決断力と自信
麻生内閣の迷走・暴走が続いている。麻生首相率いる自公政権は、完全に政権担当能力を失っているが、麻生首相と自民党には決断力を失ってしまっているのだろう。なぜ、決断できないかと言えば、自信がないからであり、自信がないのはきちんと自分の前にある課題に向き合い、努力を積み重ねていないからである。それは、人生の道のりの中で自分自身に向き合い、課題に立ち向かい、越えてきた努力の積み重ね…というものが無かったからだろう。
そうした意味において、個人的には哀れだと思うが、それによって大いなる迷惑を被っている国民の立場からすれば怒りを覚える。歴史的には、日中・太平洋戦争を主導した東條首相も、人間的にはどうであれ、非常時の首相としての決断力に欠けていたように思われる。非常時に決断力の無い政治指導者に率いられる国民の不幸を思うと悲しくなる。
「若いときの苦労は買ってでもやれ」とか「波風体験は必要だ」という言葉を、見たり聞いたりすることがある。それは、ある面では正しい。シンドイ思いをするのは、自分の人生の中でのいくつかある壁の1つにぶち当たっているからだと考えられるが、その壁を越えられてこそ、苦労や波風体験が意味を持つ。それによって新たな力を得たり、人間的な成長や成熟につながったりするからである。だが、すべての人が自分の前に立ちはだかる人生の壁をうまく越えられるわけではない。逆に、越えられずに傷を負う場合も出てくる。問題は、その時の心の姿勢である。
人生の壁と、自分自身の能力不足にきちんと向き合っていったん諦める場合は良い。壁=自分自身の現在の課題を自覚することになり、それを克服するための努力を積み重ねられるからである。そのため、時を置いて同じ壁(課題)が現れたとき、それまでの努力の積み重ねによって、以前より越えられる可能性は高まっている。そして、壁を越えることができれば、人間としてさらなる成長・成熟することにつながっていくのである。
それに対して、自分の課題に向き合わずに、ごまかしたり、逃げたりする場合は悲惨である。不思議なことに、時を隔てて必ずといって良いくらい、同じ壁/問題に突き当たってしまうのである。そして、その場はごまかしたり逃げたりすることができても、人生において解決しなければならない課題は、少し時を隔てて、また自分の身に降りかかる。逃げたりごまかしたりし続ければ、どんどん自信を失い、決断できなくなっていく。麻生首相の行動はその典型であり、どれほど虚勢を張って自分や周囲をごまかそうとしても、結局は自分の身に返ってきて、より悲惨な状況に陥ってしまうのである。
だからこそ、真摯に自分自身に向き合い、壁を越えようとする努力が必要になる。当然、長い時間を必要とする場合も出てくるが、諦めずに努力を積み重ねることによって何とかなっていくものである。すぐに、うまくいかなくても、失敗が続いても、可能な努力の積み重ねが道を開いていく。無理な目標を設定して、短期間で壁を越えようとしても失敗してしまうことが多い。可能な努力を、自分の現実に応じて時には修正しながらも、続けていくことが「自信」につながり、それが決断力にもつながっていくのである。
| 固定リンク


コメント