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2009年1月 4日 (日)

年越し派遣村

日本では、大企業の身勝手な派遣切りと政府の無能無策によって大変な思いをしている人たちのために心ある人々が「年越し派遣村」を作った…というニュースがマスコミを賑わしている。そのために活動する人々の努力と温かさには心を動かされる一方で、それに対して手をこまねいているだけの政府与党の鈍感さと行動力のなさには腹立たしさを覚える。今、民間のボランティアの人々がやっている活動こそが「緊急」の対策ではないか……と。

これだけマスコミに取り上げられたお陰で、厚生労働省の一部などに動きも出ているが、困窮する人々に対して数ヶ月単位での保障を確約している訳ではなく、期限が過ぎれば追い出しかねないような発表になっている。例え、「人気取り」でやったとしても、例えば、麻生首相が使っていない首相官邸を困窮する人々に開放するとか、首相はこの際官邸に移り、自宅を彼らに開放するといったような手立てをとれば、それによって救われる人々も出てくるだろうが、口先で「緊急」を言っても、行動が伴わなければ何もならない。その辺りの追求をもっとマスコミがしても良いと思うのだが、どうも【美談】的な扱いに終始して、政府・与党の責任や自らの給与を返上せずに安易に派遣切りに走った大企業経営陣の経営責任の追及はいかにも弱いように感じられるのは気のせいだろうか。

一方で、年越し派遣村には、高校生のボランティアも参加しているようだし、またその存在によって助かった人の中には「生活を立て直すことができたら、必ず、何らかの形で恩返しをしたい」と語っていた。痛みを感じる温かな心と感受性、そしてそれに素直に感謝して「恩返し」を語る人たちの思いには胸が熱くなる。身の周りにも、大変そうな話は出てきているが、一方で何とか支えてあげたいという思いを感じる例も多い。本当に大変な状況の中で支え合える関係というのが本当の意味での人と人との関係なのだろう。ここに集う人々の明日に光がさすことを祈らずにはいられない。

それに対して、首相も、大企業経営陣も、確かに「苦労」はしているかもしれない。けれども、苦しい中にあってきちんと支えてくれる関係が周囲に存在しているだろうか。もし、それがないとすれば、本当の意味での人と人との関係を構築する努力を怠ってきたツケが回って来ているのかも知れない。そうだとすれば、早く目を覚ますことである。身を削って弱い立場の人々のために尽力すれば、逆に、苦境からの脱出は早まるのではないだろうか。「情けは人のためならず」との諺があるように、親切や温かな思いやりは巡り巡って自分にも返ってくるのだから。

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コメント

あけましておめでとうございます!!!
今年もよろしくお願いします!!!

そうなんですよ。私も自分の方で書きましたが、緊急の炊き出しの行列を目の当たりにして、いろいろ考えさせられました。

子供達にも、この現実から目をそらすことなく、「じゃぁ、自分なら何ができるか」を考えてほしいと思います。
生徒にもいつも言っているのですが、「無関心」が一番悪い、と。自分には関係ない、と言う生徒に対して、「関係ないものなんかない!」と。

でも、この国の幹部達は、なんだか人ごとのようですよね。もっと、身近に実感として、「痛み」「辛さ」「寒さ」を痛感してほしいものです。

投稿: miki.lucy | 2009年1月 5日 (月) 00時54分

明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。

基本的には「現実」から出発するしかないのですが、現実に流されない智慧と勇気も必要ですね。私が総理なら、「年越し派遣村」の状況を見て即座に決断すると思いますよ。それこそ「緊急」の対策ですし、凍死の可能性も考えれば、国民の命がかかっているわけですから。

投稿: TAC | 2009年1月 5日 (月) 13時39分

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