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2008年8月 5日 (火)

蜩…長山洋子の歌

夏の陽光の中を響き渡る蝉の声…それ自体が嫌いではないが、それがいっそう暑さを感じさせることもある。それでも、地上に出てからの蝉の命の短さを思うとその声がいとおしく感じられることもある。蝉の声が聞けるのは、それだけ身近に自然が残っている証でもある。そんな蝉の声を聞いていると思い出す歌がある。それが、長山洋子の「蜩」である。

「蜩」は、それまではアイドル歌手として名を売っていた長山洋子が、演歌に転向した時の1曲目の歌でもある。カラオケは好きでも、演歌はあまり歌わない。それでも、長山洋子の歌は何曲か歌うが、特に「蒼月(つき)」とこの「蜩」は演歌にしてはよく歌う方の歌である。

 

命を燃やす季節は短い まして女のきれいなときは

夏の夕暮れ人恋しさに 焦がれなきする蝉のようです

言葉で愛を語れたら 手紙に愛をつづれたら

ああ あなた 死んだら涙 流してくれますか

冷たい身体 抱きしめてくれますか

 

ある意味では、演歌歌手としては若いので相応しい歳になるまでアイドル歌手として芸能界での経験を積んでいたとも言える長山洋子にとって、演歌デビューの第1曲目は非常に重要であったろう。そしてこの「蜩」は、彼女やスタッフのそうした思いにこたえられる良質の演歌である。情念を込められた歌詞が演歌の物悲しいメロディーに乗せられ、想いの熱さが悲しいくらいに切なくなる。そんな歌を、民謡などのトレーニングをしっかり積んできた長山洋子がしっとりと歌い上げる。この歌がヒットしたのも当然だろう。

今も昔も、演歌をそれほど好んで聞く機会はないのだが、それでもこの「蜩」を聞いていると、たまには演歌も良いものだなぁ…と思う。想いのありったけを燃やす熱い恋。燃え尽きてしまうことを恐れないのは、若さゆえかも知れない。けれども、そんな恋もまた良い。そんな風に思う心が、まだ自分自身の中に残っている。それが残っている間は、まだ、文学を続けられそうである。

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