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2009年5月19日 (火)

開国/不平等条約と自由貿易体制

1853年のペリーの来航によって、江戸幕府の鎖国政策は終わりを告げ、日本は開国の道を選択した。その後、日米修好通商条約を皮切りに、アメリカやヨーロッパの国々と不平等条約を結ぶこととなった。経済的には、関税自主権がなかったことが日本の経済に大きな衝撃を与えることとなった。

開国までの江戸時代の経済体制は、基本的には国内で自給自足ができ、ある程度安定した閉じた経済圏を作っていた。ところが、不平等条約によって外国から多くの物品が輸入されることになり、それが国内の産業構造を破壊して多くの人々を困窮させた。そうした社会情勢が幕府への不審を生み、尊王攘夷運動を拡大させていったのである。

そうした歴史に学ぶと、グローバル資本主義が錦の御旗と掲げる「自由貿易体制」の欠点が見えてくる。「自由貿易体制」は第二次世界大戦を引き起こした経済的要因にブロック経済/各国が自国の利益のみを追求するあまり他国との貿易を著しく制限したこと…があったという理解と反省から、「自由貿易体制」の維持に各国が協力するということでGATTそしてWTOが組織され現在に至ったものである。

確かに、ある程度対等に近い国々の自由貿易は、それぞれの関係国を豊かにし、共生するための条件を整えていくシステムになると考えられる。けれども、経済的に格差の大きい国との「自由貿易」は、経済的に強い国はさらに豊かにするが経済力の弱い国を疲弊させる結果を生む。開国当時の日米貿易や日欧貿易は、欧米にとっては「自由貿易」に近かったが、日本にとっては「不平等」であった。そのため日本の国民生活は疲弊し、関税自主権の回復は明治政府の懸案となったのである。

経済的に格差の大きい国の間での「自由貿易」は、実は「不平等貿易」であることを開国の歴史は教えてくれている。私たちは、このことをあらためて考え直す必要がある。

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