、野党の「政権担当能力」がどうであろうと安倍政権程度のことは最低限できるように感じられる。これまでの経緯を見れば安倍首相の政権担当能力の無さはあまりにも明白だからである。

だから、1度、野党に政権を渡せば良い。そして、野党がもっとバカなことをすれば、改めて引き摺り下ろせばいいだけの話である。ミスをすれば、政権から引き摺り下ろされる…そんな緊張感があってこそ、政治は良くなっていく。現状を冷静に見れば、たとえ共産党が第1党になったとしても、日米関係や経済政策などを急激に変化させるなど不可能だろう。その意味で、自民党政権を下野させることを必要以上に怖がることはないのである。

民主国家、先進国として恥さらしな安倍首相は、この際、さっさと辞任してもらいたい。安倍内閣が居座る期間が長くなるほどピントの外れたおかしな政策や間違った法律が出され、後での修正が一層厄介になるだろう。国民に主張するほど安倍首相に愛国心があるのであれば、まずは辞任・内閣総辞職が国を守るために必用な急を要する大切な選択である。

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2007年9月 1日 (土)

アイル・オブ・ジュラ、そしてローズバンク

午後からの大学での研究会に続き、明日はカウンセリングの講座が入っているので、今日も津での1泊ということになった。ということで、今夜もJOE'S BARへ出かけて、シングルモルトを味わった。津での宿泊の楽しみは、ここのところ数杯のウィスキーとなっている。

今日の1杯目はアイル・オブ・ジュラこのところの疲れで酔いが早いようだが、宝石のようなシングルモルトの味わいは心地よく疲れを癒してくれる。香りを味わい、一口、口に含む。何ともいえない琥珀色の至福の時間である。一口一口をゆっくり楽しみながら飲んでも、何口か飲めばショット・グラスは空になる。このまま眠るまで飲んでいたい気がしないでもないが、来週の講演の原稿がまだ完成していないこともあり、2杯目はローズバンクにした。とは胃っても、今日はシグナトリー・ヴィンテージのローズバンクにする。軽く上品な「カワイイ女の子」的味わいの中にもこだわりが感じられる。ここで止めれば、何とか原稿を考えるくらいはできそうである。

これで終わりにする、と心に決めて、ジックリとローズバンクを味わう。芳香が口の中を満たし、喉を淡い琥珀の液体が滑っていく。BGMはジャズ・バンドの生演奏。割とオーソドックスな音がローズバンクの可愛らしい味わいと重なる。こういうゆったりとした時間は久しぶりである。明日も、それなりに予定は詰まっているが、このゆったりと流れる琥珀の時間が全てを許すゆとりを心に回復させてくれる。

酒に飲まれるのではなく、酒を味わい、酒を楽しむ。このような接し方を貫けば、酒は人生における親友であり得る。このような関係を一生続けたいと思っている。

 

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