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2010年4月14日 (水)

反省ができない人たち

いくつかの相談の場で話を聴くことがあるが、相談しようという気持ちになるのは、基本的には現実の場で困難や苦痛を感じる状況があって、それを何とか改善したいと考えている、という前提で話を聴き、アドバイスをしたりもする。だが、話を聴いていると、中にはきちんと反省する、ということができていなくて同じ失敗を繰り返し、状況を悪化させている場合がある。

実は、きちんと反省する、というのは、意外に難しい。

例えば、失敗したことにとらわれて「あの時ああすれば良かったのに…」といつまでも思い続けているようなパターンは《きちんと反省する》ということではなく、単に失敗にいつまでもとらわれて落ち込み、その感情をいつまでもひきずっていたり、落ち込んだ感情に振り回されていたりしているだけだ、と言える。

それから、失敗したという事実をきちんと受け入れずに、ああだこうだと言い訳してごまかしたり、自分の責任をあいまいにして他に責任転嫁する、というパターンもよく見受けられる。これは、状況によってはとりあえず「ごまかし」や「責任転嫁」が成功する場合もあり、それによってその時点での「最悪の事態」は避けられることもあるが、根本的な問題を解決せずに放置してしまうことが多いので、けっきょく、後になって解決をごまかしたり先延ばしにしたりしていたことがさらなる大きな問題となってあらためてその身に降りかかってくることも多い。

では、《きちんと反省する》とはどういうことなのか。まず、失敗したという現実を受け入れる。多少の気分的、感情的な落ち込みは仕方がないとしても、いつまでもそれにとらわれていないで、失敗したことを認め、まずその事実から出発するのである。その上で、自分の努力や工夫によって改善できる手立てを考え、次の機会に備える。つまり、「こうしたことで失敗してしまったから、次はこのように変えてみよう」という発想をすることであり、またそれを実行することなのである。

ところが、そうした《反省》ができない人たちが、けっこう地位や権力のある人の中にもゴロゴロいたりする。例えば財界、例えば自民党、例えばマスコミ…等等。小泉改革とそれ以降の自民党を中心とした政策は失敗だった。そして、その政策を進めていたのは財界であり、当然、財界の読みや見通しも失敗だったのである。だから、現状を改善するためには、その失敗を認めることが必要である。失敗を認めることで確実に方向転換をしていくことができるからである。にも関らず、財界側の話は失敗した「改革」時の主張と同じで、法人税を安くし消費税を上げろ、という話である。つまり、労働者/多くの国民の所得を減らして、自分たちは利益を確保したい、と言っているのである。それを実行して国内消費を低迷させ、外需に頼る経済シフトを採ってリーマン・ショック等で大打撃を受けたのだ、という現実をまったく見ていない。

普天間基地移設についても、実は日米関係の問題であって、単なる「普天間基地移設問題」に矮小化するのは間違いである。対米隷属に終始して、基地と地元住民の関係改善を放置し、経済が低迷しても米軍に対しての国際的な同盟国の平均を超える過剰な税金を垂れ流し続けた前政権の反省は自民党からはもちろん、そこから別れたどの政党からも聞こえてこない。税制悪化の現実を見れば、韓国などと比較しても過剰な対米予算はきちんと削っていく必要があるし、地域住民に過剰な負担を強いている「地位協定」も見直すことが必要となる。アメリカ軍に移設先がなかなか出てこないで反対運動ばかり起きる「現実」をきちんと認識させ、軍の綱紀粛正や地位協定の改善が住民との共存には不可欠であることを説き、日本国民の利害とアメリカ政府の利害を調整することが大切なのである。残念ながら、そうした声はマスコミからも聞こえてこない。新聞が低迷しているのも、その辺りの「現実分析能力」の低下、という要因もあるのだろう。

先へ進むには、きちんとした反省が必要である。現実を認め、その上に立って次にどうするかを考え、工夫し、実行する。それが必要な人は意外と多いように思える。

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