« 群青…残された者は | トップページ | 経営責任は? »

2008年12月10日 (水)

世界人権宣言

今日は、12月10日、1948年に国際連合総会を世界人権宣言が通過し、世界中に向けて宣言された日である。日本も後に国際連合に加盟し、さらに世界人権宣言をより具体化するために作られた国際人権規約も昭和54年に批准して、立法措置や行政措置によってそれを具体化する責務を政府は負っている。

この世界人権宣言だが、その内容および日本語訳の記述は、日本国憲法と共通しているものが多い。「愛国者」の皮を被った「売国奴」が「押し付け憲法」などと攻撃を続ける日本国憲法だが、その内容は、植木枝盛ら自由民権運動を支えた人々が作った私議憲法の草案を下に鈴木安蔵を中心とした憲法研究会が作った憲法草案が、実はGHQ草案の土台になっている、ということを以前、このブログの記事にも書いたことがある。その意味では、日本国憲法は、日本の自由民権運動の伝統を受け継ぐものであると同時に、世界人権宣言に先駆けた先進的な内容を持つ憲法だとも言える。

日本の政府および国会議員、そして官僚のすべては、日本国憲法を遵守する義務を負っているし、批准した以上、世界人権宣言および国際人権規約を守る義務も併せて負っていることになる。

さて、世界人権宣言には、次のような記述がある。

23条 

1 すべての人は、勤労し、職業を自由に選択し、公正かつ有利な勤労条件を確保し、及び失業に対する保護を受ける権利を有する。

2 すべて人は、いかなる差別をも受けることなく、同等の勤労に対し、同等の報酬を受ける権利を有する。

3 勤労する者は、すべて、自己及び家族に対して人間の尊厳にふさわしい生活を保障する公正かつ有利な報酬を受け、かつ、必要な場合には、他の社会的保護手段によって補充を受けることができる。

この内容を、日本政府は遵守しているだろうか。あるいは、少なくとも遵守するために最大限の努力を払っているといえるだろうか?

|

« 群青…残された者は | トップページ | 経営責任は? »

コメント

[TAC]様
 御無沙汰を致しました。
 
 1948年に国際人権宣言、昭和54年に国際人権規約を批准し、長い年月が経過しました。
 日本国憲法も長い年月を経過し、基本的人権が守られないでいます。むしろ1990年以降に悪化をたどっているように思います。

 23条を興味深く読み直しました。

 職業の選択の自由と公正を求める宣言が軽視され続けて来ました。
 差別無き労働と報酬、しかも働く個人は勿論のこと、家族の尊厳を守る報酬でなければならない、いわば当たり前のことが何故これ程軽視される社会に落ち込んだのでしょうか。

 政治家、官僚、企業の役員、働く人、国民、全てが読み直すべき宣言と思います。

 不況の到来で、またもや非正規社員が差別されています。

 愛、公正(義)、親切の行き渡る社会を希求して止みません。

 とても貴重な記事に感謝を致します。


投稿: 宮崎 寛 | 2008年12月10日 (水) 23時42分

とりあえず、勤労に関する権利を一部掲載しましたが、国際人権規約でもより詳細な規定があります。それを批准していますから、不況だから…ということで、簡単にパートや派遣労働者の「調整」をするというのを野放しにしてはいけませんね。

canonの例でも、sonyの例でも、まず経営責任と言うことで役員報酬を全額(大幅)カットした…という話は寡聞にして知りません。そこがおかしいですね。

投稿: TAC | 2008年12月11日 (木) 17時57分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/120394/26085776

この記事へのトラックバック一覧です: 世界人権宣言:

« 群青…残された者は | トップページ | 経営責任は? »