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2009年1月23日 (金)

現実理解の難しさ

人間は誰もが、好むと好まざるとに係わらず、現実の中で生きていかなければならない。けれども、実は、自分を取り巻く現実をリアルに認識する事はけっこう難しい。自分にとって都合の悪い現実から目をそらす場合、あるいは都合の悪い現実そのものを見ようとしない場合が少なからずあるからだ。

けれども、人間として主体的に、生の実感を持って生きていこうとすれば、たとえ自分にとって都合の悪いものであっても、きちんと現実を見つめる必要がある。現実を見つめ、現実から出発しなければ、問題の本質を捉え、状況を改善していくための手立てを見つけられないからである。

ところが、それができない人間は意外と多い。なぜなら、都合の悪い現実を見つめるには勇気が必要だし、そうした現実から出発して状況を改善する努力を積み重ねていくためには、強い意志も必要とされる場合が出てくるからである。その過程で、今までの「自分」を変えていくための努力も必要だが、それにはかなりの痛みも伴う。人間は、なかなか自分を変えられないのである。

例えば、麻生首相なども、現実をきちんと見つめられない人間の1人である。だからこそ、支持率の低下に対して根本的な対策を出し得ず、虚勢を張り、ごまかし、居直っているのだろう。現状を見れば、解散すれば、自民党の敗北は必至である。「現実」を受け入れてそこから出発する覚悟ができず、そこから逃げ続けることによって、その「現実」はより大きくのしかかってくる。放置すればするほど、自民党の敗北はより大きくなるばかりでなく、崩壊の危機すら出てくる。問題から逃げ、解決を先送りすればするほど、問題はより大きくなって再び、あるいは何度も繰り返し自分の行く手をふさぐのである。

もちろん、現実の問題が大き過ぎて現在の自分の手に余る場合もあるだろう。そういう現実認識の場合は、現時点では逃げる…というのも1つの選択肢となる。けれども、そこで大事なのは、「今、自分の手に余るから逃げるのだ」という認識をきちんと持っておくことだろう。当然、現時点で逃げる以上、後々それは形を変えて自分の行く手をふさぐ事になる。だからこそ、その時に備えて力を蓄える努力をするのだ。その場合は、形の上では「逃げ」であっても、大きな視点から見れば「現実」を見据えた対応となる。その場合は、将来的には何らかの解決策が見出せる場合も少なくない。それを知っておく事が大切だろう。

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