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2008年9月 6日 (土)

経済論争でごまかす無責任

福田首相の政権投げ出し辞任宣言によって、自民党は新党首選びの茶番劇を演じ始めた。だが、立候補を表明したり希望したりしている人たちの中から、2代続けて政権を途中で投げ出すような能力や資質に欠けた党首を選んだ責任についての話が聞こえてこない。もっともらしく「経済論争」をピーチクパーチクとさえずって、それをごまかそうとしているのが見え見えである。

だが、不思議なことにマスコミの方もその戦略に乗ってしまっていて、政権投げ出し党首を選出した党の責任に対する厳しい追及はあまり見られないように思われる。つまり、マスコミの方も分析や取材能力の低下によって、戦前の「大本営発表」を無批判に垂れ流し続けて世論をミスリードしたように、自民党の思惑に乗ってしまっているようである。

そもそも、資本主義のシステムは、外部を周辺部に組み込むことによって「市場化」を進め、周辺部の富を中心部が吸い上げる形で進んでいる。だが、周囲が中心部を目標に力をつけようとする動きの中で中心部が優位性を保とうとすれば新しいシステムへとルールを移行する形で格差を拡大しようとするしかない。

だが、それは軍拡競争と同じで、「血を吐きながら走り続けるマラソン」(ウルトラセブン/超兵器R1号)となってしまう。中心部も、いつ追い抜かれるかという恐怖を内に秘めながら走り続けなければならないし、周辺部は圧倒的な格差によって生存権をないがしろにされ、憎悪を募らせていく。争いやテロが多発するのは、システムの欠陥が原因なのである。

とすれば、処方箋は中心部への富の吸い上げにブレーキをかけ、富の再分配を図ることで生存権までもおびやかしている格差を是正する必要が出てくる。それこそが、政府の経済政策の役割なのである。だから、「財政改革派」にしろ「景気対策優先派」にしろ「上げ潮派」にしろ、無駄な支出の削減は必要だし、生活を守るための生活賃金の考えの導入も不可欠である。

自らの仕事もまともにできない社会保険庁の職員にボーナスや給与をまともに払うのは無責任だし、無駄遣いでもある。ましてやその後始末に税金を使うなど、「盗人に追い銭」であろう。また破綻した夕張市の職員達の例に倣えば、官僚や国会議員の給与も当然大幅なカットが必要である。それをせずに「増税」だの「赤字国債発行」だのの議論は明らかにおかしい。

自民党の党首選挙をお祭り騒ぎのように繰り広げているが、辞任表明に際して株価の大幅な変動はなかった。シビアな見方をすれば、福田首相がどれほど自画自賛して「冷静」などとのたまっても、投資家達からすれば所詮は織り込み済みのことであり、驚きでも何でもなかったということである。世界には、この茶番劇を見透かしている目がある。日本のマスコミの視線は、そこまでの高みには行っていない。

国民はどうだろうか……。

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