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2007年12月 4日 (火)

ねじれ国会は問題?

国会は、国権の最高機関であると共に唯一の立法機関であると憲法に規定されているが、最近「ねじれ国会」という言葉が新聞やテレビを賑わしている。だが、問題なのは小泉政権から安倍政権にかけての議論を圧殺した暴走国会の方なのではないだろうか。現に、ねじれ国会であるがゆえに、様々な議論をきちんと積み重ねなければ先へは進まない。

だいたい、年金問題にしても国会での議論の中でかなり問題点があぶりだされてきたにも拘らず、修正することなしに「多数決」によって議論を拒否して問題の多い法案を成立させてしまったのは小泉内閣である。そのツケが、現在の年金問題になったのではないか。その意味においては強行採決を連発した安倍政権の罪は重い。強行採決をした法案はすべて議論をしなおす必要があるかも知れない。

国会の意味と役割を考えれば、徹底的に議論を重ね、問題点を修正した上で、その時点において最善の法律を作ることが大切である。だから、衆参両院で議決が分かれた場合は、両院協議会を開いて「修正案」を作成し、国民の幸福の増進と国の将来のためによりbetterな法律を作成するのが本来の国会の姿だろう。

そうした点を考えれば、ねじれ国会は問題ではない。修正案を作れないことこそが問題なのである。国会は、話し合いの場であると同時に、党派や一部の人々の利益のためではなく、すべての国民のためになる最高機関としての責任を持っている筈である。衆参の議決が異なることは、問題点を明らかにして議論を深めるチャンスである。国権の最高機関として、その辺りを再確認した上で、慎重に議論を進め、どんどん「修正案」を可決していってもらいたいものである。

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