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2007年9月20日 (木)

たとえば ぼくが死んだら…森田童子「ラスト・ワルツ」より

1980年に発売された森田童子のアルバム「ラスト・ワルツ」の中に「たとえば ぼくが死んだら」という歌がある。とてもきれいなメロディーで、1度聞くと、そのままひきこまれてしまいそうな怖い優しさに満ちている。

 

 

たとえば ぼくが死んだら そっと忘れて欲しい

淋しい時は ぼくの好きな 菜の花畑で泣いてくれ

たとえば 眠れぬ夜は 暗い海辺の窓から

ぼくの名前を 風にのせて そっと呼んでくれ

 

 

人は誰もが、いつの日か死を迎える。その時に、何を思うのだろうか。自ら生きた証を多くの人々の心に刻み付けたい…とまでは思わないが、親しかった人々には、時々、自分のことを思い出してもらえるとうれしい。そんなささやかな思いは確かにある。そして、そのような形の死は、もしかしたら幸福かも知れない。

けれども、人が生き続けていれば、知らず知らずのうちに他者を無自覚に傷つけてしまう事は少なくないし、そのために怒りや深い恨みをかうこともある。そして、その事実にすら気付かない事もあるのだ。だが、そうした暗く重い部分も含めて、1人の人間の人生はある。だからこそ、この歌が心に強く響くのかも知れない。

親しい人々に時々懐かしく思い出してもらえて、そしてその人々がなくなれば忘れ去られてしまうような生き方…。押さえきれない怒りや、死んだ後も他者の心に重く留まる恨みとは無縁の、いつの日か人々に忘れてもらえるような生き方…。それは、泡沫のような一生かも知れないが、宙に漂い虹色の光を反射させながら揺らいで、やがて静かに消えていくシャボン玉の美しさに似ている。

彼岸の入りには、こんな歌を聴きながらひとときを過ごすのも良いかも知れない。

 

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