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2009年5月16日 (土)

私はここにいる…岡村孝子 3rd / リベルテ より

岡村孝子がソロになって3枚目のアルバムとなる「リベルテ」。このアルバムの中の歌では「電車」や「夢をあきらめないで」の方が有名だが、「私はここにいる」という歌も個人的には好きである。大好きな恋人の愛を失って、失意のどん底にあっても最後のギリギリのところで《私はここにいる》と自分の存在を肯定する。そこに、生きていく力強さを感じるからである。岡村孝子の澄んだ声が、切なく淋しい想いをしんみりと語るように歌い、そしてそれでも死ぬこともなく、今、ここに存在していることを歌い上げる。古いポップスの曲でカーペンターズがアルバム「Now & Then」でカバーした「The End of the World」と対比すれば、恋人が「さよなら」を告げた時に「この世は終わった」と歌う「The End of the World」の歌詞よりよりもずっと、女性の自意識を感じられる。

 

生きていたくない 悲しい時にも あきれてしまうほど 笑って見せてる私を 許せないほど 憎んで 会えない時にも過ごせるようにと 始めた夢なのに 二度とは会わずに こうして 強くなってゆくのネ 笑って手を振る私を無理にとめてほしかった

あなたがいなけりゃ 愛はもう 歌えない いつでも 私の心に あなたがいる

楽しく話せる仲間もできたし 夢に近づいても 切ない位に孤独よ 自分を見つけられずに 全てを敵にしてでも あなたがいれば良かった

あなたがいなけりゃ 愛はもう さがせない いまでも 私の心に あなたがいる

あなたが いたって 愛はもう 歌わない あなたが いなくても 私は ここにいるわ

 

辛い時にどうするか。その辛さを心から切り離そうとする精神的な「防衛」がある。けれども、それが不自然に習慣化してしまった時、精神的な悪影響が生じてしまうことがある。感情的に暴走してしまった(キレた)その瞬間、まったく別人のようになってしまい、自分の意識で自分の行動や思いをコントロールできなくなってしまうのである。昨今の事件の中には、そうした精神的な「乖離(かいり)」という防衛が痛ましい事件へと発展してしまったものを見かけることが少なくない。だが、周りにそうした辛さを理解してくれる人が1人でもいれば、不自然に習慣化することもなく、事件も起こらなかったのかも知れない。

自分の周りにいる大切な人たちの辛さを理解してあげられれば、お互いに愛をはぐくむことが出来るだろう。だが、関係が壊れてしまっても、自分は自分として存在する。そのように、自分を肯定できる強さを持ちたいと思う。

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