« もう4年… | トップページ | 何とか書いた詩 »

2009年11月16日 (月)

「銀河鉄道999」印象記…メーテルの旅

TV版「銀河鉄道999」では最終113話間近の109~110話、原作コミックでは「週間少年キング」連載のおよそ4分の3を過ぎた辺りで「メーテルの旅」というエピソードがある。ワープ中の事故によって鉄郎たちの乗った999は、未来の時間を旅する999と接触事故を起こし、惑星ファントムに落下してしまう。未来の999には、メーテルと車掌さん、そして鉄郎と同じNo.4の戦士の銃を持つレドリルという少年が乗っていた。

レドリル少年も鉄郎と同じ生身の人間で、機械の身体を手に入れるために機械の体をただでくれる星に行くという。メーテルは、鉄郎との旅を終えた後も、永遠の旅を続けている、ということが分かるエピソードである。1つの場所に留まり、老いて死ぬこともなく、永遠に同じ姿で時の流れを旅していくメーテルの哀しみが伝わってくる。

ところで、惑星ファントムでは、鉄郎たちの地球とは反対に生身の人間が自分たちの欲望に任せて機械人間を殺したり改造したりしているという。そのため、虐げられた機械化人が2人、999に忍び込み、2人の車掌さんを拘束して鉄郎やレドリルと入れ替わり、999で惑星ファントムを脱出しようと企てる。

その後のエピソードは原作コミックとTV版では少し異なる。コミック版では、拘束された車掌さんたちが「鉄郎やレドリルを殺すなら自分たちを殺してくれ」と考えただけで心が傷つき戦えなくなって2人を解放して逃げていった。一方、TV版では車掌さんたちと鉄郎たちがお互いをかばいあって自分が犠牲になろうとする姿に胸を打たれ、生身の人間に対する認識を変えて車掌さんたちを解放し、自ら999を降りて去っていく。いずれも、他者のために自らを犠牲にしようとする思いが、事態を変えるきっかけとなる。

TV版999が放映されたのは1981年2月26日と3月5日、今から28年も前のことになる。およそ30年近くも時を隔てた今、私たちの地球には《惑星ファントムの生身の人間》のように自分勝手で他者の痛みの分からない人が増えていないだろうか。減るどころか他国にまで飛び火している〈振り込め詐欺〉、アメリカでは弱者に対する医療保険の負担に反対するデモも起きている、という話も耳にしている。

競争に煽られ、ゆとりをなくしてしまうと、自分のことにしか目が行かず、心の余裕を失って孤立していく。「情けは人のためならず」…【他者に対してのサポートは、まわりまわって、結局、自分へのサポートとなって返ってくる】という諺を今一度かみしめたいものである。

|

« もう4年… | トップページ | 何とか書いた詩 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/120394/32240868

この記事へのトラックバック一覧です: 「銀河鉄道999」印象記…メーテルの旅:

« もう4年… | トップページ | 何とか書いた詩 »