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2008年5月31日 (土)

仮面ライダーSPIRITS…ストロンガー・スカイライダー・スーパー1

村枝賢一の描く『仮面ライダーSPIRITS』の第3巻に登場するのが、ストロンガー、スカイライダー、スーパー1である。そして、ストロンガー編では、今は亡き小林昭二さんの演じた立花藤兵衛=おやっさんも出てくる。パイプを加えた表情など、往年のおやっさんの姿が目に浮かぶ。何とも言えない登場である。

ストロンガー編の冒頭、謎の組織の暗躍に対し、滝和也は、インターポールの選任捜査官・三影英介と共に立花レーシングクラブを訪ねる。そこでは、ストロンガー城茂が、毎日、岬ユリ子の墓に花を供えながら立花藤兵衛と共に暮らしていた。その城茂を村雨を指揮官とする改造人間の一団が襲う。城茂はストロンガーに変身して戦うが、電パンチも電キックも彼らには通じない。そこで、チャージ・アップによる超電ドリルキックによって敵の1人を倒すが、村雨には通用しない。ボロボロになっても戦い続けるストロンガーは、岬ユリ子・タックルが自らの死と引き換えに敵を倒したウルトラサイクロンを使う。全滅する敵サイボーグ。だが、インターポールを裏切った三影は、村雨の頭を持って敵組織に入る。村雨は後に10号ライダーZX(ゼクロス)となり、三影はZXのライバル・タイガーロイドに改造されることになる。

スカイライダー編では、北欧を旅する筑波洋が古城でフレイアという娘と出会う。フレイアの兄フレイは、妹と共に科学者である実の父の手によって改造され、さらに謎の組織はフレイをドクガロイドに改造していた。謎の組織はフレイア兄妹の父親の毒に関する技術に目をつけ、彼を引き込もうとしてドクガロイドを送る。ドクガロイドの猛毒の燐粉に、スカイライダーも重力低減装置を犯され墜落してしまう。フレイアの父は彼女の解毒能力を更なる改造によって強化しようとする。そして、彼は謎の組織からの誘いにも魅力を感じていた。自分の子どもよりも毒の研究を優先しようとする良心を失った科学者の父親の姿にドクガロイドは彼を殺してしまう。スカイライダーは警備の人々やフレイヤのために再びドクガロイドに挑み、大回転スカイキックでドクガロイドを倒す。

スーパー1編は、沖和也が仲間と共に建設に取り組んでいる月面基地をアメンバロイドが襲う。和也の所属するチームは辛うじてスペースシャトルで月面を脱出するが、大気圏突入の角度を狂わされてしまい、シャトルもろとも燃え尽きる危険の中、スーパー1は単身で外に出て、重力コントロール装置と冷熱ハンドを使ってシャトルを救おうとする。その姿にシャトルの乗組員たちも希望を取り戻し、生還のための努力を続ける。だが、海面に何とか着水したシャトルを再びアメンバロイドが襲う。老いの衰えを改造人間になることによってカバーしようとした拳法家であるアメンバロンド。力を自分のためだけに使おうとした男に、スーパー1の赤心少林拳が炸裂する。

改造人間として生身の身体は失っても、人間の心を失わず、人々を守るために戦おうとする仮面ライダーたちの思いと、彼に関わり続ける人々の思いの強さが胸を打つ。そして、4巻以降のZX編でも、一人ひとりのライダーたちの壮絶な戦いが胸に迫る。その前哨戦としての意味を持ちながらも、ひとつひとつの物語が胸を熱くする第3巻である。

 

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2008年5月30日 (金)

1杯だけ飲んで…

急な会議で少し前に帰ってきたが、今週は特に疲れを感じていて、睡眠不足気味でもある。明日と明後日は、土日とは名ばかりで、連続して津に行く予定が入っている。特に明日は、8時前には自宅を出る必要がある。だから、身体のことだけを考えれば、さっさと風呂をいって寝るのが一番なのだが、このところ、健全(?)にも、あまりアルコールに付き合っていない。ご存知のとおり、身体に良いことは、時として心に悪い場合がある。スコッチと泡盛を愛する身としては、あまり飲まない日が続くのも心に悪いので、昨日に続いて今日も、1杯だけショットグラスで泡盛を飲むことにした。

少量でも、良い酒はじっくり味わって飲むのが良い。その五臓六腑にしみわたる感覚がうれしい。本当は、1杯と言わず、2杯、3杯と飲みたいところだが、疲れた身体にあまりたくさん飲むと悪酔いをする可能性が高くなるし、そうなるのは酒に悪い。それに、明日の予定のことを考えると、ここはぐっと我慢をした方が良さそうだ。

幸いなことに、今のところは、この1杯で何とか自制するだけの精神力は何とか残っている。スケジュールからすれば、来週もそれほどゆったりとは出来そうにないが、毎日飲まない程度に、酒を楽しむ時間は作りたいと思う。今日は、この1杯の泡盛で眠ることにしよう。【くら】はやはり美味しい。

 

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2008年5月28日 (水)

睡眠時間が…

土日にいろいろと予定が入り、忙しくなってきている。そのため、ここ数日も、睡眠時間が少なめだ。もともと、徹夜するほどの体力はなかったが、最近は歳のせいもあってか、睡眠時間が6時間をきる日が続くとけっこう辛い。その意味では、この辺りである程度睡眠時間を確保しないと、週の後半が辛くなりそうである。

特に、この土日は、続けて津まで出て行かなければならない予定になっている。車を使っても、往復で4時間を越える道のりを2日続けてだから、注意しないと疲れがたまり、来月にも尾を引きそうな感じがする。完全に休むことは難しいにしても、無理をして体のバランスを壊さないように注意したいところである。

体調が悪くなると、感覚や感性も鈍ってくる。久しぶりに新作の詩を何本か続けて書くだけのゆとりを確保できた4月~5月の状態を維持するのは難しいかも知れないが、月に1本程度でも、何かの形でまとまった「作品」を書けたら良いと思う。

だが、心と身体はつながっている部分がある。忙しさのために睡眠不足を削る、などの無理を重ねれば、身体のストレスが確実に心にも悪影響を及ぼしてくる。そうなってしまうと、小説や童話どころかエッセイや詩も書けなくなってしまうに違いない。歳相応に身体を労わりながら、何とか、創作することが可能な程度に心の状態を落ち着けておきたいと思う。

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2008年5月24日 (土)

衆議院優越の理由

日本の国会は二院制を採っており、衆議院と参議院に分かれている。このうち、衆議院は任期4年で解散があるが、参議院は任期6年で3年ごとに半数を改選する。従って、衆参の両院が同日選挙になっても参議院に半数の国会議員がいるため緊急の場合は国会で議論して決定することも可能である。

それに加えて二院制を採用しているのは、それによって慎重な審議を行う為であり、両院の議決が異なる場合は両院協議会を開き話し合う。それでも決定できない時は、衆議院が3分の2以上の多数で再可決すれば衆議院の決定が国会の決定となる。他にも予算の先議など、いくつか衆議院の力が強くなっているものがある。

この衆議院の優越だが、それを認めているのは、衆議院の方が任期が短く、しかも解散もあるので、衆議院の方が民意/世論を反映しやすいから、という理由による。これは、国会議員が国民の代表であり、民意を反映しなければならない存在であるという【常識】かつ【大前提】がある。【常識】かつ【大前提】である以上、それをわざわざ法律に明記する必要はない、と考えたのが、日本国憲法を作った人々や議論した当時の国会議員であろう。

だが、この【常識】かつ【大前提】を知らない無知な議員を擁する党が国会で多数を握り、国民の思いや意思を無視した政治を行うようになった。安倍政権とそれに続く福田政権がそれである。参議院選挙での大敗北によって民意は示された。それ以降の政権は、民意・世論を無視した法律や決定を次々と行っているが、これは日本国憲法の精神を踏みにじるばかりでなく、この間違った流れを是正するのに多大の年月と費用を必要とする反国民政権と化している。

マスコミも「KY(空気が読めない)」などと茶化していることがおかしい。その責任を全うする気迫と覚悟があるならば、「世論に反する暴走ファシズム政権」として徹底的にキャンペーンをはり、解散総選挙に追い込まなければならない。それができなければ、「マスゴミ」などと呼ばれても仕方がない。

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2008年5月22日 (木)

そろそろ編集を…

文芸同人誌の編集を引き継いでいる関係で、そろそろ原稿が届き始めた。前号の発行が遅れに遅れてこの3月だったので、メンバーも今ひとつ締め切りの意識が薄いようだが、実は、先月末が次号の原稿締め切りだったのである。

昨年度は、今までになく多忙を極めた為に、編集自体が夏ごろまでずれ込んだが、原稿そのものも集まりも悪く、結局、夏の号を出せずにいた。それで冬の号…といく筈が《春》の号となってしまったのである。

ただ、今年度は、昨年度よりも少し余裕がある。自分自身も、いくつか詩の新作を書いているし、今日は少し時間もあったので、一時間半ほど仮眠してから簡単にできるものから手をつけ始めた。本格的には、また何人かの原稿が届いてから進めたいと思うが、とりあえず、5月のうちに編集を始められたのは喜ばしい限りである。

何とか、《夏》の号として発行したいと思うが、原稿が集まらなければずれ込むし、仕事が忙しくなる時期との調整がうまくいかなくなれば、これまた遅れることになる。ただ、昨年と比べると、時間的にも精神的にも多少余裕はある。一昨年までのペースを取り戻し、何とか、年2回発行…に戻したいものである。

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2008年5月18日 (日)

おぼろ月夜

夜空を眺めると薄くかかった雲のために星が見えず月もぼんやりとかすんでいる。風もなく、暖かな5月の夜である。星の夜は星の美しさに心が満たされ、雨の夜は雨音に風情を感じ、そしてこんな風に月がかすんだ暖かな夜は、そのやわらかな時間を楽しむ。そんな風流を愛する心がかつての日本にはあったのだ。

そんなことを考えながらぼんやりと月を眺めていたら、何となく心に流れてきた歌があった。「おぼろ月夜」である。小学校か中学校で歌った記憶があるが、興に乗ると時々カラオケで歌ったりもする。「おぼろ月夜」や「早春賦」、「旅愁」、「ローレライ」といった小中学校で歌った歌は高得点をたたきだし、ビールを1本(実はビールは飲まないのだが…)getすることも少なくない。「サンタルチア」で99点をとったこともあるのだ。そんな風に歌ったりもするが、我がCDコレクションの中にも、この「おぼろ月夜」の入っているアルバムがある。さだまさしの【にっぽんⅡ~通りゃんせ~】である。

 

菜の花畠に 入日うすれ 見渡す山の端 かすみ深し

春風そよ吹く 空をみれば 夕月かかりて 匂い淡し

里わのほかげも 森の色も 田中の小道を たどる人も

かわずの鳴く音も 鐘の音も さながらかすめる おぼろ月夜

 

 

春の暖かさが心いっぱいに広がる。心に浮かぶ一つひとつの情景が懐かしく優しい。スケジュールに追われる慌しい日々の中で、ぽかんとできた穏かなひととき。こんな夜は、ぼんやりとかすんだ月を見ながら、「おぼろ月夜」を口ずさむのもたまにはいいかも知れない。

 

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2008年5月15日 (木)

5.15事件

今日は5月15日。76年前の1932年の今日、当時の内閣総理大臣であった犬養毅が陸海軍の軍人たちに襲われ、殺された。5.15事件である。この5.15事件と4年後の2.26事件によって、大日本帝国憲法下の大正デモクラシーの時代に花開いた近代政党政治は終止符を打たれることになり、日本は、軍国主義と戦争への道を突き進んでいった。

もちろん、5.15事件は突然起こった訳ではない。前年の1931年には、軍部によるクーデター計画が発覚し、一般の人々の目には届かぬまま処理された、3月事件と10月事件が起こっているし、1932年の2月から3月にかけては井上準之助や團琢磨が暗殺される血盟団事件も起きている。背景には、軍部青年将校たちの政党政治や財閥に対する不満や怒りがあった。

金融恐慌から世界恐慌へ、そして昭和恐慌へと、途切れることもないほど続く大不況の中で、国民の生活は疲弊していた。そして、第1次世界大戦後の世界的な軍縮の動きの中で軍部の不満は爆発寸前であった。それでも、政党政治に国民の絶大な信頼があったとしたら、政党政治は、これほど簡単には消滅しなかっただろう。だが、そうならなかったのは、国民の多数が「政党政治によって私たちは幸福な生活を送れるのだ」という実感を持てない現実があったからである。国民が政党政治を信頼する気持ちを強く持っていれば、軍部の暴走に対しても大きな圧力となっていただろう。そうならなかったからこそ、軍部の暴走ができたのである。

そうした背景を考えたとき、5.15事件は、「むかしのこと」と片付けられない。我々は、もっともっと歴史に学ぶ必要がある。

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2008年5月13日 (火)

非法治国家・日本

またまた政府・与党の暴走による再可決が行われた。与党の言い方では、法律よりも、閣議決定の方が効力が強くなってしまう。違憲判決に対する無視を決め込む例もつい最近のことであるし、日本は、ますます法治国家ではなくなりつつあるようだ。憲法も、法律も、行政の暴走には歯止めをかけられないのだから、既に、法治国家ではなくなっている。

そもそも、道路特定財源の使い方の反国民的行為が明らかになっているにも関わらず、使い道を洗い直しもせずに再可決するなど、国会の役割放棄である。そして、それを行っているのは、本来、郵政民営化の是非のみの決定権を国民から託された衆議院であり、その衆議院の「安定多数」はその後の参議院選挙や衆議院補選の結果からしても、民意に反している。これは、政府・与党の暴走であり、民主国家の国民に対する政府・与党のテロ行為であるとも言えよう。

近代民主主義の理念からすれば、このような反国民的政治権力は、暴力によって倒されてもかまわない…ということになる。個人的には、今の時点でそこまで踏み込むことには躊躇するが、すでに、政府・与党は、「国民との対話」という回路を閉ざし、どれほど矛盾や問題点が明らかになっても、自らの暴走路線を改めようとしない。「話せばわかる」という信頼感と立場や利害の違いを認める謙虚さが民主政治の根底に必要であるにも関わらず、現政権は「問答無用」で突っ走っている。「話してもわからない」ならば、「話しても無駄」となり、「問答無用」となって、あとは暴力の応酬しかない。これはテロの論理である。

日中戦争から太平洋戦争へと続く昭和の戦争は、政治の腐敗を改められない「デモクラシー」への絶望が5.15事件や2.26事件といったテロを呼び、それが軍国主義化に結びついて、《大日本帝国》を崩壊させた。福田内閣の暴走は、政治への嫌悪感と絶望を招き、テロを容認する空気を生み出しかねない。とても危険な状況だと言えよう。

にも関わらず、マスコミの動きは鈍い。それどころか、「大本営発表」を垂れ流し続けた戦前のマスコミと同じような泥沼に自らは入って行こうとしているようだ。批判精神を忘れ、権力におもねるだけのマスコミならば、百害あって一利なし、である。そうした現実に、マスコミは気づかないのだろうか。それとも、自ら目と耳を塞ぎ、滅びへの道をひた走っているのだろうか。

日本は、再び法治国家に戻らなければならない。法治国家を破壊する福田政権、自公連立政権は要らない。

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2008年5月11日 (日)

酒を飲まなかった休日

GWからこの土日まで、多少間をおいてではあったが、仕事の少ない休日が続いた。今年は例年になく、GWにも予定は入らなかったが、疲れもたまっていたためか、家でダラダラと朝寝坊を決め込むことが多かった。ところが、振り返ってみると、29日からずっと酒を飲んでいない。これだけ休みが続いていたにも関わらず、ウィスキーも泡盛も、1滴も飲まなかったというのは本当に珍しい。

別にアルコール依存症という訳ではないし、毎晩、晩酌を…ということもない。ただ、酒は嫌いではない。特に、スコッチのシングル・モルトと泡盛のクースは良い。ちょっと癖のある香りや味わいを楽しみながら軽く数杯いただく…というのは至福の時間である。だが、せっかく休みが多少まとまってあったというのに、酒を1滴も飲まなかった…というのは少し悔しい。予定として、出かけていくことはなくても、研究会や集会の案内を作ったり、文章や詩を書いたりしていて、ゆったりと酒を飲む心のゆとりがなかったのだろう。

だが、そのことに気づいてしまった今夜は、このまま大人しく眠るという気にはなれない。久しぶりに泡盛でも楽しんでから、今夜は眠りにつこう。

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2008年5月 6日 (火)

仮面ライダーSPIRITS…ライダーマン・X・アマゾン

村枝賢一が「マガジンZ」で連載を続けている「仮面ライダーSPIRITS」は現在14巻まで単行本化されているが、その2巻に登場するのがライダーマン、Xライダー、アマゾンライダーである。ライダーマンは、他の仮面ライダーたちのように、全身を改造されている訳ではない。そのライダーマンだけのエピソードが入っている…という意味ではTVや原作マンガにもない珍しいパターンである。ただ、仮面ライダー1人ひとりへの作者の愛情が伝わってくる。

ライダーマン編では、記憶を失って南の島に流れ着いた結城丈二を追って、島にインターポールのアンリが現れる。アンリは結城がデストロンの科学者であったことを知っているが、彼がデストロンと決別して、命をかけてプルトンロケットを安全な場所で爆発させた行動を知っていても完全に彼を信用しているわけではない。だが、ライダーマンを追ってヨロイ元帥のクローンが島を襲ったとき、彼はマスクを手渡されてライダーマンとしての自分を思い出す。他のライダーたちと違って、全身を改造していないライダーマンにヨロイ元帥/ザリガーナは倒せるのか。ライダーマンはパワーアームやドリルアームの攻撃を集中してヨロイ元帥の硬い殻に穴をあけ、そこからマシンガンアームで銃弾を打ち込む。殻の固さが禍して、ヨロイ元帥の体内で銃弾が跳ね回り、ライダーマンは1人でヨロイ元帥を倒す。そして、ヨロイ元帥に襲われたアンリを助け、取り戻した記憶と共に、再び戦いの場へと赴くのである。

Xライダー編では、滝和也とXライダーが出会う。ライダーたちを探してヨーロッパの港町に現れた滝和也は、地元の偏屈な漁師の手伝いをする神敬介と出会う。港町に起こる謎の事件はバラロイドの仕業であった。バラロイドと銀のドクロの謎を追って神敬介と滝が動き出す。決戦は、深海作業用のカイゾーグであるXライダーらしく海である。銀ドクロの妖しい力を突き破って炸裂するXキック。Xライダーの魅力を引き出すストリーである。

そして、アマゾンライダー編では、天才少年科学者の案内人としてギアナ高地に向かうアマゾンに、天才少年科学者の頭脳を利用しようとするトカゲロイドが襲い掛かる。孤独な天才少年科学者とアマゾンとの心の交流と友情がトカゲロイドの野望を打ち砕き、アマゾンは新たなトモダチと心を通わせる。後に、このトモダチは、アマゾンとの友情から、ライダーたちのために力を尽くすことになるのだが、それはZX編の話である。

1つひとつのストリーが、それぞれのライダーの特徴を生かした熱い物語になっている。それと共に、ライダーたちの戦いが人々をつなぎ、ZX編での共闘へとつながっていく。このシリーズは読んでいてとても楽しい。

 

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2008年5月 4日 (日)

みどりの日

今日は5月4日、【みどりの日】である。ところが、少し前までは、【みどりの日】は4月29日だった。4月29日は、現在は【昭和の日】である。昭和生まれではあるが、この【昭和の日】には違和感がある。なぜなら、明治の日も大正の日もないからである。昭和時代、4月29日は天皇誕生日(天長節)だった。では、明治天皇の誕生日は…というと11月3日、現在の【文化の日】である。そして文化の日は、日本国憲法が公布された日でもある。

さて、現在の【みどりの日】は、かつては、家族の日といった呼び方をされた時期もあったと記憶している。ゴールデン・ウィークは、家族で出かけたり、帰省して家族と共に過ごす人も少なくない。それに、国民の祝日という形ではないが「母の日」も5月だし、【子どもの日】もある。その意味では、「家族の日」という設定は悪くないように思われる。

もちろん、【みどりの日】の設定は、環境への感心の高まりもあり、悪くはない。だが、明治も大正もないのにわざわざ【昭和の日】を特別に設定する為に15年以上も続いた【みどりの日】をずらすというのは、いささか腑に落ちない。昭和天皇は生物学にも詳しかったようだし、4月29日は定着していた【みどりの日】でよかったのではないだろうか。

「昭和」をわざわざ祝日の名に冠した現在の自公政権のやっていることは、非常にキナ臭いものが多い。昭和の最初の20年は、戦時色が強まり、戦争に彩られた時代だった。違憲判決の出た自衛隊のイラク派遣をはじめ、国会の答弁において「強制はしない」と答えた「君が代」が新しい学習指導要領では強制されようとしている。どうしても国民を戦争に巻き込みたい輩が現政権にはいるようである。そうだとすれば、「昭和」の日も素直には賛成しきれない。

とりあえず、どこにも出かけずに朝寝坊をきめこんでいるが、どんな形であっても、平和だからこそ休日を楽しむことができる。この平和な日々を大切にしたいものである。

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2008年5月 3日 (土)

2割を切った支持率と憲法

新聞報道によると、福田内閣の支持率が2割を切ったらしい。まあ、これだけ国民生活をズタズタにする政策や無策の連続で支持を得ることなどできないと思うのだが、それでも、政権に居座っている。政府・与党の厚顔無恥には呆れるばかりである。

ついでに、違憲判決の出た自衛隊のイラク派遣についても憲法無視を決め込んでいる。法治主義を無視すれば、内外の信用・信頼を失うことになるのだが、そういう点にも思い至らないらしい。「責任ある与党」の無責任、ここに極まれりというところか。

今日は、憲法記念日。日本国憲法が施行された記念すべき休日なのだが、日本国憲法の制定の時点では、国民の意見や憲法を無視してここまで暴走する無能・無責任「政府・与党」の存在は想定外だったようである。ある意味では、政治家の良心と能力を日本国憲法の制定者たちも根本の所では信じていたのだろう。強行採決の連発や、国民の圧倒的な反対にも関わらず衆議院の再可決を強行するなどの反民主的行為が国会でなされるとは想像すらできなかったのだろう。

政府・与党が国民の信頼を失っているにも関わらず、政権に居座り続ける。それが、許されてしまうのは、日本国憲法の「欠陥」かも知れないが、それを許してしまうのはマスコミの弱さ・罪でもある。これだけの世論の反発の中で、「大本営発表」を垂れ流し続けていても解散・総選挙はない。それが、どれ程危険で、国家にとってもマイナスであることか。日本の政治の質の低下・悪化は、マスコミの能力の低下にも大きな責任があるといえよう。

とは言っても、まさかテロに走るわけにもいかない。政府が「問答無用」の悪政を続けていても、民主主義を守る為には、こちらが対話を打ち切ってテロに走るわけにはいかないのだ。双方が、民主主義の最低限のことを守れなくなれば、民主主義は完全に崩壊してしまう。だから、日本国憲法を擁する民主国家日本の国民としては、民主主義を守るために対話の道を閉ざすわけには行かないのである。

そのためには、【No!!】を突き付け続けるしかない。どんなに無力に感じることがあったとしても、安易な暴力に頼りテロに走るようなことがあってはならないのだ。その道が、もちろん長く厳しいことはわかっている。けれども、粘り強く、誇りを持って続けることが大切である。今日は、憲法記念日。日本の民主主義を殺すわけにはいかない。

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