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2009年12月30日 (水)

沖縄と外交

普天間基地の移設問題で「日米同盟に対する悪影響」を懸念する報道が民主党政権を叩いている。だが、マスコミの報道を見聞きする限りにおいて、ほとんどのマスコミが自民党政権時代の対米隷属・売国外交をそのまま維持することがすべてである、としか聞こえないように思える。冷静に考えれば異常な話である。

日本とってアメリカとの関係の重要性は言うまでもない。けれども、沖縄に重い負担をかけたまま省みることなく放置し、どの同盟国よりも多額の資金をアメリカ軍に提供し、アメリカの軍人の犯罪に対して普通に日本の法律で裁けないような不平等な地位協定をそのまま放置しているような自民党の対米売国外交をそのまま継続するのはおかしい。その意味において、少なくとも、今のところ民主党連立政権は新しい外交をしているようにも思える。

外交である以上、前政権のように無条件、無批判、無判断にアメリカの主張を受け入れること自体がおかしい。「思いやり予算」など、日本の財政状況から考えれば、同盟諸国の中で日本に継ぐ資金を提供している韓国並みにするだけでも、「思いやり予算」は大幅に減額できるという。また、民家への影響などを考慮すれば、関西空港への移転という案は必ずしも悪くはない。それらも含め、しっかり議論してアメリカだけでなく、沖縄も含む日本の国民が納得できる形に調整すべきであろう。

外交なのだから、中国やロシア、アジア諸国とのバランスも考えた上で揺さぶって譲歩を引き出すことは当然やって良いし、アメリカの譲歩も何もない形で決着すれば、沖縄県民や一般国民の不満が一層強まり、それが日米関係を悪化させる懸念も出てくる。マスコミ報道からは、そうしたまともな視点が一向に見えてこない。それどころか、駐米大使がアメリカ国務省に寄ったのを何故か「呼び出された」と会見し、それをアメリカ側の裏付けも取らずにそのまま報道しているらしい、という話も聞こえてきている。これでは、偏向報道の可能性が高いといえよう。

政権は交代した。だからこそ、出来たことが確かにある。沖縄問題も外交も、困難は多いだろうが、アメリカだけでなく、日本の国民のプラスになる形で変革していって欲しいと思う。

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2009年12月24日 (木)

This Night …TM NETWORK / humansystemより

1994年までのTM NETWORK(TMN)の歌は、それぞれのアルバムに様々な工夫やチャレンジが感じられ、とても面白かった。その中でもお気に入りのアルバムの双璧は《CAROL》と《humansystem》だが、アルバム《humansystem》のラストを飾るのが「This Night」である。作詞・作曲ともに小室哲也、ロマンティックなクリスマスの夜の恋人たちの姿を降り積もる雪の風景に写し取ったステキなバラードに仕上げているところは、才能と遊び心と冒険心に溢れたこの頃の小室哲也らしい。そんなわけで、クリスマス前後にカラオケに行くと、ついつい入れてしまいたくなる歌になっている。

 

「いつまでも いつまでも 君はぼくのものだよ」/優しくうなずく君に 言葉はいらない UH…/いつか こんな日がふたりに訪れることを/Merry X'mas響く夜は 誰も知らなかった UH… I've been waitin' for this night /空に雪は降り続けた/ I've been waitin' for this night /永遠に続く夜だった

人はそれぞれの苦しみを 話してしまいたい/ひとりの夜は特別さ 君も泣いていた UH… /同じ雪の音を聞いて 同じ淋しさを感じて/すぐそこにある出逢いには 気づかずにいた UH… You've been waitin' for this night /言葉もぬくもりも夢も/ You've bee waitin' for this night /冬の日が深く閉ざしてた

一年前の哀しげな 君のまなざしが/めぐり来る季節の中で ほほえみに変わる UH…/ひとりきりの夜は今も 忘れないけれど/「いつまでも いつまでも 君はぼくのものだよ」 UH… I've been waitin' for this night /空に雪は降り続けた/ I've been waitin' for this night /永遠に続く夜だった/ I've been waitin'for this night / I've been waitin' for this night …

 

孤独な日々を送っていた2人が出会い、苦しみや哀しみを語り合い、共に時間を重ねて、永遠の夜を迎える。そのような出会いを無邪気に信じられる年齢ではなくなってしまったが、それでも、若い世代にそんな出会いがより多く訪れることを願いたい。

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2009年12月15日 (火)

空気人形…からっぽの心

昨日の夜、無理をして映画を見にいった。監督・脚本・編集は是枝裕和、主人公の心を持ってしまった《空気人形》を演じるのは韓国の女優、ぺ・ドゥナである。性的欲望の処理のために作られた「空気人形」が心を持ってしまう…そのようなシュチュエーションで思い出すのは、眉村卓の小説『わがセクソイド』や桂正和のマンガ『電影少女』だが、それらとはまた異なったファンタジックな映像が、心を持った「空気人形」の哀しさと、周囲に生きる人間たちの空虚さを鮮やかに描きつくしていた。

ノゾミと名づけられて持ち主のファミレス店員の男と毎晩ベッドを共にする《空気人形》。ある朝、心を持ってしまって動き出し、アパートを出て街を歩き出す。そして、様々な心に空虚さを抱えた街の人たちと出会うが、たまたま足を踏み入れたビデオ店の店員をしている青年と出会い、恋をしてしまう。そして、そのビデオ店でアルバイトを始める《空気人形》。普通の女の子のように少女から娘、そして大人の女へという成長を経験できなかったが故の「日常生活」との距離感は、どこかしら「新世紀エヴァンゲリオン」の「造られし少女」綾波レイのイメージとも重なる。無垢で、新鮮で残酷な視線が、日常を暮らす人々の空虚な心を浮かび上がらせる。《空気人形》は身体は「空っぽ」だが、周囲の人々も心の中に「空っぽ」を抱えながら生きているのだ。

けれども、「空っぽ」の心は、人間にとってはある種の比喩に過ぎないが、《空気人形》は人としての成長の経験を持たないがゆえに、比喩を理解できる知恵がない。それゆえに【言葉】をストレートに受け止め、「誤解」をしていく。その誤解が彼女を哀しい【事件】へといざなう。そして、ラストの選択が、愛に殉じての死なのだとすれば、この物語はまさしく恋のファンタジーである。

ただ、人としては、たとえ心に「空っぽ」を抱えていても、精一杯生き続ける現実が愛おしいとも感じる。しかし、生き続ける為には、もしかしたらこんなファンタジーも必要なのかもしれない。

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2009年12月 8日 (火)

零式艦上戦闘機・ゼロ戦の型

1941年の12月8日、日本海軍の手によるハワイ・オワフ島の真珠湾攻撃によって、太平洋における日本とアメリカの戦争は開始された。太平洋戦争である。真珠湾攻撃にも参加し、初戦において圧倒的な強さを誇った日本海軍の零式艦上戦闘機。日本では、太平洋戦争という言葉からゼロ戦を連想する人はとても多いのではないだろうか。私自身もその1人である。

現在でも、「戦闘機」と言えば、まずゼロ戦が頭に浮かび、それから四式戦闘機・疾風、一式戦闘機・隼、局地戦闘機・雷電、三式戦闘機・飛燕、局地戦闘機・紫電改(紫電21型)などの戦闘機を連想し、ついでF4ファントム、F15イーグル、F14トムキャット、といったアメリカのジェット戦闘機、クフィールやドラケン、ミグ21などのアメリカ製以外の戦闘機、さらに第二次世界大戦のメッサーシュミットやハリケーン、スピットファイアー、P51マスタングといった戦闘機がイメージされる。意識の中では、ゼロ戦は戦闘機の代表なのである。

さて、私の頭に思い浮かぶゼロ戦というと空気取り入れ口がエンジン前方上部にあり、緑色に塗装されているものがほとんどである。これは、52型の特徴であり、太平洋戦争の後半に入った1943年の夏から戦線に投入されたタイプである。初戦で大活躍し、真珠湾攻撃に参加したのは21型。空気取り入れ口はエンジン前方下部にあり、ボディーは白っぽいカラーリングになっている。生産台数としては52型がゼロ戦の中では一番多いのだが、エンジンの出力が段違いでスピードや装甲、武装の優れたF4UコルセアやF6Fヘルキャット、P51マスタングといった新鋭機を相手にしての空中戦は、ベテランのパイロットが少なくなった戦争後期においては一層不利になり、やがては菊水1号作戦から始まる神風特攻隊の特攻機となっていく。

特攻機として使用されたのは62型、52型の武装を強化し防弾装備を強化した52丙型に爆弾を設置できるように改造した「爆戦」と呼ばれるタイプである。ゼロ戦には、スピードを増そうと設計されたが航続距離が短くなり、返って前線で使いにくくなった32型や、32型の翼の面積を戻して航続距離を延ばす再改良をした22型、エンジンを変えた53型、54型などもあるが、そうした種類の多さが、本格的な新鋭機ではなく小手先の改造によって対処するしかなかった余裕の無さをも示している。特に、「爆戦」などは特攻機として使われたことも併せて、戦争の悲惨さとむなしさを考えさせられる。

子どもの頃、21型、32型、54型、52丙型のプラモデルを作った記憶がある。当時は、そうしたたくさんの型がある背景を知らぬままゼロ戦のプラモ作りを楽しんでいたが、この多くの型の背景にある歴史的事実を考えると痛ましい。二度と日本が戦争の被害者にも加害者にもなってほしくないと願わずにはいられない。

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2009年12月 7日 (月)

クリック募金…200回超えで上位1% !?

何日かは出来なかった日があったが、クリック募金を知ってから7ヶ月、ほぼ毎日クリックを続け、多いものは200回を超えた。【募金】総額は今日の時点で、1,900円を超えている。とは言っても、たかだか7ヶ月であり、1年には達していない。その意味では、ささやかなものだと思うのだが、クリック募金のステータスでは、上位1%に入っているらしい。

悪いことではないが、逆にこの程度で、もう上位1%になってしまうのか、と思うと、ちょっと情けないような気持ちにもなる。ちょっとしたクリック…の手間を惜しみ、続かない人が多いということなのではないか、という気がしないでもないからである。これは、他者を思いやる余裕がない人が少なくない…ということなのだろうか。

そう言えば、アメリカでも、オバマ大統領が進めようとしている保険改革に反対するデモのニュースが流れたときに情けない気持ちになった。自助努力は確かに大切だが、十分に努力しているにも関わらず報われない人々への無知や認識の甘さがそこにあり、自らは転落しないだろう、という根拠のない自信が、セーフティー・ネット構築に対する反対という自分の首を絞める行動を進めてしまうのだろうか。

小泉改革についても、その支持者の中に不安定就労に身を置く若い世代が多かった、という話を聞いている。皮肉なことに彼等の支持した小泉改革が、彼等自らを守ってくれるのセーフティー・ネットの破壊を進めたのである。力への憧れが、そうした誤った選択へと彼等を駆り立てたのかもしれないが、生きていれば、選択を修正する時間は残っている。

他者、特に自分よりも弱い立場の人々に対する想像力と思いやりが、結局は、自らを支えるセーフティー・ネットにつながっている。例えば、クリック募金。一生会うことがないかも知れない他者へのささやかな思いやりを大切にすることで、自らの心も救われるところがあるのではないか、と思う。

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