« 無理をせずにサボらずに | トップページ | 「ドラえもん」を使って »

2007年10月 6日 (土)

加害者と被害者

自分自身の罪ときちんと向き合い、それを認めた加害者は、意識や考え方が大きく変わるので、再び同じような罪を犯すことは少なくなる。彼らはまた、被害者に対してもきちんと向き合おうと努力をする。一方、自らの罪と向き合わずに目を背け続ける加害者は、その罪をごまかしたり、矮小化したりして、なかなか本心から認めようとはしない。したがって、意識や考え方は変化していないので、2度3度と同じ罪を犯すことがある。当然、被害者の訴えには目を逸らし、被害を矮小化しようとして返って被害者の怒りと反発を買う。

被害者の方は、簡単に被害を忘れることはない。たとえ、加害者の事を許したとしても……。日本人は、広島・長崎の原爆投下を忘れない。それは被害者だからである。では、沖縄のことはどうか。集団自決の記述に対しての教科書検定で、沖縄の怒りが爆発した。当然のことだと思う。命令書や「個人の命令」の有無といった問題ではなく、相せざるを得ないような状況に日本と日本軍が追い込んだのである。だから、沖縄戦においては、日本と日本軍も加害者である。

個人的な命令の有無、は確かに裁判でも争われている。だが、それを根拠に記述を削除するのは、明らかに罪・問題の矮小化を図っている。罪にきちんと向き合えない加害者の心理としてはあり得る反応だが、それが根本的な解決にはつながらないのは自明である。それでは、被害者である沖縄は許す事はできない。当然の事だろう。

沖縄だけではない。従軍慰安婦問題をはじめとする第二次世界大戦/日中、太平洋戦争に際しての日本の罪と、政府は…そして国民はきちんと向き合ってきただろうか。人間としての存在の質が問われている。

|

« 無理をせずにサボらずに | トップページ | 「ドラえもん」を使って »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/120394/8264671

この記事へのトラックバック一覧です: 加害者と被害者:

« 無理をせずにサボらずに | トップページ | 「ドラえもん」を使って »