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2009年7月 1日 (水)

No More 《未来》の浪費

麻生首相と自公政権の迷走と混乱にはもはやコメントする値打ちすらないが、小泉〔改革〕以降の《未来》に対する浪費のツケはもはや隠蔽すら不可能な事態に陥ってしまっている。確かに、行政改革と財政改革は必要であり、改革は行わなければならなかった。けれども、あまりにも教育と福祉の予算を安易に削りすぎた。これは、自民党/自公政権と官僚による日本の《未来》に対する浪費であり、国会議員や上級官僚の退職金や給与、軍事費など、削るべき予算の順位を間違えている。

なぜ、教育と福祉予算の削減が《未来》に対する浪費なのか。小泉元首相が口にした「米百俵」の故事は、それを教育の振興に回すことで現在の結果としての未来を大切にしようとしたのである。けれども、教育予算の削減は、現在の利害のために未来の可能性を犠牲にし続けている。例えば、益川さんや小林さん、小柴さんなどのノーベル賞を受賞した研究は、直接産業に寄与するものではなく、理論研究・基礎研究の分野だが、大学の独立行政法人化によって産業と直接結びつく研究以外は軽視され、半世紀も前の設備をいまだに使わざるを得ない国立大学まで出てきている現実がある。つまり、未来のノーベル賞の芽を教育予算の削減が摘んでしまっているのである。

福祉予算の削減も、セーフティー・ネットの破壊につながり、未来を考えれば安心してお金を使えない状況に国民を追い込んで、内需拡大の足を引っ張っている。同じように雇用の流動性を志向しても、その闇の部分にも目を向けて、様々な形でセーフティー・ネットを整備したドイツやオランダと比較すれば、日本は短期的な利潤の追求に走る財界の要求にのみ耳を傾け、消費者でもある労働者にのみ負担を押し付けた結果、格差の拡大とネット難民、派遣村などを生み出してしまった。労働者の賃金を抑えれば、家計の収入も減少して所得税の税収が伸び悩み、家計が逼迫して逆に生活保護などの社会保障支出の増大をもたらすと共に、内需の足を引っ張ってしまう。それが、現在の経済情勢である。

結局、教育と福祉の財政支出の安易な抑制は、《未来》の浪費につながっていくのである。確かに、未来のための制度改革は必要である。けれども、それは安易な支出の抑制にしてはいけないのである。

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