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2009年2月23日 (月)

政府への信頼と納税

ようやく、昨年度分の確定申告を終えた。帳簿類の整理といったような事務仕事はあまり好きではなく、毎年、ついつい後回しにしてしまいがちになるのだが、今回は多少なりとも早くできたので、けっこうほっとしている。

国民には納税の義務がある……という点に異存はない。国という組織がなかったら、日常生活において苦労することは少なくない。そして、国家の運営には元手となるものが必要である。それを税という形で国民から集めるわけだが、民主国家においては、それが1人1人の国民の安全と幸福のために使われなければならない。それが大前提である。

実際、とある北欧の国において、税金を下げようとしたら国民が反対したという話を聞いた事がある。税金を下げる事が、国民に対する福祉の低下につながることを国民が懸念した結果である。が、我が国においてはどうか。多くの国民が税金を下げる事には賛成しても、税金を上げようとする動きには反対するだろう。

その反応の違いの理由はどこにあるのか。それは、政府・行政への信頼感の問題ではないかと考えられる。税金が高くても、まじめに働けば普通に生活できるし、いざという時には行政からのサポートがあり、個人として不安を感じない生活状況であれば、高い税金自体は問題ではない。税金が、確かに国民の安全や幸福のために使われているという実感があり、政府がそのように公平な所得配分にまじめに取り組まんでいると信頼できるのであれば、まじめに働いて生活できる限り税金の高さは気にならない人は少なくないだろう。

けれども、政府・行政への信頼感が乏しく、自分たちの税金が必ずしも自分たちのために使われていないという思いがあれば、税金は安ければ安い方が良いし、信頼できない政府に税金は払いたくない……と思う人がほとんどではないだろうか。そうした視点から考えたとき、増税に対する抵抗が強い……という現実は、国民の側から見れば政府・行政への信頼感が乏しいという事を示しているのである。

麻生総理は景気回復の後の増税を口にした。けれども、国民がまじめに納めた年金や社会保険料はどうなっただろうか。社会保険庁の醜態と、それに対する責任追及に及び腰で、その処理のために大本の原因となった社会保険庁職員の処罰や損害請求はせぬまま、こっそりと国民の税金を使って処理している現実を見るだけでも、政府を信頼しようとする気持ちは失せるだろう。総理と政府・与党は、増税を口にする前に、国民の信頼を得るための努力をすることが先決であろう。

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コメント

確定申告ご苦労様でした。
私は明日提出に行く予定です。

仰る通りの理由で、まさしく現時点の増税には反対ですね。一円の無駄も本来だしてはいけない税金がが垂れ流し。信頼に値しません。

投稿: 直江津いちご | 2009年3月 2日 (月) 17時27分

別に普通に働いて生活できれば良いと思うので、その最低限さえ守ってもらえたらとりあえず良いと思うのですが、普通に働いて生活できないような社会を平気で作って、その上で税金を上げようとしているのですから、話になりません。

この上の政治の無能と暴走は、テロを呼び込むでしょうね。けれど、そうなっても気付かないのかもしれませんが。

投稿: TAC | 2009年3月 2日 (月) 19時12分

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