« 走れ!! サイクロン | トップページ | タレントよりも政治家の言葉を追求すべき »

2008年2月 7日 (木)

『ルポ 貧困大国アメリカ』を読む

ブッシュ政権の暴走と世界レベルでの格差の拡大による問題が人類の文明を危機に向かわせていると感じることが最近は多い。その一方で、今までに出会っているアメリカ人の思いや考えには共感を覚えることも少なくない。このギャップの原因を考えるに際して、ブッシュ政権がアメリカ人民のための政治を行っていないことによるのではないか、と何となく感じていたが、それが正しかったのだ、ということを様々な実例によって示してくれたのがこの本である。

例えば、マイケル・ムーアの「ボーリング・フォー・コロンバイン」や「華氏九一一」などの映画は、低所得者層がいくら働いても十分な収入が得られず、家族と共に過ごす時間を奪われてしまい、子どもたちにとって家庭が安心できる場ではなくなって心の安定が失われていく現実や、働き口がないために軍隊に入り、戦場へと送られる一方で、戦争を決定した人々が、誰一人として身内を戦場に送っていないという矛盾を、映像を通して分かりやすく見せてくれる。が、この本を読んでいくことで、それらがバラバラの問題ではなく、構造的なものである……ということが浮かび上がってくる。産業の空洞化と収入の低下による家族・地域の崩壊と、医療・教育システムの「民営化」による社会権・生存権の圧迫が低所得者層に「軍」以外の就労の選択肢を失わせ、望んでもいない戦争に駆り出される。その結果、戦場での「人権侵害」と「環境破壊」が連鎖的に拡大していく。だが、一部の企業のみは、そうした破壊と荒廃の上に莫大な利益を積み上げている。ある意味では、何ら生産に寄与する事なく大量に「消費」を続ける「戦争」は、戦いに必要な「商品」の生産に関わる企業にとっては莫大な利益を約束してくれる「オイシイ商売」なのである。

ブッシュ政権の政策は、大企業や投資家を優遇することによって、国際的な金融資本主義の経済戦争で「アメリカ」の優位をもたらしたが、それは同時にアメリカの医療制度や社会保障、教育制度を解体して中産階級を壊滅させ、多くのアメリカ人民を、健康に働き続けなければ生活そのものまで危うくなるような余裕のない状態に追い込むものであった。つまり、「アメリカ」の利益が、アメリカ人民の幸福を奪い、さらにそれがより多くの世界の人々の生活や生存権を圧迫する方向へとつながってしまう状況を生み出してしまったのである。

企業や投資家の「利益」を最優先に考えた時、「安全」や「環境」や「人件費」などは、「利益」を圧迫する「負担」となる。それを抑制できれば、短期的には「利益」を上げられるが、長期的な視野に立てば、地域や人々の生活を荒廃させ、環境を悪化させて、「拠点」と「市場」を別の場所に移す必要が出てくる。その「別の場所」でも同じ事を繰り返せば、後には次々と「荒廃」だけが残り、その面積を広げていくだけとなる。けれども「別の場所」は無限に存在する訳ではない。グローバル化の進展の中で、地球はどんどん狭くなっている。「別の場所」はどんどん無くなりつつあるのだと言えるだろう。そうした意味からすれば、ブッシュ政権の「アメリカ」が依拠している経済構造はすでに限界が見え、方向の転換を図らない限り、人類を滅ぼしてしまう危険でやっかいなものなのである。

そしてそれは、我々日本人にとっても、決して他人事ではない。小泉~安倍~福田と続いている自公連立政権は、ブッシュ政権の「アメリカ」の言いなりで、国民の利益よりも「アメリカ」の利益のためになる政策を推し進めている。この流れに抗い、新しい道を摸索する事は、私たち自身のみならず、日本の未来、人類の未来について考え、それを守る事にもつながっているのである。

               〔完〕

【TEXT】
  『ルポ貧困大国アメリカ』
      堤 未果 作 2008年 岩波新書1112

|

« 走れ!! サイクロン | トップページ | タレントよりも政治家の言葉を追求すべき »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/120394/10319133

この記事へのトラックバック一覧です: 『ルポ 貧困大国アメリカ』を読む:

« 走れ!! サイクロン | トップページ | タレントよりも政治家の言葉を追求すべき »